最近の記事

倫理学は社会で役に立ちません 東北大学文学部倫理学教室准教授「キモいは権力のないものの言葉、私たち女性から奪わないで」編

倫理学は社会で役に立たないことを、活動家で東北大学文学部准教授である小松原織香先生の発言から示します。小松原先生は、オープンレター「女性差別的な文化を脱するために」の署名者であり、その問題点を見つけられない読解力の持ち主として知られています。 小松原先生は、「キモい」という言葉を奪わないで、と訴えています。 しかしその言葉を使うことは、少なくとも次の3つを意味します。 言った人は「まともに取り上げる必要のない哀れな人」扱い 言われた人を深く傷つけ絶望に追いやる 言っ

    • フェミニズム、ジェンダー論が学問でない証拠 女性半額編

      ジェンダー論を専門とする東京大学教授の主張が、対象が女性なら不快感解消のためのルール変更、男性なら不快感を我慢、と(同様の条件にもかかわらず)結論が反転することから、ジェンダー論は学問とは到底呼べない、個人の感想であることを示します。その東京大学教授は、社会学者で男女平等論を専門とする瀬地山角先生です。比較する先生の主張は次の2つです。 女性の不快感 不快感を感じる女性らがいた献血ポスター(著書『炎上CMでよみとくジェンダー論』(光文社)での瀬地山先生の主張*) 男性の不快感

      • 表象文化論が学問でない証拠 「おじさんの詰め合わせ」編

        概要 自民党総裁選ポスターを「おじさんの詰め合わせ」と批判した発言に対して、あのポスターは「日本における男性表象に固有の特徴」を示しているから「おじさんの詰め合わせ」と評するのは男性差別にあたらないと、博士号を取得している表象研究者が擁護しました。しかしこの擁護は現実と矛盾しています。ここでは、日本女性、海外人物による同様のポスターを15例以上示すことで、あのポスターの特徴は「日本における男性表象に固有」ではなく女性にもある普遍的なものであることを実証します。この例から、表象

        • 日本大学法学部トーマス・ロックリー先生の英語での主張と弥助関連の歴史資料との対応

          弥助に関する書籍で知られる日本大学法学部准教授のトーマス・ロックリー 先生が出演する2つの動画、大学での講演と対談の内容を抜粋して紹介します。大学の講演については、最後にまとめた弥助関連の歴史資料との対応も示します。 ジョージタウン大学東アジア国家資源センターでの講演アメリカのジョージタウン大学東アジア国家資源センターでの講演(African Samurai: The True Story of a Legendary Black Warrior in Feudal Jap

        • 倫理学は社会で役に立ちません 東北大学文学部倫理学教室准教授「キモいは権力のないものの言葉、私たち女性から奪わないで」編

        • フェミニズム、ジェンダー論が学問でない証拠 女性半額編

        • 表象文化論が学問でない証拠 「おじさんの詰め合わせ」編

        • 日本大学法学部トーマス・ロックリー先生の英語での主張と弥助関連の歴史資料との対応

          アファーマティブアクション推進派のお茶の水女子大学理学部教員による学生指導の実際

          アファーマティブアクション推進派のお茶の水女子大学理学部教員(以下、A教員)の言動が話題になっています。例えば、ハラスメント、ジェンダーなどを専門とする社会疫学者である神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科教授の津野香奈美先生は次のように主張しています。 ハラスメント、ジェンダーなどを専門とする津野先生の主張とは逆に、部外者としてハラスメント行為の可能性を示す事実を指摘します。 研究室の学生に対するA教員の指導放棄を示唆する事実 A教員がネットで公開して

