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【選書】「ミステリーって多すぎて自分に合うのを選べる気がしない」という友達に選書のコツを全力で話してみました〈第11夜・終〉 ―びっくりして感動する理由―

~「読んでよかった」のために自分の好みを知ろう!
素晴らしい小説に感謝を込めて~
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〈第十夜〉大好きこのキャラ・このテーマはこちらから ↓↓↓

【主な、ではなく2人しかいない登場人物】

エイミ・・・本、特に推理小説が好き。40代。友人ミキとの会話や子育てを通して「本1冊をスラスラ読めるのは本好きだけの常識」と気づき、ミキが楽しく読書できる「入口」を考えるように。目標は「脱・頑張って読んだのにイマイチ」 

友人ミキ・・・大人になり読書に興味を持つが、少し苦手意識あり。ミステリーを読んでみたいと自分で選書するものの「ピンとこない」と苦戦。「読書慣れしていない人が小説1冊を読み切る労力」をエイミに訴える

※以下、作家名は敬称略。本のデータは最後に記します

※あくまで私が読んだ本、好きなタイトルから話しています。ミステリーの選書に関してはすべて、ただの本好きの個人的な見解です

※おすすめの作品名も出しますが、あくまで選書のコツ・考え方がテーマです

さあ、読むぞ~

(1)宮部みゆき『火車』の孤独

※以下、ネタバレはしませんが『火車』の内容にふれます。気になる方はご注意ください

エイミ ではさっそく、「ミステリーの選書のコツ」を全力で話すのも今回が最後ということで、「びっくりして感動する理由」というのが今回のテーマだね。

ミキ これまでのあらすじとして、私みたいに読書慣れしてない人はまず「どんな謎ならワクワクできるか」という自分の好みを知る、さらに「気になる作家を見つけたら作風や作品リストを少しでも調べてみる」という話だったね。

エイミ うん。名探偵の鮮やかな謎解きか、人が死なない日常の謎か、感動的な人間ドラマか、刑事や弁護士の活躍か、サスペンスやホラー的な雰囲気か、登場人物達の頭脳ゲームか、後味いいのか悪いのか・・・みたいな「入口」を自分なりに考えておくといいよ。短編か長編か、も大事だね。

ミキ それをわかったうえで選書すれば、「ピンとこなかった」が減るってことかぁ。今思うと第一夜、第二夜あたりの私は本当に漠然と「なんか面白いもの読みたい」と思ってただけだった・・・。

エイミ ミステリーは間口が広くて軽い読書も重めの読書もできるし、作家も作品数も多いから選書のコツをつかめば「次の1冊」も見つけやすい。そして何より「読む」ことは「染みやすい」と私は思うんだ。観るミステリーもいいけど「読む感動」を分け合えたら嬉しいな。

ミキ 話を戻すけど、びっくりして感動すると言えば私・・・宮部みゆきの『火車』ついに読み終わったよ。昨日。

エイミ え! ど、どうだった⁉

ミキ 面白かった! 私の読書時間、寝る前の15分から30分って第二夜で言ったけど、残り100ページくらいになったらもう止まらなくて・・・深夜2時近くまで読んで、軽く寝不足。そして今、まだボワンと余韻のなかにいます。

エイミ おお・・・。

ミキ エイミが第三夜で言った通り、終わった瞬間「ここで⁉」って驚いたよ。ただ考えてみれば「彼女」が何を考えてどう行動してきたのか、本間刑事も読んでる私達もほぼ理解してるわけで・・・。だからここで終わりなんだなぁって。それで、まだ思ったことがあるから言っていい?

エイミ 続けて!

ミキ 本間刑事は「彼女」を探す間、いろんな人から話を聞いたり仲間に助けられたり、小学生の息子と会話するなかでヒントを得たりして、「彼女」にたどりつくじゃない? でも「彼女」は、全部ひとりで考えてひとりで行動して、孤独だったろうなって。

エイミ そうだね。やったことは許されないけど・・・究極的に孤独。私は読み返すたびに、本間刑事の境遇の辛さについても考えちゃう。作者は、追う側にもこれくらいのものを背負わせることでバランスをとったのかなって。彼だからこそ「彼女」のことを理解したい、見つけてあげたいと願って行動することができたんだろうね。

ミキ 最後は話の世界に入り込んで、自分がそこにいるような気がしたよ。『火車』は時代的には少し古いけど、気にならなかった。小説を・・・勉強になるかとかじゃなく、「面白い!」って読む人の気持ちがわかった気がする。『火車』の前に読んだ辻村深月の『傲慢と善良』もそうだけど、人の心がいちばんの謎・・・こういう話、やっぱり好きだな。

エイミ 第十夜で「大好きこのキャラ・このテーマ」というコアな選書の話をしたよね。「人探し」「行方不明」「失踪」みたいなテーマで選書するのは、ミキの好みに合ってるかもしれないよ。

ミキ 『傲慢と善良』も女性が行方不明になる話だけど、その理由がまったく違うよね。改めて話してもいい?

