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映画は1人で観に行く。写真は1人で撮りに行く。
渋谷は映画の街。僕にとってはそうだった。あとは音楽の街か。でも、いちばんは映画を観るために降りる駅だった。シネマライズ、ユーロスペース、イメージフォーラム。単館系の映画館は、僕に新しい世界を教えてくれた。
中学生だったか、高校生か。当時夜ラジオをつけっぱなしで寝ていたのだけれど、週末の、でも学校に行かねばならない土曜の早朝、アジアの文化を教えてくれる番組から、イランの映画がとても素敵だ、という話が流れていた。それはマジッド・マジディ監督の「運動靴と赤い金魚」という作品で、ストーリーにしても、出てくる子どもたちの愛らしさにしても、とにかくその番組の独特の雰囲気もあってか、すごく素敵な作品のように感じた。けれど、地元でその映画をやっているところはなかった(のだと思う)。我が家はかつてビデオレンタルを営んでいたが、その頃には店を閉めてしまっていたので、その映画を観るすべはなかったし、そうしているうちに、その映画のことは忘れてしまっていた。
そうして大学生になり、上京し、その暮らしにも慣れたころ、今はなき雑誌『ぴあ』でふと目についた映画のワンカットがあった。
極彩色の衣装の女の子の後ろ姿。『サイレンス』とタイトルが書かれたそれは、イランの映画だった。
2000年はモフセン・マフマルバフの作品がついに日本で劇場公開された年として記憶されるだろう。ヨーロッパではキアロスタミと並ぶイラン映画界の巨匠として高く評価され、日本でも東京国際映画祭などで多くの作品が紹介されたものの、劇場での商業上映という意味では今年7月に公開された「ギャベ」と「パンと植木鉢」が日本初公開であった。その記憶も新しいうちに、1998年の監督作品「サイレンス」がロードショー公開される。多彩なマフマルバフのフィルモグラフィーの中でも、中央アジアのタジキスタンで撮られたこの「サイレンス」は、彼のケレン味が名人芸的に発揮された美しい映画だ。主人公は盲目の少年(実は、少女が演じているという)。音感にすぐれ、調律師として働くこの少年が街中を歩きながら様々な音に耳を傾け、やがてある一つの旋律に魅せられてゆくプロセスがエキゾチックな映像の中に描かれてゆく。市場に並んだ果物、少女のまとう民族衣装、美しい自然の風景……。この夢幻的 な色彩の洪水に圧倒されない者はいないだろう。少年を工房まで案内する少女のなまめかしいまでの美しさも、この映画の大きな魅力の一つである。
この映画を観るために、それまで滅多に行くこともなかった渋谷に出向くことにした。今はなきシネマ・ソサエティ。それも朝一回の上映だった気がする。ミニシアターの雰囲気は、…そう、大学を卒業して田舎に帰ってから激しく恋焦がれたのは、ミニシアターの雰囲気だった。宮崎にも小さな映画館があるにはあった。中学生のころ、その席数30ほどしかない映画館で『レオン完全版』を友達と観に行ったのだ。でも、それとはまた違う、なんとなくオシャレな雰囲気が抜群に居心地よかった。
そして初めて行ったミニシアターで観た映画がサイレンスであったことも良かった。いや待て、その前に、シネマライズで『カノン』を観に行ってるぞ。(調べると『カノン』が2000年9月で『サイレンス』が12月に上映開始だった)シネマライズは大きめの箱だったな。スペイン坂(そう、ラジオでよく聞いたあのスペイン坂)を上った先にあった、これをミニシアターと呼んでいいかよくわからない大きさの映画館で、僕はこの胸糞悪くなるフランスの暴力と愚痴と変態性とをいい感じに煮込んで煮詰めた映画を、なんと3度も観たのだった。
どちらにしても、あらすじを他人に言って楽しそうだ、とはならない映画だったと思う。ただとにかく、方向性は違えど、それまで僕が観てきた映画のカタチとはまるっきり違っていた。小学生から中学まで、父が持って帰ってくる映画のビデオを見まくっていたにも関わらず、だ。そうして、その世界がとても性に合っていたらしい、それから僕はミニシアターを渡り歩くような日々を送った(ってほど金もなかったし毎週ってわけには行かなかったけれど)。
でも、ミニシアターに観に行った映画がこの二つで良かったと思う。先ほども書いたように、サイレンスはあらすじ的には、で、それで?というようなものだったし、カノンは実際、3度目に部活の先輩と(そうか、一年時に四年と三年の先輩と観に行ったのだから、僕はその時大学一年だったのか)行って、見終わったあとの沈黙がなんともいたたまれなかった。そこから僕は、本当に見る人の価値観をぶん殴ってくるような映画は、1人で観るに限る、と思うようになったのだった。
いや、それ以降も友人と行ったこともありますよ。青山真治の『ユリイカ』も新宿にまで同郷の東大生と見に行きましたよ。でもあのビデオにすると二本組になるくらいの長尺に友人は、「で、コレってなんだったの?」と繰り返す始末でした。新宿の映画館に入った頃にはあんなに明るかった空が、映画館を出る頃には夕焼けすら終わっていたくらいですからね。しかし友人に繰り返し「わけわからん」と言われたために、僕は何を観たんだろう、と自問した翌朝、目を覚ますと涙がつうっと流れていたことに驚いて、はたと、ユリイカの中で繰り返し聞かされる九州の言葉と、九州の風景にやられてしまっていたのだ、と思いました。
刑事「帰ってくっとやろ?」
沢井「帰ってくるとこ、なかもん」
この、響きですね。宮崎とは違うけど、そこに通じる言葉の響き。それにやられたのだと思います。そうしてやっぱり、人の価値観をぶん回すような映画は、1人で観に行くに限る、と改めて思ったわけです。