          アファーマティブアクション推進派のお茶の水女子大学理学部教員による学生指導の実際

          日本歴史学協会の拡散希望勝訴が示す日本学術会議の任命拒否の正しさ

          日本歴史学協会の弁護をした神原元先生は次の報告をしました。 一方、この訴訟とかかわりのある武蔵大学人文学部教授の北村紗衣先生は次の意見を持っています。 (注:これは、日常では法律用語としてしか使われていない言葉を、どこにも存在しない先生独自の定義で議論に使うことが正しい、と北村先生が謎の主張した際のもので、神原先生の報告に対するものではありません。)ここでは、北村先生の「法的にはOKだからいいんだ」=「日本歴史学協会の全面勝訴」ととらえ、この訴訟における日本歴史学協会の主

          日本歴史学協会の拡散希望勝訴が示す日本学術会議の任命拒否の正しさ

          オープンレター「女性差別的な文化を脱するために」の自由な言論空間ってこれだ

          大学教授をはじめとする学術機関に籍を置く人を含む約1,300人が署名したオープンレター「女性差別的な文化を脱するために」は次のように結ばれています。 その言論空間とは何かを、呼びかけ人である、武蔵大学人文学部教授北村紗衣先生のネット上の発言から確認していきます。具体的には、次の5つです。 言葉を定義せずに相手に要求する 自分は守らないことを相手に守らせる 定性的と定量的の考えを知らないことから、過大な要求をする 熟考後の(すぐに出ない)答えはいらない 自分の正しさ

          オープンレター「女性差別的な文化を脱するために」の自由な言論空間ってこれだ

          日本をディストピアに結び付ける 日本共産党編

          武蔵大学人文学部教授の北村紗衣先生と同大学の先生方は、ディストピア作品を日本に結び付けない学生は問題だと批判しました。 もちろん、この批判に対する反例は数多く存在し、結びつけないのは問題でないことは「文学の専門家の言うことを信じていいんですか? 批評編」で示されています。 しかし、講義中に問題だと批判されたら、成績評価の心配から批判を受け入れる方が無難でしょう。といっても、二重思考の観点から北村紗衣先生をディストピア作品に結び付けた匿名ダイアリーのように結び付けても先生が

          日本をディストピアに結び付ける 日本共産党編

          文学の専門家(東大卒ロンドン大博士の大学教授)の言うことを信じていいんですか? 批評編

          おことわり この文章は、批評入門の新書を書いた文学の専門家(大学教授)による(専門分野の)批評に関する発言を信用してよいか疑わしい具体例を示します。これは次の2点で公共の利益に資するものです。ひとつは、著書や肩書は専門分野に関する発言の信頼性と無関係であること、つまり裏付けとなる証拠を示さなければ、教授といえどもその主張は信用すると危険なことを示します。この事実は、裏付けを示さずに大学教授など学識者のコメントを正しいものとして提示する大学やマスメディアに対する注意を喚起するも

          文学の専門家(東大卒ロンドン大博士の大学教授)の言うことを信じていいんですか? 批評編

          文学・社会学で学ぶことは社会で役に立ちません 査読編

          学会誌編集の経験があり、ウィキペディアの項目を持つ著名な、東海大学文化社会学部非常勤講師の岡和田晃先生(修士(文学))が と妥当であると評価する査読は次のポストに画像として添付されています。 この査読における次の3点から、文学、社会学を学んでも社会では役に立たないことがわかります。 査読による指摘の間違いがネットで簡単にわかる 証拠の不備を理由に投稿論文を否定する一方、査読者は証拠を示さない 査読では初等的な論理すら扱えていない 一定以上の学識を持つはずの査読者に

          文学・社会学で学ぶことは社会で役に立ちません 査読編

          文学で学ぶ英語は社会で役に立ちません 読解・情報収集編

          おことわり ここでは、文学で学ぶ英語が実社会で役に立たないことを、武蔵大学文学部教授による献血ポスターに関するツイートやブログ記事「献血ポスター問題について」を題材に説明します。 文学で学ぶ英語が社会で役立たないからといって、文学が悪いわけではありません。文学のために学んだ英語は、文学(大学の中)で活用するものです。文学で学んだ英語が実社会で役立つと期待して、進学後にその期待が裏切られても、受験前には戻れません。また、文学部の学生や卒業した社会人に、英語の能力を期待して失敗し

