第三十八話 虹始見 (にじはじめてあらわる)
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マサカズが、うどんの器が乗ったトレーを持って、テーブルにやって来た。真一と二言三言交わして、うどんをすすり始める。小林は未だソフトクリームを食べることに奮闘中。極限まで薄められたお茶は、一口飲んだらもう飲む気がしない。真一は小林に鍵をもらって、車に戻ることにした。
玄関脇の自販機で、口直しの缶コーヒーを買う。黄色いモッコウバラが目印の喫煙所に、岡崎の姿が見えたが、煙草を吸いたいとは思わなかったので、まっすぐ駐車場へ向かった。
広々とした駐車場には、数えるほどしか車が停まっていない。ほとんどが店舗から近い場所に固まっているが、その中に小林の車はない。わざわざ駐車場の端っこに停めたからだ。小林によれば、駐車場内で発生する事故の件数は、一般の人々が想像しているよりずっと多いそうで、「駐車場内だからって安心できませんよ」、と力説していた。車内禁煙といい、この当て逃げ防止策といい、何かと車に神経質な男である。
フェンスの近くまで来たが、車に入らず後ろに回る。
緑色の笠木に肘をついて、コーヒーのプルタブを引く。もうアイスにしてもいい時期だが、冬場からの惰性で、ついホットを買ってしまった。
足下から広がる田んぼは、まだ夕照の輝きを残している。黒い畦が整然と区切る水面を見渡しながら、前方へ視線を伸ばす。田んぼの彼方、車の明かりが行き交っている所は、小林が言っていたバイパスの旧道だろうか。
凄まじいカエルのシャワーコールだ。広漠とした空間全体が音に震えている。フェンスから手を伸ばしたら、どれか一つの声をつかめそう。圧倒的に多いのは、アマガエルの声。日中鳴いていたトノサマガエル (トウキョウダルマガエル) の声は、間近に夜が迫った今、アマガエルの声に凌駕されてしまった。カエルの声だけではない。隣の空き地からは、金属質なクビキリギスの声、ググー、と篭もったオケラの声も聞こえる。遠い空に木霊する恐竜みたいな声は、アオサギの声だろう。「春宵一刻値千金」 と言うが、こうして郊外まで足を伸ばしてみると、語句に実感が伴ってくる。
生き物たちが織り成す、田園のシンフォニーに耳を傾けながら、「アルカディア」 で見た水槽を思い出した。
水の中の魚たちは、何の疑念も抱いていない。自由に泳ぎ回ることも、水草の陰に隠れて優雅にヒレを動かすことも、彼らにとっては当たり前の日常だ。生まれたときからずっと、彼らはそうやって過ごしてきた。ほかの日常を、彼らは知らない。
魚たちにとって水は、人間にとっての空気と同じようなものだろう。存在することが当たり前すぎて、意識することさえない。その中にどっぷり浸かっていながら、それによって生かされているにもかかわらず……。
世界を喪失することなど、彼らは夢にも思っていない。偉大な存在の懐に抱かれて、安心し切っているように見える。
だが、世界は、彼らが思うほど確固としたものではない。
何かの拍子に、外に飛び出してしまうこともある――あのオイカワのように。
缶の飲み口に息を吹きかけ、立ち昇る小さな湯気を掻き消した。
コーヒーをすすって、また田んぼの彼方を見つめる。
世界の外側――
それは、彼らの知らない概念だ。
青い闇にほんのり輝く黄色い帯――道路沿いの菜の花の花壇をぼんやり見つめていたら、歩道を走ってきた自転車が、真一たちの車を追い越していった。「豊年満作」 に立ち寄っている間に、道の車の流れはさらに悪くなっていた。緩いカーブの先まで、赤いテールランプが数珠繋ぎになっている。
花壇と歩道の向こうの田んぼに目をやると、十時の方角に小さな水門を見つけた。夕暮れの空の下、くっきり象られた黒いシルエット。あの水槽のタナゴも、このあたりの用水路で捕ったのだろうか。
「あじわい暦」 によれば、今日は七十二候の 「虹始見」 の候。この時期になって初めて虹が現れるという主張には疑問符がつくが、菜種梅雨の雲の切れ間に、五月色の空が覗き出す今時分は、一年のうちで最も虹が似合う時期と言うことはできるかもしれない。タナゴやオイカワに婚姻色が表れるのも、だいたい今頃から。
蓬莱公園で花見をした日から約半月。あの日のことは、昨日まですっかり忘れていた。このところずっと、あの日以前と変わらない日々が続いていたからだ。
だが、昨日、岩見沢の家の前で感じた違和感によって、記憶が呼び覚まされた。そこに、今日の出来事が加わる。
もはや、カードが出揃ってしまったと言うべきかもしれない。
似たようなことが続いても、二度までなら偶然として片付けることができるだろう。しかし、それ以上となると……。
「アルカディア」 で見た一瞬の光景。
小林と岡崎を包み込む世界の存在を確かに感じた。
二人は紛れもなくその世界の一員だった。古い絵画の一部のように全体によく馴染み、周囲との調和をいささかも乱すことがない。
彼らにだけ見えている世界がある。仕草や表情から、それを感じ取ることができる。ちょうど、パントマイマーの動作から、実際には存在しない世界を感じ取ることができるように。
今の真一に、その世界は見えない。
だが、以前は見えていた。
遠い昔のことではない。つい最近のこと。
二人と同じ世界に生きていた。
彼らと同じ世界の住人だったのだ。
道の流れは一段と悪くなり、車が動きを止めた。少し先の交差点で、赤信号が灯っている。
小林がラジオのチューナーに手を伸ばし、車内にFM放送の音声が流れ出す。女性パーソナリティーが話題にしているのは、近頃若い女性の間で流行っている、たまご型ゲーム機のこと。ゲストのミュージシャンと盛り上がる声がうるさく、小林はボリュームのツマミをひねった。また寝落ちしそうな岡崎とマサカズを気遣ったのだろう。
道沿いの田んぼからは、サーモンピンクの輝きがだいぶ後退した。
茜色に暮れ残った空の下、黒い山並みのシルエットがくっきり浮かびがっている。稜線上に横倒しになった三日月が、夜空に浮かぶ小舟のようだ。燦然と輝く月の舟は、一番星の従者を引き連れて、夜の航海へ向かおうとする旅人でも待っているのだろうか。
車の窓に、あの水槽のタナゴが映っている。暗くなる直前の田んぼの闇を泳いでいる。うっすら表れた婚姻色を、虹色のオーロラのように揺らめかせながら……。
視界の端っこで、水面の信号の色が青に変わった。
タイヤが再び回り出したとき、銀鱗を翻す姿が月に重なった。