寺地はるな『ミナトホテルの裏庭には』(ポプラ文庫)
寺地はるなという、まだ読んだことのなかった作家の近作『水を縫う』(集英社)について、好意的な書評を幾つか見かけたので、とりあえず昔の本でも読んでみようと、デビュー作『ビオレタ』(ポプラ社)、2作目『ミナトホテルの裏庭には』(ポプラ文庫)を読んでみた。
『ビオレタ』はポプラ社小説新人賞受賞作で、丁寧なディテイルに説得力のある小説だったが(メタファーじゃないのにメタファー的な棺桶の話とか)、婚約破棄により自暴自棄になっている主人公が、ふとした出会いをきっかけに新しい生活に入る、という枠組みの部分にどうしても既視感があり、入り込めない部分があった。
それに対し『ミナトホテルの裏庭には』は、展開の想像が全くつかず、登場人物に(生者も死者も含めかなり多く、頭の中で整理するのにちょっと手間取った)ぱっと見そんなに魅力的で好きでたまらないという感じの人がいないのに、そうした人々の絡みが少しずつ物語を進めていくのが逆に驚きとなり、最後まで気になる気になる、と思いながら読み進めた。長めの「咲くのは花だけではない」だけでも一つの物語として完結していて(でも落としどころはない)、「手の中にある」と、文庫になった時に追加された「魔法なんてここにははない」は蛇足みたいな気がしつつ読んでいたのに、読み終わったらすごく腑に落ち、それぞれのタイトルもしみじみいいな、と感じられた。不思議な読後感。
幾つかの印象的なフレーズがあったが、その中で一生忘れないかも、とすら思ったのは、「きれいな花が咲いている、って声に出して言うと、笑ったみたいな顔になるの。しかめ面しては言えない言葉なの」という、陰の主人公陽子さんのセリフ(文庫版p.146)。たぶんこの先、辛いこととか腹立たしいこととかがあって、明らかに自分の顔が歪んでいると感じた時には、「きれいな花が咲いている」って口にだして言ってみようと思う。
だって、いつだって、自分の近くのどこかで、きれいな花はかならず咲いているから。
人生、きれいごとでは片付かないことばかりだよ、でもきれいな花が咲いていることは忘れないで。
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