今でも、映画は、ただ余暇を消費するために観るのでなければ、つまり映画を観るために観るのであれば、1人で観に行く。席を立つタイミング、暗い空間から外に出るまでの歩み、出た後、そのまま帰るか、どこかに寄るか、そんなことを自分だけで決めてしまいたいのだ。いい映画だったな、と思うものほどそうしたくなる。良かったね、あそこがいいよね、と感想を言い合ったりする前に、あるいは映画を見たことなどなかったかのように振る舞うのでもなく、とにかく良かった映画は、その「読後感」に浮遊していたい。それをするためには、映画は1人で観るに限るのだ。デートなんかで映画を観るなんてとんでもない。いや、妻と一緒に見たこともあるけど。でも、わりかし話を合わせてくれる妻であっても、僕がよかったと思うポイントに同調してくれるわけでも、反対してくれるわけでもなく、ということもままあるわけで、(逆もしかり、僕が同調できないこともある)そんなふうに歩幅が合わないことがデフォルトのものは、1人で楽しむのが良いわけだ。
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さて、フォトウォークもそうなんじゃないかな、と僕は思っている。もちろん、わいわいと楽しく写真を撮りに行こうというのは趣味としてとても良いことだし、そんななかでいい一枚を切り取ることもあるだろう。けれど、そのカメラという道具を通して世界を見つめ、その世界から自分に向けられる眼差しをつかみ、擦りあわせながら理想のワンカットを切り取る行為は一人で行った方がいい。まあ、その前に、人付き合いが下手で苦手で、集団からひょろひょろと抜け出してしまうような自分にとっては、一人でも遊べるツールがカメラだった、ということもある。複数人で出かけると、相手の動きが気になって、置いていかれることがないようにすることばかりに気が行ってしまい、他のことが見えなくなっていく。だから僕にとって、写真を撮ることは、映画を観に行くことと同様に、一人で楽しむべきものなのだ、と、ふとした折に思うのだ。
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そのふとした折というのは、言わずもがな、誰かと写真を撮りに出かけたときである。相手が僕のことについてどう考えているのか気になり始めると、ほんとうにいけない(別に幼少期に何かトラウマがあったわけでもないが、アダプトチルドレンなのかもしれない)。そんなら気楽なおひとり様の方がいいってなもんよ、って、あれ、それってもう子供の頃からの性質なのかも。友達と一緒に帰るのがすごく億劫だったりしたな。
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要は、自分の感覚が、他の人と合わないだけなのだろう。『カノン』を観に行った先輩たちが、僕一人興奮気味にその良さを語るなか、首をかしげたように、『ユリイカ』を観に行った友人が、「あれなんだったの?」と繰り返し呟くなかで、一人涙を流していたりしているように、みんなが安室奈美恵に夢中になっているときに、僕一人、その輪に入れないのだ。みんなという8割の人が好きな世界よりも2割の人が好きだ、という方に目が行くのだろう。だから8割の輪に入っても何がいいのか分からない。そんならひょろひょろと別の場所に出て行った方がいい。
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ただ、それでも、複数人でポタリングしたり、フォトウォークをしたり、映画を観に行ったりする、そんなこともしたいな、と思う。楽しみを共有することの楽しみ。それを感じたい。そんな意味において、僕は人が苦手な人好きなのだ。気疲れしてたまらないけれど。
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そう、だからnoteを書いているのかもしれない。XやInstagramではなく、長い文章が書けるプラットフォームは、長く書ける分だけ、自分一人の時間をアウトプットの時間として楽しめる。自分の、人に説明するのが難しいごちゃごちゃした思考を、ほどきながら書くことができる。それでいて、知らない人からコメントをもらい、いいねももらえる。自分という2割にも、反応してもらえる。実際に会ってあれこれとするのに比べたら、あまりにも密度の低い交流ではあるけれど、人が苦手な人好きにとっては、いい場所なのだと思う。
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先日、海辺の街まで足を伸ばして一人で写真を撮りに行った。運河沿いを港から歩き、気になったところを気ままに切り取っていった。久しぶりに朝から夕方前まで、好きなことができた気持ちで充足感があった(妻よ、ありがとう)。同じ写真趣味の人を誘ってみるか、とも思ったけれど、そうしないでよかったと思う。僕が立ち止まったところに、その人は立ち止まらないかもしれないし、その人が立ち止まったところに、僕もまた立ち止まらないかもしれない。そうしたチグハグに気を取られていたら、この充足感は得られなかっただろう。
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ただのおひとり様気質だ、ということかもしれない。独りよがりが過ぎたせいだとも思う。「ザクとは違うのだよ、ザクとは」をいまだに呟いているだけのメンドクサイ人間なのかもしれない(そして、その程度で自分を2割側だとか言うなよ、キモチワルイ、とも思う)。けれど、そんな自分でも、いつか密度の高い交流のなかで、気兼ねなく接することのできる仲間ができたらいいな、とも思う。
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でも、自分のことだから、そんな世界線はきっとないだろう。映画は一人で観て、写真は一人で撮りに行くのがどうしたっていいのだ。都が別に恋しいわけではないが、その2割に固執する性質である限り、「心あらん友もがな」と思うことはほどほどにしておいたほうがいいようだ。
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