
ちょっとこわい「生産性」。わたしたちはどうつきあっていけばいい?
こんにちは!ライターのひらふくです。
さて、エラマプロジェクトの長寿企画といえば「哲学バー」!
毎月1回だけ集まってひとつのテーマをみんなで自由に話すこのイベント。2025年2月で記念すべき60回目を迎えました。
60回目のテーマは「生産性とは何か?」。
…はい、ここで仕事のことを思い出して、なんだか気分が落ちこんだ方には今回の記事をおすすめします!
なぜなら、私も同じようにこの言葉にモヤモヤしながら哲学バーに参加したから。そしてその後は少しだけ「生産性」に前向きになれたから。
哲学バー2号店、今夜は私と語り合いませんか。
「生産性」ってなんだかこわい
生産性という言葉の意味は「投入した資源や労力に対して得られる成果の量や割合」だそうです。Productivityという英単語の和訳で、もともと日本語にはない言葉でした。
少ない労力で大きな成果が得られたら生産性が高いね!と言われます。
2月の哲学バーでは、参加者さんがいろんな角度から切りこんでいました。
「生産性は最初のゴール設定が大事だと思う」
「人間関係でも生産性ってあるの?」
「社会にとっての生産性もあれば自分にとっての生産性もある」
「実は生産性が低い時なんかないんじゃない?」
「難民支援の現場では、いくら支援しても立ち上がらない人もいるけど、じゃあその活動は生産性が低いの?」
「会社は上司受けする人が出世する。生産性が低くても要領のいい人の方が出世する」
さすがの着眼点…。どれもじっくり考えてみたくなります。
ですが、その時の私が思っていたのは実はすごく単純なことで。
「生産性ってなんだかこわい言葉だな」でした。
必要なのはわかるけれど、プレッシャーをかけてくるようで緊張感があって、ともすれば壁のように立ちはだかるもの。絶対的な良し悪しの指標として私たちを測るもの。
社会も企業も「生産性を上げよう!」と叫ぶけれど、本当はみんなその言葉は好きじゃないんじゃないかとさえ思いました。
ネジ1本の価値
哲学バーの楽しい点は、いろんな立場・いろんな年齢の方が集まるところです。だからこそ自分にない発想にハッとさせられます。
この日の私に飛びこんできたのは、参加者さんのこの言葉でした。
「自分は上司としては向いてなかった。コツコツ現場でやるのが好きだったんです。だから評価はされませんでした」
その会社では、上司になること=生産性が高い=評価されるという図式でした。
でも、本当にそうなのでしょうか。生産性ってそういうことなのでしょうか。
私は今まで人事という仕事をしてきました。いろんな部署にお邪魔していると、どの仕事も、なければ会社が回らないことがわかります。
例えば、現場でネジ1本を大切に作る人がいるから、機械は安全に動くし、遠くまで人や物を運べるし、今日も誰かのもとに生きるために必要なものが届くのです。
だから、管理職の人よりも、現場の職人さんが尊敬されている会社だってあります。
「生産性」という言葉は絶対の指標に思えるけれど、実は「何をもって生産性が高いとするか」は会社や場所によって違うのです。
生産性って、私たちが思っているより、ずっとあいまいなものかもしれない。
するとなんだか緊張がほぐれてきました。
「生産性」で測りきれない私たち
場所によって生産性を測る指標はちがう。
じゃあ、私たちはどこを目指したらいいのでしょう?
ひとつは、あなたを喜んでくれる場所にいることです。
例えば、細かい数字が苦にならないならお金や品質をチェックする仕事につく。一方、何時間もゲームを続けられる人は、ゲーム会社でならいろんな活躍ができるかもしれません。
あなたがやってて楽しいこと、興味があること、苦にならないこと、自然とできること。
あなたにとっては当たり前でも、その力を高く評価し必要とする場所があります。
その場所にいられれば、あなたは「生産性の高い人」「いてくれて嬉しい人」であり、そしてあなたにとっても楽しい場所になりそうです。

そしてもうひとつ。
誰かに対して「生産性が低いな」と思ったとしても、その誰かも私の知らない何かを生み出している。それを忘れないでいたいのです。
会社にいると、その会社の目標に向かうために一定の指標で測られます。それはある意味では必要なことだと思います。
でも本音では、私は自分と誰かを比べて、高い・低いと評価したくもされたくもありません。
私が「生産性」という言葉をこわいと思ってしまったのは、その言葉の裏には誰かと比べられているんだという暗黙の了解があって、それが嫌だったのです。
本当は比べて評価する必要はないのでしょう。
私たちは誰もが何かを生み出していて、それはひとつの場所のひとつの指標だけで高い低いと測り切れるようなシンプルなものではない気がします。
場所が変われば指標も評価も変わる。
生産性ってそんなあいまいなもの。
振り回されずに、もう少し気軽に、この言葉と付き合ってみたいと思いました。
さあ、あなたにとって「生産性」はどんな存在でしょうか?
【告知】哲学バーは毎月開催しているオンラインの対話イベントです
次回の開催は3/12(月)20:00〜22:00。テーマは「もっと!寛容さとは何か?」。1月に大好評だった「寛容さとは何か?」の第2弾です。
哲学バーの開店日はこちらからチェックしてくださいね。
はじめての参加でも、顔出ししない聞き専でもOKです!
哲学バーの何が楽しいかって、問いは突き詰めても答えは出さないところ。
新たな問いを持ち帰ってもいいし解決しなくても自由です。
そこにあるのは、立ち止まって考えられる時間と仲間。
そんな夜をご用意してお待ちしています。
Text by ひらふく(フィンランド的働きかた実践家)