エイミ もちろんどうぞ!

雑踏に紛れて消えてしまいたいと思う時だってある


(2)辻村深月『傲慢と善良』の息苦しさ

※以下、ネタバレはしませんが『傲慢と善良』の内容にふれます。気になる方はご注意ください

エイミ 『火車』が1992年、『傲慢と善良』が2019年。時代の違いとばかり言えないにしても、『火車』の失踪は文字通り「生きる」ための切迫した理由があって、『傲慢と善良』にはまったく違う事情があったよね。物質的にも客観的にも不幸と言える状況ではなく、犯罪がらみでもないけど自分らしく「生きる」ことの苦しさが確かにあった。

ミキ たまたまかもしれないけど私、この2冊を続けて読んでよかったな。純粋に謎解きのワクワクも体感できたし、生きることの苦しさとか、その先の希望に触れられたことも、今の自分の心の栄養になった気がするよ。

エイミ 私は『傲慢と善良』のある数字・・・ネタバレは避けるけど、「70」という数字がいまだに衝撃で。

ミキ わかる(笑)、自分だったらどう思うかな。だからと言って「100」とか「120」とか言われても逆に「ホントかよ!」って不安になるし。・・・数字にしちゃいけないことって、あるよね。

エイミ ほんとそう。「なんか好きだから」くらいがしっくりくるのかも。

ミキ あれ? ところで今日の本題「びっくりして感動する理由」の話はどこいったんだっけ。

エイミ そうだね、ちょうど辻村深月の話が出てよかった。私は最近ミキとミステリーの話をしながら「人は・・・いやとりあえず私はミステリーのどこにいちばん惹かれているんだろう」と考えるようになって。そうしたらふと、本棚の『かがみの孤城』がヒントをくれたんだ。あっこれだ! って。


『かがみの孤城』は心に傷を抱えた中学生が主人公

(3)辻村深月『かがみの孤城』の救済力

※以下、ネタバレはしませんが『かがみの孤城』の内容にふれます。気になる方はご注意ください

ミキ あぁエイミ、ついに根源的な問いにいっちゃったか(笑)。私が言うのもなんだけど、クイズとか謎解きが好きな人って多いから、そこを疑問に感じたことはなかったな。本・・・文章を読む読まないのハードルは別として、ドラマや映画でもミステリーは人気あるでしょ?

エイミ そうだね。脱出ゲームとかマーダーミステリーも、ブームじゃなく定着した感があるし。

ミキ ただ今回、小説を読んだことでより染みた感じはする。『火車』なら本間刑事と一緒に一歩ずつ進んで、どうしてこんなことになったのかってその人のことを真剣に考えた。これ・・・私にしてはすごいことだよ。

エイミ そう! 読むことで染みるんだ。それでね、うちの長女が去年、6年生の時に『かがみの孤城』を家で読んでたのを思い出して。後半、謎が明かされる場面で突然「わ~っ」って泣きだしたんだ。けっこうな号泣で。

ミキ 謎解きの場面で号泣?

エイミ こらえきれずに溢れ出たみたいな。「そうだったんだ・・・よかった、よかった!」って。詳しくは話せないけど、ある事実がわかって「あぁ救われた」と感じたみたい。その時に私、思ったんだ。あぁこの人は今、びっくりして感動したんだなって。

ミキ びっくりして、感動・・・。

エイミ うん。自分にとって想定外の事態が起こるとびっくりするでしょ? それがただの想定外で、腹立だしかったり納得いかないことなら、怒ったり、呆れたりで終わるよね。でも想定より上の出来事で、それが「言われてみれば確かに」と納得できたり、自分を助けてくれたり、嬉しい驚き・・・サプライズ的なことなら、びっくりすると同時に感動するんじゃないかな。

ミキ すげーーっ! なにこれーー! ってやつだね。語彙力すいません。

エイミ いや、誰だって本当に感動した時は言葉を失うと思う。いきなりだけど、映画『スター・ウォーズ』だってそうじゃない? エピソード6で初めてルークとダース・ベイダーの関係がわかって、びっくりして納得して、最後は感動する。映画をあまり観ない友達からたまに「スター・ウォーズってエピソード1から観てもいいんだっけ」って聞かれることがあるけど、1から観たら6の感動はないからね(笑)。

ミキ ダース・ベイダーとルーク・・・あぁはいはいはい・・・ってなんの話だっけ?

