鈴木正人

「大人」は24歳から。「子供」は23歳まで。――という仮説に基づいた小説を書いています。私の仮説は、「思春期の終わりについて」という短い文章にまとめてあります。ご連絡は、ページ最下部の「クリエイターへのお問い合わせ」まで。

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サンセットサンライズ (もくじ)

「大人」 は二十四歳から。 「子供」 は二十三歳まで。 ――という仮説に基づいた小説です。私の仮説は別稿 「思春期の終わりついて」 にあります。 長編になります。 作品を一言で言い表せば、「現代の(時代設定は90年代ですが)」「リアルな」 浦島太郎物語です。ただし、昔話の浦島太郎を現代風にアレンジしたものではなく、あくまでエッセンスを取り入れたお話です。 テーマは、青春と青春の終わり、若さと老い、あるいは、「老いと死」 と不老不死です。 長編ですが、歳時記のような一面もあ

    • 第三章あとがき

      もくじ  第三章 「山水に遊ぶ」 は、陶淵明の桃花源記に着想を得て書きました。「浦島太郎」 と言っておきながら、山を舞台にするのは矛盾しているようですが、どちらの話も漁師を主人公としたユートピア譚です。浦島の話に登場する龍宮が海のユートピアなら、桃源郷は山のユートピアです。第三十四話で取り上げた 「柘枝伝」 も、漁師の男が主人公の神仙譚ですから、三つの話は類似していますね。  次に平家の隠れ里について。源氏と平氏が共存した例は、伝承レベルなら、わずかながら存在するみたいで

      • 第三十八話 虹始見 (にじはじめてあらわる)

        もくじ 2,670 文字  マサカズが、うどんの器が乗ったトレーを持って、テーブルにやって来た。真一と二言三言交わして、うどんをすすり始める。小林は未だソフトクリームを食べることに奮闘中。極限まで薄められたお茶は、一口飲んだらもう飲む気がしない。真一は小林に鍵をもらって、車に戻ることにした。  玄関脇の自販機で、口直しの缶コーヒーを買う。黄色いモッコウバラが目印の喫煙所に、岡崎の姿が見えたが、煙草を吸いたいとは思わなかったので、まっすぐ駐車場へ向かった。  広々とした駐車場

        • 第三十七話 豊年満作

          もくじ 2,733 文字  小林が言っていた通り、楽々谷から三十分ほどで、山の麓に下りてきた。広々とした盆地の景色は、山の中を走っていたときよりも若干明るくなった。青い闇が支配する水田地帯の先に、車の明かりが提灯行列のように連なっている。人々の帰宅時間と重なってしまったらしい。市街地を迂回するバイパスだという道の流れは悪い。  交差点でその道に折れ、水色のトラス橋に進入した。三角形の鉄骨を通して、楽々谷からずっと並走してきた川が見える。山を下る過程でたくさん支流を集め、広大

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          第三十六話 夢か現か

          もくじ 2,125 文字  赤いアーチ橋を渡ってから、道は再び谷川と並走する形になった。昼間の崖道に比べたら、走りやすさは雲泥の差。窓の外の薄ぼんやりした闇を、芽吹いたばかりの木々が、快適な速度で流れていっている。時折、樹間に覗く谷底の景色は、すでに輪郭が定かではない。  真一の隣で、マサカズが寝息を立てている。車酔いになったり、魚をたくさん釣ったりと、今日一日何かと忙しかった彼は、人一倍疲れが溜まっていたのだろう。車に乗り込むなり、ぷつりと糸が切れたように眠ってしまった。

          第三十六話 夢か現か

          第三十五話 山水に遊ぶ その五 砂にまみれたオイカワ

          もくじ 1,738 文字  小一時間経ったところで竿を納めた。  マサカズの所に戻ったらまだ釣りに熱中していて、背後に真一が来たことにも気づかず、食い入るようにウキを見つめていた。 「どう、釣れた?」 「来た!」  声が重なった。同時に、竿を握る腕が持ち上がり、水面から飛び出した魚が迫ってくる。 「あっ、くそっ」  しかし、マサカズが道糸をつかむ前に、魚が針から外れてしまった。ぽちゃん、と小さな水音を残して、黒い影が川波の下をくぐり抜けていく。 「惜しかったな」  残念そう

          第三十五話 山水に遊ぶ その五 砂にまみれたオイカワ

          第三十四話 山水に遊ぶ その四 深渓

          もくじ 2,283 文字  それほど歩くことなく、足場の良さそうな場所を見つけた。川面にも適度に変化がついていて、まずまずのポイントと言えそうだ。  小さく開けた砂地へ行くと、サシを入れるための穴を掘る。身を屈めた拍子に、カレーの匂いのゲップが出た。「アルカディア」 のメニューに書いてあったところによれば、カレーの米は、棚田米を使っているという。傾斜地で採れる作物は、一般的に味が良いとされる。寒暖差の大きさが糖度に影響するのだとか。真一が食べた米も、粘り気があって旨味が強い

          第三十四話 山水に遊ぶ その四 深渓

          第三十三話 山水に遊ぶ その三 飴色の竹竿

          もくじ 2,959 文字  小学生の頃、真一は父親が勤める工場の郊外移転に伴って、一度転校を経験している。低学年の頃まで、わりと都会のほうに住んでいたのだが、四年生に上がる直前に引っ越した先は、都会と田舎の境目に当たる新興の団地だった。切り開かれた山の上に、当時としては先進的な街並みが広がっていた一方、山の麓には、昔ながらの素朴な田園風景が残されていた。山の森もほぼ手つかずの状態で残り、谷戸の畦道から見上げた緑の合間に、四角い住棟の上階部分が規則正しく並んでいた様子を、今で