          文学で学ぶ英語は社会で役に立ちません 読解・情報収集編

          文学・社会学で学ぶことは社会で役に立ちません 文章の書き方編

          おことわり ここでは、文学、社会学の常識が、実社会とは正反対であることを、先日神原元弁護士により再公開された(オープンレター訴訟、勝利和解のお知らせ)、文学、社会学の大学教員など1300名余りが署名したオープンレター「女性差別的な文化を脱するために」を題材に説明します。 大学で学んだことが社会で役立たないからといって、大学が悪いわけではありません。大学で教えている教員の常識が社会の常識と違っていても、文学、社会学で学んだ常識は、文学、社会学(大学の中)で活用するものです。文学

          文学・社会学で学ぶことは社会で役に立ちません 文章の書き方編

          なぜ「女性ならでは」がダメなのかよくわからない

          この記事でジェンダー問題に詳しいと紹介されている上智大学法学部の三浦まり教授は、 と主張するが、「女性は共感力が高いというのは思い込みで実際は違わない」という証拠は何も示されていない。一方、共感性と社会的行動の関連における性差(佐藤 有佳, 今井 正司, 三宅 佑果, 熊野 宏昭 日本心理学会第76回大会 セッションID: 3AMB25)の発表原稿の目的(先行研究紹介)では、 と共感指数は女性のほうが高いとする研究がある。つまり、ネットで容易に見つかる情報すら理解できない

          なぜ「女性ならでは」がダメなのかよくわからない

          はてなブログ「処理水放出は嫌がられて当然」という小学校教諭の主張に関して

          小学校教諭である filinion先生がはてなブログで、次のエントリを公開しています。 処理水の海洋放出に対する、中国による無関係な日本人への迷惑行為(投石、迷惑電話)が頻発している現在、正しい理解ではなく誤った理解で処理水放出を否定するのは、迷惑行為を助長します。このエントリを読んだ限り、泥酔して書いたと言われれば納得する、論理の破綻した支離滅裂な文章なので、それを説明することで迷惑行為の助長を少しでも防げれば、と思います。 次の5つの項目について説明します。 1 f

          はてなブログ「処理水放出は嫌がられて当然」という小学校教諭の主張に関して

          文学の専門家(東大卒ロンドン大博士の大学教授)の言うことを信じていいんですか? 用語「腐女子」編

          おことわり この文章は武蔵大学がしきりに宣伝する「世界水準、世界標準」の実際を、教育を担っている教授の発言などを例に示していくものです。発言内容を検証することは、該当者の名誉に影響を与えるかもしれませんが、国民の税金を受け取り高等教育を実施する大学の質を、広く国民が理解するという公共の利益にかなうものと考えます。また、この文章は武蔵大学に所属している関係者に向けたものではなく、武蔵大学受験を検討しているなどの武蔵大学に興味を持っている人に向けたものです。大学入学後、教授とのや

          文学の専門家(東大卒ロンドン大博士の大学教授)の言うことを信じていいんですか? 用語「腐女子」編

          社会学がわかる方、教えてください(出生率編)

          社会学がわかる方に質問です。ふたりの社会学者がほぼ同時期の2017年2月に新聞紙面にて、相反する(と解釈するのが自然な)主張をし、6年ほど経過した現在もその主張をどちらも取り下げた様子がありません。どちらの主張が正しいのでしょうか。それとも相反する主張でも社会学では両立するのでしょうか。教えてください。 相反する主張の内容具体的な主張は次の通りです。 主張1 希望出生率1.8の実現は、社会学的にみてあらゆるエビデンスから不可能 上野千鶴子氏は、社会学者・東京大名誉教授の肩

          社会学がわかる方、教えてください(出生率編)