エイミ びっくりして感動したいよね、って話。私はミステリーを通してそんな感動を追い求めてるんだなって、最近ミキと話して改めて自分の願望に気づいたよ。

ミキ 無自覚ながらも、私の手柄だね(笑)。ありがとう私。

エイミ それって何も人間ドラマ的なミステリーに限らなくて、探偵が論理的な謎解きで事件を解決するのでもいい。その鮮やかさ、すっきり騙された感覚に感動するのが、そもそものミステリーの醍醐味だからね。それで、今日は最後ということもあるし、本格ミステリーの話を少ししてもいい?

ミキ はい。びっくりして感動したい人は『スター・ウォーズ』をちゃんとエピソード4から観てね(笑)。

「なぜそうなった⁉」の謎がエピソード1・2・3で明かされる


(4)『悪魔の手毬唄』が金田一耕助で一番好きな理由

※以下、ネタバレはしませんが『悪魔の手毬唄』の内容にふれます。気になる方はご注意ください

エイミ これから話すのは日本を代表する名探偵のひとり、横溝正史による金田一耕助についてです。

ミキ それはさすがに知ってる! 第九夜の松本清張の時も言ったけど、旦那がサスペンスとかミステリー好きで映像作品はよく一緒に観てるんで。小説は読んでなくても『犬神家の一族』とか『悪魔の手毬唄』は記憶にあるよ。

エイミ それに加えて『本陣殺人事件』『獄門島』『八つ墓村』『悪魔が来りて笛を吹く』あたりが、映像作品も多くてわりと有名な作品だと思うんだ。で、私はこのなかで『悪魔の手毬唄』がダントツに好きなの。

ミキ それってあの、怖い手毬唄の通りに女の子が1人ずつ殺されていくやつ・・・。

エイミ そう、日本一有名な見立て殺人と言っても過言ではないでしょう! 

ミキ なぜ急に立ち上がった?

エイミ  あくまで個人的な好みとして、私は本格の謎解きってシンプルで意表をつくものほど素晴らしいと思ってるんだ。願わくば「犯人はこの人、推理の根拠はこう、トリックはこう、動機はこう・・・」とそれぞれが独立したものじゃなく、たったひとつのパズルのピースがハマるだけで、全体像が急に現れるような・・・。書くほうは大変そうだけど。

ミキ 具体例はまったく浮かばないけど、言ってることは理解できます。

エイミ 日本の新本格の金字塔と言われる島田荘司の『占星術殺人事件』で、探偵の御手洗潔がこう話す場面があってね。40年間も未解決だった不可解極まりない猟奇殺人の謎を御手洗が解決するんだけど・・・ちょっと引用させて。

「この事件は、グロテスクに組みあがったくず鉄の前衛作品みたいに見えるけど、それはどこかがずれてるから、全体がそんなふうにとんでもない恰好に見えるんだ。たった一本、たった一本、ポイントのピンを引き抜くだけで、こいつはパラパラと本来の場所に収まっていって、たちまちすっきりした、誰もが理解できるかたちに落ちつく。そいつは解ってるんだ。」

(島田荘司『改訂完全版 占星術殺人事件』講談社文庫/p295より)


ミキ
 ピンの一本。たしかに私もこういうのがいちばん「スッキリ」ってなりそう。なにしろ複雑なトリックの説明が理解できないので(笑)。

エイミ 私はこの『占星術殺人事件』でびっくりして感動し過ぎて、本格の沼にハマった。・・・えぇと、では今から『悪魔の手毬唄』の核心部分に触れますがよろしいでしょうか? 完全なネタバレはしないよ。

ミキ 私は観たから大丈夫。

エイミ 『悪魔の手毬唄』の後半では、ある人物とある人物が〇〇〇〇ということが金田一耕助によって明かされる。そのたったひとつの事実がわかると読者のほうも「あれ? じゃあ・・・」って、難しく考えなくても真実が見えてくるんだよね。