          第三十三話 山水に遊ぶ その三 飴色の竹竿

          第三十二話 山水に遊ぶ その二 カジカ音

          もくじ 2,513 文字  旅館の近くに、「かじか橋」 という吊り橋がかかっている。橋の先から新緑や紅葉が楽しめるハイキングコースが続いているが、真一とマサカズは橋を渡らず、橋の入り口脇の階段から川沿いの遊歩道へと下りた。  釣りのポイントを探す真一が先に立って歩き、竿が当たらない程度の距離を取って、マサカズが続く。真一の左手には竹竿、右手はブリキのバケツの錆びた取っ手を握っている。バケツの中にはサシの袋が一つ。竿を借りれば、バケツはただで貸してもらえる。  谷底を満たす、

          第三十二話 山水に遊ぶ その二 カジカ音

          第三十一話 山水に遊ぶ その一 川辺の宿

          もくじ 2,637 文字  「アルカディア」 から楽々谷温泉までは、大してかからなかった。店の前の道を棚田のほうに少し戻った所に、おとり鮎販売の掘っ立て小屋が立っている。小屋の手前で細い道に折れ、森の中をうねうね進んでいくと、左手に無料の観光駐車場が出てくるが、ここを過ぎてすぐ、道の先に吊り橋が見える所に、茶色い二階建ての建物が立っていた。  玄関脇で満開に咲き誇っている菊桃の前に、小林は車を停めた。ほとんど蛍光ピンクに近い花びらは、少しだけ紫がかっているようにも見える。花

          第三十一話 山水に遊ぶ その一 川辺の宿

          第三十一話以降、五話ほど釣りの話が続く予定。 といっても、ガチな釣り小説ではなく、雰囲気重視の内容なので、釣りに興味のない方でもお楽しみいただけます。「懐風藻」の世界です

          第三十一話以降、五話ほど釣りの話が続く予定。 といっても、ガチな釣り小説ではなく、雰囲気重視の内容なので、釣りに興味のない方でもお楽しみいただけます。「懐風藻」の世界です

          第三十話 水魚の交わり

          もくじ 2,240 文字  カラン、とドアベルの音を残して、バイカー三人組が店を出ていった。  ほどなく、山間に単気筒エンジンの音が轟く。窓の外で、先頭のバイクが走り出した。シルバーの半ヘルを追って、すぐにほかの二台も走り出す。革ジャンの背中が西日を弾き返しているが、今出発すれば、暗くなる前に地元の街に帰り着くだろう。  カリカリとテーブルに溢れる香ばしい音。カレーを平らげたあとも、岡崎はまだ腹が減っていると言って、ピザトーストを追加注文した。小林とマサカズも付き合った。二

          第三十話 水魚の交わり

          第二十九話 アルカディア

          もくじ 3,023 文字  「アルカディア」 という店の前には、レトロなバイクが三台並んで停まっていた。アメリカンではなくイギリス車――といっても、実際には、国産バイクを英国のクラシックバイク風にカスタムしたものだが。車を降りて、ちらっとナンバーを確認したところ、思った通り、東京方面からのツーリング客だった。真っ当なルートを使えば、楽々谷は特に来づらい場所ではない。真一たちと違って、快適なツーリングを楽しんできたに違いない。  玄関まで行って、格子窓のはめ込まれたドアを押し

          第二十九話 アルカディア

          第二十八話 隠れ里

          もくじ 3,581 文字  谷川沿いに縷々続いていた道は、やがて川筋を離れて山を上り始めた。峠を越えてからの下りは長くは続かず、上りの半分程度の所で山腹を横切る形になった。  窓の外を見つめるマサカズの目は、しっかりとした光を宿している。過去に車酔いになったときというのは、はじめから体調が悪かったときで、本来さほど酔いやすい体質ではないという。実際、川原を出発してからずっと、気分の悪さがぶり返す気配はない。  小さなトンネルを抜けると、パッと視界が開けた。  目に飛び込んで

          第二十八話 隠れ里

          第二十七話 青い鳥

          もくじ 3,088 文字 「おうっ……うえええっ」  二つ目の石を投げようとしたとき、川下で激しい空えづきが聞こえた。振り返ると、小林がまたマサカズの背中をさすっている。 「全部出しちまえ。そうすりゃ楽になる」 「うげええっ、おうえっ」 「がんばれ、あと少しだ」  真一も経験があるが、背中をさすってもらうと、確かに吐きやすい。 「いいぞ、その調子。もうひと踏ん張り」  小林の声に熱がこもる。 「何だかあいつ、産婆みたいですねえ……」  岡崎が他人事みたいに言った。 「生まれ

          第二十七話 青い鳥

          第二十六話 水切り

          もくじ 1,844 文字 「あー、腹減ったな、ちくしょう。いったいどこなんだよ、ここ」  谷間の狭い空に、悲痛な叫び声が吸い込まれていく。岡崎が川原にあぐらをかいて見上げる空は、絶望的なまでに高い。両側に立ちはだかる切り立った谷壁と急斜面。前後も山々が視界を塞ぎ、深いクレバスに落ち込んでしまったかのようだ。 「どっかに食い物売ってる店ねえかなあ……ってあるわけないか、こんな山奥に」  岡崎はあきらめ切った顔で、新樹が彩る右手の急斜面に目を移す。うぐいす色の描点の奥、道が通っ

          第二十六話 水切り