見出し画像

【短編小説/双極性障害の男性/一縷】



プロローグ: 「日常の闇と光」

涼太は、双極性障害と共に10年以上を生きている。

躁と鬱の波に翻弄され、その波の中で生き延びることが彼の日々の目的だった。

かつては希望を抱き、未来に夢を見ていた時期もあったが、今はただ目の前の「今日」を乗り越えるだけで精一杯。

薬に頼り、仮面を被ったような生活を送りながらも、彼は必死に自分自身を見つめ続けていた。

躁状態では全てが輝いて見えるが、その輝きは一時的であり、いつか急降下することを彼は知っていた。

鬱状態が訪れると、彼はベッドの中で身動きが取れなくなり、自分自身を責め続ける。日常はそんな二つの極端な状態の間で揺れ動き、彼はその中でただ静かに息をしていた。



第一章: 「躁の光、鬱の影」

ある日、涼太は突然、部屋を全て模様替えしようと思い立つ。夜中に急にエネルギーが溢れ出し、眠ることができない。

無意識に家具を移動し、古いものを捨て、新しい自分を作り上げようと必死だった。自分の頭の中では、全てが完璧で、何でもできるような錯覚が生まれていた。

だが、その興奮が数日続いた後、何もかもが急激に崩れ落ちる。

鬱が訪れると、あの時のエネルギーが嘘だったかのように、涼太はベッドから動けなくなった。

模様替えしようとした部屋は散らかり放題で、片付ける気力すら湧かない。自分が何をしたのかも曖昧で、ただ無力感が全身を包む。

スマートフォンをいじる指も重く、友人や家族からのメッセージを見ても、返信するエネルギーがなかった。

生活は瞬く間に止まったかのように感じ、ただ鬱の渦に飲み込まれる日々が続く。



第二章: 「失われた家族」

涼太は、かつて家族と普通に暮らしていた。

しかし、両親を突然の事故で失い、家族はたった2人、妹の美咲だけになった。

両親がいなくなったあの日から、涼太の中にぽっかりと空いた穴が開いた。

それは、美咲も同じだったはずだが、彼女はそれを外に表すことはなかった。

叔父と叔母に引き取られて暮らすようになってから、涼太と美咲の間には微妙な距離が生まれていた。

共に悲しみを抱えながらも、二人はその傷を一緒に癒すことができなかった。美咲は強がり、日常を無理にでも普通に送ろうとした。

一方、涼太は少しずつ、内側へと閉じこもるようになり、徐々に妹との距離が広がっていった。

高校時代には、妹とはほとんど会話をしなくなっていた。

お互いを責めるわけではなかったが、喧嘩や小さな言い争いが増えていた。ある日、妹に言われた言葉が胸に突き刺さった。

「お兄ちゃん、いつまでそんな顔してるの?私たち、もう前に進まなきゃいけないんだよ。」

涼太は何も言えなかった。その言葉に反論できない自分が、ますます情けなく感じたからだ。



第三章: 「社会との距離」

涼太はかつて広告代理店に勤め、将来を期待されていた。

しかし、双極性障害が次第に彼の仕事に影響を与えるようになり、休職を繰り返した末、最終的には退職を余儀なくされた。

彼が職場を去る日、誰もが「またすぐに戻れるさ」と声をかけたが、涼太の胸には、その言葉が嘘のように響いた。

仕事を失い、社会との接点がなくなった涼太は、家に閉じこもる日々が続いた。

美咲もまた、忙しい日々を送っており、二人はほとんど連絡を取ることがなくなっていた。


涼太の中で、「家族」としての繋がりは、過去の遠い記憶に変わりつつあった。

躁の時には、再び社会に戻ろうと無謀な計画を立てる。

しかし、鬱に転じると、そのすべてが無意味に感じられ、結局は自分を責めるだけだった。

涼太は社会から完全に疎外された感覚を抱き、妹との距離感も次第に深まっていった。



第四章: 「薬の重さ」

涼太の生活は、毎日の薬で支えられている。

気分安定薬、抗うつ薬、抗精神病薬、そして睡眠薬。

それらの薬がなければ、彼は自分をコントロールできない。
だが、薬を飲むたびに感じる副作用の重さが、彼の体と心をじわじわと蝕んでいく。

「薬を飲む自分は、本当の自分ではない」涼太はそう思うことが多くなった。

だが、薬なしで生きることはもうできないと自覚していた。薬に頼らなければ、また元の混乱した日々に戻ってしまうのだから。

涼太は、薬のせいでぼんやりした頭と重い体を抱えながら、それでも「今日」を乗り越えようとする。毎日の薬は彼にとって「生きるための条件」であり、これが彼の人生なのだと無理に受け入れていた。



第五章: 「妹の結婚」

ある日、久しぶりに美咲から連絡があった。

彼女は結婚することになったのだという。涼太はその知らせに一瞬言葉を失った。

自分の中では、家族は遠い過去に埋もれてしまったはずだったからだ。


「結婚式には、来てほしいの」

そう言われた瞬間、涼太は心の中にずっと閉じ込めていた何かが揺さぶられるのを感じた。

妹の結婚式に行くべきか、行かないべきか。頭の中で何度もその問いが繰り返される。しかし、結局彼は出席することを決意する。

結婚式当日、涼太は久しぶりにスーツを着込み、鏡の前に立った。鏡に映る自分はどこか見知らぬ男のように見えた。

ずっと薬に頼り、鬱に沈み続けていた自分が、ここにいていいのだろうか。そんな不安が胸をよぎる。

結婚式の会場に着くと、美咲の笑顔が目に飛び込んできた。


その笑顔は、昔一緒に過ごした日々の記憶を呼び起こした。

両親がまだ生きていた頃、二人でふざけ合い、笑い合っていた日々。喧嘩もしたが、二人で家族を守ろうとしていた頃が、ふと頭に浮かぶ。

美咲は言った。「お兄ちゃん、来てくれてありがとう。」
その言葉に、涼太は小さくうなずくだけだった。



第六章: 「壊れかけた仮面」

結婚式が終わった夜、涼太は一人で街を歩いていた。

妹の笑顔と、彼女の新しい人生を見届けたことで、彼の中に微かな変化が生じていた。

「今まで自分は、誰かの仮面を被って生きてきたのかもしれない」と涼太は思った。

薬に頼り、周囲に自分を合わせ、演じることで自分を守ってきた。

しかし、妹の結婚式を通じて、自分もまた何かを変えたいという感情が、ほんのわずかだが芽生え始めていた。

涼太は、次の日も薬を飲み、相変わらず躁と鬱の波に翻弄されるだろう。

それでも、彼の中で何かが少しずつ変わりつつあることを感じていた。

彼がこれまでずっと逃げ続けてきた自分自身と、少しずつ向き合っていけるかもしれない、そんな希望が微かに心に灯った。


この記事が良かったらいいねコメントフォローお願いします。

【無料グループチャットに参加する▶️】

画像をタップで参加希望▶️

【無料チャットカウンセリングを受ける▶️】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?