見出し画像

レジ籠の斜め積み

「帰り、ニラ、買ってきて欲しい」

忘れるところだった。朝、嫁に言われていた。18:30にセットしたリマインダーも、鳴ったのは覚えているが、消したのを覚えていない。

SEIYUが目に止まり、ギリギリ思い出した。車を止める。

嫁に電話。「ニラ以外、何かいる?」ニラ以外を買いたい為の電話ではなく、覚えていたアピールの電話。色々頼まれた。電話しなきゃよかった。




蛍光イエローのレジ籠を、カートに乗せる。赤文字のロゴが、掠れている。

フルーツ売り場、青臭い。セール中のゴールデンキウイ。箱売りしている。買いたい。でも、賞味期限までに、食べ切れる量じゃない。「今、ゴールデンキウイが食べたいから、ゴールデンキウイを買う」僕には、そんな勇気すらない。これが「真の漢」なら、豪快に買うのかな。

野菜売り場で、ニラを取る。籠からはみ出す長さ。

漬物売り場、ソーセージ売り場、肉売り場を通る。鮮魚売り場。臭え。足早に通り過ぎる。イカめんたい売り場、チーズ売り場、惣菜売り場。外回りを一周する。

その頃には、何を買いに来たのか、完璧に忘れている。

カゴの中には、買うべきニラと、買う予定じゃなかった、甘らっきょとベビーチーズが入っている。最近ブームが来ている。先月までは、いぶりがっことクリームチーズがブームだった。食べ過ぎて飽きた。いぶりがっこの噛みちぎれなさに、嫌気がさしてきたので、らっきょに浮気した。

メモを見返す。

「あ、ブロッコリー忘れてた」野菜売り場は、真逆。レジ前は、長蛇の列。直進に通り抜けたいが、出来そうにない。遠回りだが、外回りを選ぶ。遠い。忘れた僕が悪い。悔しい。

レジに並ぶ。「ピッ、ピッ」店員が、心電図のような一定のリズムで、バーコードを読み込んでいる。蛍光イエローの籠から、グレーの籠に移して行く。

「レジ袋、お願いします」

カルディで買ったエコバックを、車に忘れた。中サイズの袋、5円。家に帰ったら、嫁に嫌な顔をされる。ミスった。ため息が出る。5円の袋に買った物を詰め、グレーの籠を、戻す。



積み上げられた籠。平積みされた籠が7、8個に対し、斜めに積み上げられた籠が14、15個。バランスが悪い。

「倒れたら嫌だな」次に重ねるのは、僕。荷が重い。隣のレジの横に、積む。


危ないな。誰だ?斜めにし始めたのは?店員がやったのか?誰かが、適当に積んだのか?勝手な犯人探しを始める。

犯人は、なぜ「斜めにしよう」と思ったのだろうか。普通に考えれば、斜めにし始めるのは、店員の仕事。「次に使う人が、取りやすくなあれ」と、願いを込めて、斜め積みを始める。地域に根付いたスーパー。居心地のいい空間作りは、店員の仕事。

店員ではなかった場合、大概、適当に積んだら、斜めになって、後続する人間がそれにならい、斜めに積まれていく。この可能性は、かなり高い。治安が悪い。

概ね、この2パターンなんだろうが、そうではなく、勇気とリーダーシップを兼ね備えた人間が、この地域に住んでいて、地域コミュニティの発展と安寧を願って、斜めにし始めた可能性はないか?

だとしたら、凄い事だ。僕には、無理だ。到底、斜めにし始めれる気がしない。まず、何段目から、斜めにし始めるのが良いのか、32年間、考えた事もなかったし、皆目検討もつかない。

仮に、答えに辿り着いたとしても、斜めにし始める勇気がない。崩れたら、どう責任をとる。近くに誰かが居て、怪我をしたら、どうする。それでも、斜め積みの楽さが浸透し、気づけば独り歩き、もう店員が制御できないほど、斜め積みの籠だらけになり、それ故「危険なスーパー」というレッテルを貼られ、売上が停滞し、店舗の閉店が余儀なくされ、食べたい時に、ニラが買えなくなったら、どうする。

いろんな声が聞こえる。

斜めにし始めた彼は、勇気とリーダーシップがある。ゴールデンキウイ一箱すら、買う勇気のない僕。大きな差が付いた。

彼は多分、真っ白でタイト目に、Yシャツを着こなしている。日課の自重トレーニングを欠かさず、家族と2匹のミニチュア・ダックスフントを大切にしている。週末には自宅の庭に設置した、バーベキューコンロで、串に刺した豚バラを横から頬張る。仲間がビールを溢し、ガハガハ笑う。

もしここが、ノース・カロライナだったら、歴代最強のクオーターバックになっていた事だろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?