ミキ ピンの一本ってやつだね。

エイミ ちょっと考えれば、「じゃあ過去のあの事件の際、あの人は嘘の証言をしたことになるじゃないか」→「なぜ嘘を?」→「自分が事件に関わっているから」となって限りなく犯人に近い人確定。さらに「あの人とあの人が〇〇〇〇なら、殺された女性3人と狙われたあと1人は〇〇、そしてあの男性とも〇〇になるじゃないか!」→「じゃあ動機はつまり・・・」みたいな感じで、大半の謎について急にわかる。いやもうね、謎解きに隙がなくて美しいよ・・・ 人が死んでるのに美しいとか言ってすみません。

ミキ ちょっと待ってね。あぁ2人が〇〇〇〇だと確かに全部・・・うん、ところどころ忘れてるけど、わかった気がする。

エイミ ほかの作品も好きだけど、謎解きは個人的にこれがピカイチ。映像作品ではあまり触れられない部分で、原作では村の地理地形から「犯人はいずれにしてもあの人しかいない」という論理的な補足もあって、納得度が高まるよ。・・・以上、完成度の高い謎解きがくれる「びっくりと感動」について語ってみました。

ミキ そういえば、エイミって本格ミステリーが好きなのに、どうしてその話をあまりしてこなかったんだっけ?

『悪魔の手毬唄』では雀がなんか怖いことを言います

(5)「本格」が好きなら選書は難しくない


エイミ 
ミキ、すっかり忘れてるようだけど、それは第二夜で好みを詳しく聞いた時、ミキが「本格に興味なし」と判明したからだよ。

ミキ そっか! 名探偵が緻密な論理展開で犯人を指摘するとか、衝撃のトリックとかに興味ない、人間ドラマが読みたいって私が言ったんだ・・・。

エイミ それに、本格が読みたいという人は好みがはっきりしてるからね。一応言っておくと、この先ミキが本格に興味をもったら「本格ミステリー/作家」とか、気になる作家の「名作/傑作/読む順番」とか、「密室/アリバイ/叙述トリック」なんかのキーワードで調べてみるといいよ。もちろん本格ミステリー系の受賞作品を読んでもいいし。海外ものは苦手って第二夜で言ってたからとりあえず「国内」って入れてもいいし。

ミキ 確かにはじめから「本格が読みたい」という人は、私みたいに「わ~分厚い」とか「後味が悪いのはイヤ」とか言わないのかもね(笑)。

エイミ 何でも読んでみればいいっていう考えもあるけど、合わなければ「ちょっと違った、もう読書いい・・・」って疲れる危険もあるからね。で、今から忘れられない過去の失敗について話してもいい?

ミキ 急に重い話かしら?

エイミ 20代の頃会社の後輩に「なんか面白いミステリー読みたいです」って言われたから私、気張ってゴリゴリの叙述トリックものを貸したんだ。そしたら数日後その子が「読んだんですけど・・これ犯人この人で合ってます? この部分こういう意味で合ってます? ミステリーってこういう感じなんですかね?」って困惑しながら本を返してきたんだよ。

ミキ それは悲しい! いまのギャグはどこが面白いかを説明するお笑い芸人みたいな気分だったろうね(笑)。

エイミ 悪かったなぁ、とも思ったし。あとでその後輩が「自分は名探偵とか衝撃のトリックとかに興味なくて。人間ドラマに謎解きがあるくらいなのが好きみたいで」って言ってた。今思えばもっと第二夜みたいな聞き取りをして、宮部みゆきの短編集とか伊坂幸太郎の『フィッシュストーリー』みたいなのを貸してあげたらよかったな・・・って。私の好みじゃなく、相手の好みを引き出すべきだった。

ミキ 伊坂幸太郎?

エイミ 第七夜「日常の謎」『チルドレン』を紹介したことがあるんだけど、クセ強で愛すべき登場人物達の一風変わった人間ドラマを読んでいるつもりが、最後に「えっ!?」という驚愕の真相が明かされる独特のミステリーが多いんだ。伊坂幸太郎についてはまた今度話すね。好きだから長くなるわ。・・・要するに、だからミキまで選書迷子にさせたくないの。

ミキ ありがとう、こんなにミキを愛してくれて。

エイミ ・・・とそんな前置きをしながらも、もう少しだけ本格について語ろうと思っている私です。

ミキ いいですよ・・・。

エイミ ミキが読むかどうかはともかく、ミステリーにはこういう話もあるんだ、っていう感じでもう少し聞いてくれる? 『十角館の殺人』にもつながる話だから。

新旧とりまぜ、本格の謎解きは面白い!

