【読書感想文】多様性の科学
なぜ世界最強の分析集団であるCIAは911アメリカ同時多発テロを防げなかったのでしょうか?
その理由の一つに多様性の欠如が挙げられると本書の著者は言います.
今回は,失敗の科学で有名なマシューサイド氏による多様性の科学を紹介したいと思います.
多様性があればテロを防げた?
はじめに例として挙げられる同時多発テロ事件は,多様性のある組織であれば未然に防げた可能性が高いといいます.
当時,CIAは能力主義で採用されており多様性はそれほど重視されてこなかったといいます.世界の脅威からアメリカを守る役割を持つ組織ですので,優秀なメンバーで構成しなければならないのはわかります.しかし,著者はここに大きな問題が孕んでいるというのです.
同時多発テロが起きたときのことを後から振り返ると,さまざまな前兆があったようです.しかし,CIAはそれに気づくことができませんでした.なぜCIAはビンラディンが始めた世界への配信の脅威を正確にとらえることができなかったのでしょうか?
テロの首謀者ビンラディンは質素な服装で長いあごひげを蓄えて洞窟でアメリカに対する聖戦の宣言を発表しました.当時,CIAはこのみすぼらしい恰好をして詩的な表現で声明を発表をする男を世界を恐怖に陥れる脅威だと認識していなかったようです.
たしかに,今のこの時代にも同じような格好をして,国家を敵に回す配信者がいても単なる狂人として馬鹿にされるでしょう.
しかし,ビンラディンの動きはイスラム文化に詳しい人からするととても戦略的なものであったといいます.どうやら,ビンラディンの格好や洞窟という場所,そして詩的な表現というのはいずれも預言者ムハンマドを彷彿とさせるものだったようです.
つまり,敬虔なイスラム教徒からすると強く響くものがあったかもしれません.そして一部の過激な思想を持つイスラム教徒はビンラディンの下に集まりました.
もし,当時CIAにイスラム教徒が多く在籍し,かつビンラディンの声明の脅威を予測することができたのなら,アルカイダはこれほどの影響力を持たず,911同時多発テロも起きなかったかもしれません.
そのような観点から見ると,宗教的・文化的な多様性がなかったことが,重
大なテロを防げなかった原因の一つだといえるわけです.
多様性は組織を強くする
2016年,成績が振るわないサッカーのイングランド代表チームにアドバイスをする有識者集団の中に陸軍士官やIT起業家が呼ばれたという話が紹介されます.
かなり突拍子もない話に思えますが,これがかなり成果が出たといいます.なぜ,サッカーチームのアドバイザーにサッカーの専門家でななく,門外漢が呼ばれたのか?その理由は多様な知識領域による問題解決という側面があります.
実際に,召集されたのは陸軍士官やIT起業家だけでなく,ラグビーの専門家や自転車ロードレースの専門家,教育専門家など,様々でした.しかし彼らはお互いの専門領域や経験をもとに意見を出していく中で,サッカーチームを強くするための方法論が集まっていきました.
組織を構成する上で重要なことは,優秀だが同じような知識や経験を持つ人間がたくさんいることではありません.組織が抱える問題空間は広く,一人分の知識や経験では問題空間のすべてを網羅することができません.
仮にその一人の専門性で解ける問題ならいいですが,解けない問題も当然出てきます.世界トップの化学者を10人集めても,解くべき問題がインターネットの高速化の問題ならかなり苦戦してしまうでしょう.
現代のチームが直面する解くべき問題は複雑であり,たった一つの専門性で解けるものではありません.そのためチームとして問題空間をなるべく広くカバーできるように人員を集めたほうがいいわけです.
もしインターネット高速化の問題にネットワークスペシャリストと物理学者と化学者と…とメンバーが広く存在していれば,メインはネットワークのプロに任せつつ,その人が思いつかないような突飛なアイデアを他のメンバーが出してくれるといった体制をとることができます.
仮にインターネットの高速化のために難しい数式を解く必要があったとしても,それとよく似た数式を解いたことがある物理学者がいれば,解決してしまうかもしれません.ネットワークのプロが解けない問題が突如現れても問題空間を広くカバーしていれば,チームとして対応できることになります.
最後に
今回は多様性の科学から一部抜粋して紹介しました.他にもさまざまな観点から多様性について調査,考察されている書籍でした.学術書ではありませんが,多様性がいかに重要なのか感じることができ興味深かったです.
最近では何も考えずにダイバーシティだとか多様性だとか,よく言われますが,その背景にはこのような社会事例があることを知ると視界が広がるような気がします.