梯久美子『散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道 』(毎日読書メモ(454))
正月に実家に帰っているときに、手持ちの本を読み終わって、父の書架にあった梯久美子『散るぞ悲しきー硫黄島総指揮官・栗林忠道』(新潮文庫)を読んでみた。梯久美子のノンフィクションライターとしてのデビュー作であり、梯はこの作品で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している。2005年の作品。
冒頭に、栗林忠道を慕い、硫黄島にも付いていきたい、と志願したが、軍人ではなく軍属だったため、同行を許されなかった貞岡信喜という人のインタビューが出ている。貞岡が85歳のその時までそらんじていたのは、栗林が最後に大本営に送ったという訣別電報の電文だった。ところが、梯が図書館で見た新聞記事に出ていた訣別電報と、文面が全然違っていた。更に原文に近い資料を探したところ、元々の電文は、貞岡が暗誦したその文だったことが判明した。また、訣別電報の末尾の辞世の歌も、栗林が送ったものを大本営で改ざんしたものが、新聞等には掲載されていた。
と送った辞世の歌の末尾を「散るぞ口惜し」と改変され、紙面に掲載されたのだという。
栗林がどのような思いで送信した電文を、大本営がどのように改変したのか、その驚きが、ルポライターをしていた梯に1冊の本を書かせるきっかけとなった。
陸軍学校を優秀な成績で卒業し、アメリカ留学などもした栗林は、戦況を冷静に見据える目を持ち、また、家族を大切にし、部下のひとりひとりを尊重する高潔な人格者として描かれる。ご遺族の話も伺い、栗林が戦地から送った手紙なども見せてもらい、日常のこまごました困りごとにも真摯に対応し、こうすればいいという提案をしていた様子を垣間見る。
一方でアメリカの圧倒的な国力を知っていただけに、長期化した戦争で日本が勝利をおさめる可能性が殆どないことを早くから認識し、日本を焦土にしないためには、本土攻撃の足掛かりとなるであろう硫黄島を明け渡す訳にはいかない、と思い定め、総指揮官として硫黄島の防衛にあたることになったあとは、劣悪な状況下、部下たちを鼓舞し、出来る限り米軍を苦しめ、無茶なバンザイ攻撃などをせずに米軍を叩く戦略を緻密に練り、対抗する。
結果的に陥落した硫黄島だが、アメリカ軍も甚大な被害を受け、栗林の名前はアメリカでむしろ有名だという。
後手後手になった大本営の対応を憂え、対極的な戦略の立て方を批判する奏上文を書いたものも残っている。被害が拡大しないうちに、日本が講和の道を探ってくれることを祈りつつ硫黄島で散っていった栗林、結局、米軍は硫黄島の飛行場を中継地とし、日本全土に空襲をかけるようになり、栗林の願いはかなわず、日本は甚大な被害の末に降伏する。
骨も戻らない硫黄島の戦死者たち、遺族はそれぞれに大変な苦労をしているが、それでも、生き続けることが、死者たちへの最大の供養となっていることを、梯はこの本を通じて描いているように思えた。
不勉強で知らなかったことばかりで、頭を垂れ、すぐれた指導者の死を悼む。栗林のように平明な思想を持ち、冷静に戦況を見通せる指導者が軍の上層部にいたら、太平洋戦争はもっと早く終わり、あんなに甚大な被害は被らなかったのではなかろうか、と思う。
エリートというのはこういう人のことを言うのだな、と思い合掌。
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