(6)『硝子の塔の殺人』に何度もびっくり

※以下、ネタバレはしませんが『硝子の塔の殺人』の内容にふれます。気になる方はご注意ください

エイミ 2021年に私はある本を読んでびっくりしました。知念実希人『硝子の塔の殺人』です。それは古今東西のミステリー、特に『十角館の殺人』をはじめとする綾辻行人の館シリーズをこよなく愛する大富豪が建てた硝子の館で起こる殺人事件で、「クセ強な登場人物」「下界から遮断された雪の山荘」「古今東西の名探偵や名作のうんちく、オマージュ満載」・・・と本格ミステリー好きが喜ぶ要素を詰め込んだ宝箱、のような作品だったのです。


ミキ
 おっ、ここでもう『十角館の殺人』が出てくるんだ。で、何がそんなにびっくりなの?

エイミ 本格愛をこれでもかと詰め込んで、小説としても「そうきたか!」という驚愕の真相を提示してくる作品として、想像をはるかに超える内容だったの。 1981年の島田荘司『占星術殺人事件』、1987年の綾辻行人『十角館の殺人』の流れから始まった日本の新本格と言われるミステリー史の総決算、総括的な作品に私には思えたし、研究本じゃなく小説という形だったのがまた、嬉しい驚きで。

ミキ 歴史、とか言われるとまったく頭に入ってこないけど、つまりマニアが大喜びする内容だったわけね。私はこないだ『多肉植物大全』みたいな本買って鼻血出るくらい興奮したから、わかります。

エイミ さらに2022年にはこの本が、全国の書店員さんが選ぶ「本屋大賞」にノミネートされたんだよ。「マニアはもちろん本格ビギナーにも」という書評まであって、これ一般ウケすんの!? ってもう、またびっくり。

ミキ 推理小説として普通に面白かったってことじゃない? よかったよ。

エイミ そして2024年の今年、ある日気づいたら我が家の中1長女が私の本棚から『硝子の塔の殺人』を出して読んでたの。またびっくりして、「これすごいマニアックな内容だけど大丈夫?」って聞いたら「普通に面白いよ」って言われて。

ミキ だから、先入観とか前情報とかなくても楽しめる本なんでしょ。

エイミ で、でもこれ・・・綾辻行人の館シリーズについて知らないと面白さが半減するんだよ(←個人の感想です)。だから、どうしよう! って一瞬心配したけど、よくよく考えたら長女は『十角館の殺人』だけは読了してたから、ギリギリ大丈夫かぁってホッと胸を撫でおろしたんだ。

ミキ 感情の忙しい人だね・・・。

エイミ 読み終わった時、長女に再度聞いたら「最高だった! 読者への挑戦状が2回もあってドキドキしたよ」って。それで、あぁそうなのね・・・と静かに胸を打たれたわけ。「本格とは」とか「ミステリー史」とか、長女は知らないからね。長く本格を読んできた人にとっては一種の郷愁が詰まった1冊も、ある人にとっては「普通に面白い推理小説」なんだ、ってもう逆に新鮮で。これほど1冊の本にびっくりさせられるとは思わなかったよ・・・。

ミキ なぜ泣いてるのかわかんないけど良かったね(笑)。ところで 読者への挑戦状が2回もあったんだ。エイミはわかった?

エイミ いやもうね、全然わかんないの。でも本格好きにとって名探偵 vs 犯人、閉ざされた山荘、謎めいた館、暗号・・・みたいに大好物が勢ぞろいした空間のなかにいられるだけで、最高のアミューズメントだから。

ミキ その世界に入り込んでる時、「読んでる」と「そこにいる」は同じ意味だよね・・・私も少しはわかるようになってきたよ。またそういう気分を味わってみたいな。

エイミ うん、ミキの場合はミステリーの沼にハマりたいというよりは、ミステリーを通して人間を感じたいという読書欲だろうから、最後にミキ好みの作品を紹介するね。

雪の山荘とか聞いただけでドキドキする人…いますよね?


