仕込み針!忍法イガの術!を喰らった話し。【ユーモアエッセイ】
突然ヤツはやって来る。
喉に何かがビタッと貼り付いた不穏な違和感から誘発される、壮絶で止まらない苦しみの咳。
いつも大事な場面で仕掛けられる、魔の咳である。
悟った瞬間、脳はアイツだと怯え、歪む。
これまでも何度も遭遇した。分かっているのだ。アの術にやられたら、のたうち回ることになるのを。
ヤツの攻撃スタイルは、歯医者とか、美容室のシャンプー台の上とか、1人で乗る静かな電車の中とか、そんな無防備で大事な時を狙い撃ちだ。
イガイガに負けるな!
何とか耐えろ!
と、念じれば念じるほど、ヤツはいやが上にもイキってくる。
なるべく早くこちら側が水遁の術をお見舞いさせないとならないが、無防備なもので、水を持ち合わせていない私はプチパニックとなる。
冷静に、いかに相手をねじ伏せるかだけが勝負だが、カラッカラのイッガイガの、お口事情。
ここで、コレはヤバい…。
と、ひたすら明後日の方を考えようとするがしかし、昨日すら来ず、今ここに全集中となってしまう。
そんな時に限って「マインドフルネス」が発動するのは何故なのだろうか?
そしてとうとう一撃の、仕込み針!忍法イガの術!を決め込まれるのだ。
その後は、怒涛なる咳の始まりの巻となってしまうのがオチである。
ゲヘゲヘッゲヘぇぇぇッ!という小気味悪い咳と嗚咽。
ヨダレと涙と鼻水そして汗。真っ赤な顔。辱めすら受ける。
今にも口からエイリヤンでも出てきそうな、激しく見苦しい動きとなるのだった。
数分間、悶え苦しみを繰り返し、終いには、しつこい痰が絡みつきーー完。
突然ですが、そんな咳物語の経験ありますよね?
仕事で取引先と電話中そうなったら、もう降参するしかなくて、先方の話などどうでも良くなります。
なにせデスクに水分が無い。あの頃、事務所で飲食禁止だった。水遁の術が使えない。
早く『失礼致します』と言っておくれ!!
と祈りながら、小さな咳払いを挟むも効果は空回る。イガが増し、マインドフルネス上昇気流に乗るの巻き。
さらに先方とのタイミングがのけ反り、話しが無駄に長くなる。息が止まるほどの全身に汗が滲む続編。
マジか…。もうダメだ…。
私はそんな時、喉と舌の際をきゅっと萎縮させて、なんとか限界突破ギリギリの平和な声を振り絞る。
「すみません、ちょっトッ…」
とだけ言って、話を遮って突然の保留。
冷静を保ちつつもいそいそと競歩さながらの足取りで給湯室へ向かう。
誰にも会わないことを祈りながら。
ニワトリのように首を前後にカクカク言わせ、泡のような唾を何度も呑みながら。
喉喉喉喉喉のどぉぉぉ!!!!
咳咳咳咳咳せきぃぃぃ!!!!
パニック寸前、給湯室の隅で縮こまり、そこでやっと堰を切ったよう、思いっきりエイリヤンを吐き出す。
狂った咳は留まることを知らない。
扁桃腺辺りが熱くなり、胸が焼けるようだ。劇場版が始まっていた。
…早く治めなくては…。
のたうち回る私は、給湯室に誰か来たら恥ずかしい気持ちだけは生きていた。
震える手でマイカップを掴み、水道水で水遁の術を流し入れるのでした。
保留は先方にとっては長い時間だったことだろう。私としたことが……かたじけない。
しかし突然咳き込まれながら話すよりは、いくらかマシだと思う。
私の妹は、テレアポのバイト中に何度もヤツに決め込まれた経験があったらしい。
電話口の向こうはお客様にも関わらず、無言でブツっと切っていたようだ。
喉は弱いが、判断は強い。
〜おまけ〜
ヤツの雰囲気を感じたら、恥を捨ててオッサンのような豪快な咳払いを何度かすると落ち着きます。
家では遠慮なくできるけど、レディーである私としては、躊躇ってしまい、この有り様です。
最後までお読みいただきありがとうございます💖
また来てね💖