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早見和真『八月の母』(毎日読書メモ(482))

本読みの人たちの間でかなり話題になっていた早見和真『八月の母』(角川書店)をようやく読んだ。2022年4月刊行。2020年から2021年にかけて「小説 野生時代」に連載されていた小説。読み始めたら一気読み。2日間で読んでしまった。しかし重苦しく辛い小説だった。そして感想をまとめるのに何日もかかった。
愛媛県伊予市を舞台に、自分の弱さは、ここを出ていくことでしか解放されない、と思いつつ、結局自分をがんじがらめにしている(と感じている)ものから、精神的に脱出することが出来ず、鬱屈としている人々の物語。そこは牢獄ではないし、絶海の孤島でもない。伊予市は、松山市に隣接した海沿いの街で、地図だけ見ると開けた印象があるけれど、登場人物たちは、凪いだ瀬戸内海の光景を見て、閉じ込められている、という感覚を持つ。
核となる女性3代、2代目の母は1977年に生まれ、3代目となる母は2000年に生まれる。この3代目の女性が自らも母になるにあたって肝に銘じたことが、巻末で彼女を解放する。
「〇〇ちゃんの人生は誰かのためにあるわけやない。生きることを絶対に誰かのせいにせんといて。あなたの人生はあなただけのものやから。それだけは誰にも、ママにも触れさせんといて」(p.425)

愛媛県で実際に起こった事件をモデルに、作者は母たち、そして彼女たちと関わった人々の、何かに絡めとられたようなあきらめと、そこから発生した、異様な状況を断片的に描きながら、だんだん集約させていく。意識的に核となる登場人物の心情を描かず、時制を前に行ったりずっと未来にしつつ、読者を軽くはぐらかし、核心をなかなか見せない。章に年次が書かれているのに、間に年次の書かれない未来が挟まれていることで、物語が見えにくく、読みながら途中で簡単な年表を書いてみたりして、彼ら、彼女らに何が起こったかを考える。エピソードが途中でぶった切られ、二度と現れない登場人物、彼らは彼女らの未来にどう関与したのだろうとか、漠然と考え、また、悲劇はどこからやってきたのだろうと思う。
圧倒的な悪人もいないし、圧倒的な善人もいない。思うような人生を送れなくてもがき続ける苦しみ。いや、思うような人生がどんなものなのか、わかっていない。そして、そこから出ていけない。
幾つもの分岐点があって、避けようと思えば避けられた悲劇、というより、むしろ、そこにあった調和が、その悲劇によって、崩されてしまったかのような状況。
でも、運命じゃない。そうして出て行った人たちの物語が、この小説に希望を与える。母の匂いが、血の匂いがする八月。そこから自分の足で立ち上がって、立ち去った人の強さが、読者を救ってくれる。


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