(7)謎解きの先に親子愛…小杉健治『父からの手紙』

※以下、ネタバレはしませんが『父からの手紙』の内容にふれます。気になる方はご注意ください

エイミ さて最後は親子愛がテーマのミステリー、小杉健治『父からの手紙』を紹介したいと思います。私もここ数年で出会った1冊なんだけどね。

ミキ  ミステリーらしくないタイトルだね。どんな話?

エイミ 主人公の20代の女性・麻美子の婚約者が殺されて、なんと麻美子の弟が犯人として逮捕されるんだ。じつは姉と弟には10年前に父親が失踪したまま行方不明という過去があってね。それと同時に麻美子とは他人の、刑務所から出たばかりの男性・圭一の物語が進行するんだけど、圭一は10年前の兄の死に疑問を感じてる。・・・この2つの話が後半でつながるの。

ミキ 無関係に思える2つの話が結びついた時、過去の真実がわかるってわけだね。

エイミ 謎解きも面白いし、何よりここには「家族の幸せのために自分1人が犠牲になればいい」と考えた人が何人か出てくるんだ。でも、残された家族は本当にそれで救われたのか、というのが作品のメッセージ。

ミキ そういうの辛いよね・・・事情はわかんないけど。

エイミ 小杉健治は親子愛をテーマにしたメッセージ性の強い作品を何冊も書いてるの。私が初めて知ったのは『父と子の旅路』という作品のドラマ版で、何冊か読んでみて個人的には『父からの手紙』がいちばんのお気に入り『絆』『水無川』という作品も感動的だよ。

ミキ 私も子育てしてて感じたことがあるなぁ。相手と同じくらい、自分も幸せでいることが大事だって・・・。その小説の「父」がどんな手紙を書いたかも気になるし。

エイミ 私も「自分が犠牲になることで家族は幸せになるのか」というテーマには泣かされた。やっぱりそれは違うと感じて、好きなことも諦めたくない、子育てをしながら本も読もう、文章も書こうと思ったキッカケにもなった作品なんだ。

ミキ えっそうなの? ますます読んでみたい!

愛してるのに手紙でしか表現できなかったのは何故

(8)息子はなぜ死んだ…まさきとしか『あの日、君は何をした』


※以下、ネタバレはしませんが『あの日、君は何をした』の内容にふれます。気になる方はご注意ください

エイミ 最後です。家族ミステリーでもう1冊のおすすめは、まさきとしか『あの日、君は何をした』。主人公は平凡な主婦で、高校入学を控えた息子・大樹が殺人事件の容疑者に間違われて事故死したことから不幸のどん底に突き落とされるんだ。で、15年後に起こるまったく別の事件と大樹の事件が後半でつながり、最後は衝撃的な真相が明らかになるという話だよ。

ミキ 無関係に思える2つの話がつながっていくのは、『父からの手紙』と同じだね。

エイミ 構成としてはミステリーの鉄板だからね。視点がコロコロ入れ替わる話は苦手、って第二夜でミキが言ってたけど、2つの話が同時進行くらいなら大丈夫じゃないかな。まさきとしかは一筋縄ではいかない家族や人間の姿を書く作家で、イヤミス系の不穏さに慣れてきたら、ミキの好みのど真ん中だと思うよ。ほかにも『完璧な母親』という作品があって、いつか読んでみてほしい。

ミキ 『完璧な母親』 ・・・そ、それは育児本のタイトルじゃないよね?

エイミ だったら怖いわ(笑)。

ミキ それにしても息子の死の謎が気になり過ぎる。あの日息子が何をしたかが、死の理由につながってるんだよね。めっちゃ知りたい。あの日、君は何をしたの⁉

エイミ それは秘密です。

読むしかニャい

(9)読書慣れすればいろいろ読める


エイミ
 さて、そんなわけで『十角館の殺人』と『傲慢と善良』から始まったこの選書のコツも、今回で最後となりました。

ミキ 今考えるとこの2冊、同じ傑作ミステリーでも得られる感情の方向性がまったく違うね。 

エイミ それがミステリーの幅広さであり魅力だからね。そういえば本格のなかでも叙述トリックものは構成が複雑な作品が多めだけど、そのなかで『十角館の殺人』はわりとシンプルな構成かも。さっき言った「一本のピン」みたいにひとつの事実がわかった途端、大仕掛けが一気につまびらかになる感じだから。 

