毎日読書メモ(132)『燃えよ、あんず』(藤谷治)
先日藤谷治『花や今宵の』を読んだときに、友達に、同じ藤谷治の『燃えよ、あんず』(小学館)が面白かったよ、と言われたので、読んでみることに。
藤谷治は下北沢で本のセレクトショップ「フィクショネス」を経営しながら作家活動を行っていた(フィクショネスは2014年7月閉店...行かずじまいだったことが惜しまれる)。『燃えよ、あんず』は、その書店を舞台とした、常連客とその周囲の人々を巡る物語。このタイトルなんだっけな、と思いながら巻末まで行ってしまい、あ、こんなことにも気づかず読んでいたのかばかばかわたし、と思いつつ読了。
取次を通さず、自分で買った本(100%在庫)をもってこだわりの書店を経営する苦難とか、少しでも収益をあげるために、会費制の「文学の教室」やチェス将棋クラブを開催し、そこに集まった人たちと、友達未満みたいな交流。ライターをしている妻との関係とか、妻の自動車運転の腕前。車購入以前に、遠くに引っ越すからと自転車をくれていった常連さんがいて、その自転車に乗っているときに職質されて常連さんのことを思い出していたらその翌日にひょっこりその常連さんが下北沢に戻ってきたという不思議なコインシデント。その常連さんが東京に戻ってくるきっかけとなった、別の常連の不思議な言動、謎の悪意。書店とは全く別の場所で静かにはぐくまれた愛情とその成就のための関係者たちのお節介な奔走、最初はかみ合っていなかった物語がどんどん濃密にテンションを高めていく過程が実に面白い。そして、ちょっとだけ不完全燃焼だった大団円へのアペンディックスで、ちょっと泣く。全然関係ないけど、橋本治の『黄金夜界』を思い出した。
結構長い小説で、最初ののたりのたりとした導入からは、何故この物語がこんなにも長くなるのか想像すらつかなかったが、そのテンポ感も含め、読者は作者の術中にはまるのかもしれない。はまれる人にとっては実に幸福な小説だ。
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