結婚記念日
夏の思い出とする。
大学は夏休みだった。
けれど、その日はゼミの用事があったから、大学まで出ていた。
そしてゼミの用事とは別でもうひとつ、ミッションを抱えていた。
両親の結婚記念日が迫っていた。
それも30周年の。
毎年なんにもできていないから、30周年の日くらいは何かしたい。
だから、大学帰りに両親へのプレゼントを買って帰ることにした。
乗り換えの駅はとっても大きな街だから、何だってある。
そうしてその日、駅に降り立った私は近くのワイン専門店へ向かった。
両親の結婚記念日にするプレゼントって何がいいか。
財布、カトラリーセット、花などなど、いろいろと検索しながら悩んでいた。
そして、たくさんの選択肢がある中で私は最終的にワインを選んだ。
普段はワインなんて、それもちゃんとした専門店で売っているようなものを嗜むことなどない私は、ワインについて何も知らない。
碌に知識もない若年のど素人は、専門店に足を踏み入れると、店内に並べられた多種多様のワインをさらりと見回すや否や自分で選ぶことを秒で諦めて店員さんを頼った。
とりあえず予算を伝えて、そこからは手取り足取り助けてもらった。
父も母もお酒好きなのである程度量はあった方が良さそう。
しかし購入後電車で帰ることを考えると多すぎても持ち帰るのが怖い。
そういうことで、2本買って帰ることが決まった。
どうせ2本だったら、赤と白1本ずつでいいよね、となった。
すると店員さんは予算内でお勧めの赤と白の組み合わせを数パターン提案してくれた。
そんなわけで、慣れない専門店でぎこちなく買ったのが、とあるフランスの赤ワインとアメリカの白ワイン。
普段だったら絶対買わない、そこそこいいワイン。
奮発というか無茶というか微妙な程度の出費だった。
帰りの電車の中、私はなんだかそわそわしていた。
普段はドケチで財布の紐が堅いタイプなので、無茶な買い物しちゃったかなあと心配する気持ち。
それと、これを渡したらどんな顔してくれるんだろうと、早く帰りたくなるワクワクな気持ち。
私はただずっと電車の同じ席に座っていただけなのだけれど、家が近づくにつれて心の中は後者の気持ちの方がより大きくなっていった。
そうして私は晴れて両親にプレゼントを渡した。
いつもと同じ実家、いつもと同じ家族と暮らす夜だったのに、とても非日常な気分になった。
きっと両親のスマホの中には、今もその時の写真があるのだろう。
その日だけは、幸せいっぱいな気持ちでおやすみを迎えられた。
人のためにする買い物のすばらしさを、今更にしてちゃんと学んだ。
あれから1年経った。
あっという間だ。
今考えてもやっぱり無茶していた。
だけど、買って帰る電車の中の気持ち。
ただの大学帰りがいつもと違った。
喜んでくれた親の姿。
自分もちょっと分けてもらって飲んだワインの味。
全部鮮明に憶えている。
やっぱりいい思い出なのだ。
今年の結婚記念日は、去年みたいな非日常感はなかった。
でも、そのいつも通りの日常を暮らす中で母と話しながら、去年のことを想い出していた。
きっとこれから先も、毎年こんなことを思い出せるんだから、「よくやったじゃん去年の私」って思う。
その夜、父がケーキを買って帰ってきた。
それぐらいなのが我が家の結婚記念日。
平穏な我が家のおはなし。