ミキ あぁ、第一夜で聞いた「衝撃の一行」でしょ。結局何なのか、いまだにわかってないし(笑)。

エイミ 教えられるわけないし。

ミキ 最近は私もミステリーのあれこれが頭に入って耐性がついたから、もしかしたら読めるかもって思えてきた。第一夜、第二夜あたりのミキとは違うぜよ(笑)。『父からの手紙』『あの日、君は何をした』『ビブリア古書堂の事件手帖』の次あたりに読んでみようかな・・・。そのうち成長したミキの姿をお目にかけますよ、たぶん。

エイミ 読書慣れしてくると「文章のかたまり」を見て「ながっ!」って引かなくなるし、ちょっと趣味に合わなくても「こういう感じか、さぁ次」って読書の筋肉がついてタフになるから、いろいろ読めるようになるよ。どうかミキがこの先、選書迷子にならず楽しく読書できますように・・・はっ! 

ミキ 急にどうした? 

エイミ 『悪魔の手毬唄』『十角館の殺人』には、あるすごい共通点があるわ。それがわかるだけでパタパタと真実が・・・わ~すごい! なんで今まで気付かなかったんだろう。

ミキ また、びっくりして感動してるね。さて、ここまでありがとうございました。次回からはミキによる「多肉植物って育て方が難しいという友達にその魅力を全力で話してみた」を始めたいと思います。

エイミ え?

ミキ 登山のほうがいい? キャンプにする? エイミ、よく知らないよね。

エイミ どっちも苦手です・・・。

ミキ 最後まで読んでくださってありがとうございました!
 

ミステリーじゃないけど、子どもの頃『青い鳥』のラストにびっくりして感動しました


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【読書スキルと好みに合わない選書をしないためのポイント、あれこれ】

〈第一夜〉ミステリーの選書はまるで婚活? 自分が求めているものを知ろう ↓↓↓

 
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〈第二夜〉自分の好みを知る質問に答えてみよう!あなたは「名探偵」や「論理的な謎解き」を期待する本格派? それとも本格以外? ↓↓↓


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〈第三夜〉ミキはなぜ宮部作品を選べなかったのか? 人気作家・宮部みゆきの選び方 ↓↓↓


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〈第四夜〉
・後味は大事!自分は「イヤミス」が好きかどうか考えてみよう
気になる作家を見つけて「作風」「作品リスト」を調べてみよう
「謎が残る」ミステリーもある、その作風が好きかどうかで作家を選ぼう 
 ↓↓↓


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〈第五夜〉ミキはなぜ東野圭吾の傑作を読んで「ピンとこなかった」のか? 人気作家・東野圭吾の選び方  ↓↓↓


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〈第六夜〉多作の人気作家は選書力upの強い味方! 東野圭吾の作品群から好みの1冊を選んでみよう  ↓↓↓



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〈第七夜〉殺人事件や重い雰囲気が苦手な人は「日常の謎」から選んでみよう ↓↓↓



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〈第八夜〉社会派は「自分の日常と地続き」と思えるものから選んでみよう! 心震える出会いもあるかも  ↓↓↓


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〈第九夜〉社会派のなかでも「論理的・衝撃的な謎解き」が味わえるものも。松本清張も面白いよ ↓↓↓



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〈第十夜〉コアな興味関心「将棋」「ファンタジー」「ユーモア」「安楽椅子探偵」「キャラ強名探偵」「理系・医療」「間取り・家」「ホラー系」などのテーマから選んでみよう ↓↓↓


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・優れた謎解きはいつでも「びっくりと感動」をくれる→第11夜・終

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【今夜の本リスト】

『火車』
(著者 宮部みゆき/新潮文庫/税別857円)
『傲慢と善良』(著者 辻村深月/朝日文庫/税別810円)
『かがみの孤城』(著者 辻村深月/ポプラ社/税別1800円)

『悪魔の手毬唄』(著者 横溝正史/角川文庫/税別705円)
『改訂完全版 占星術殺人事件』(著者 島田荘司/講談社文庫/税別838円)
『十角館の殺人 新装改訂版』(著者 綾辻行人/講談社文庫/税別695円)

『フィッシュストーリー』(著者 伊坂幸太郎/新潮文庫/税別550円)
『硝子の塔の殺人』(著者 知念実希人/実業之日本社/税別1800円)
『父からの手紙』(著者 小杉健治/光文社文庫/税別648円)
『父と子の旅路』(著者 小杉健治/双葉文庫/税別648円)

『あの日、君は何をした』(著者 まさきとしか/小学館文庫/税別720円)
『完璧な母親』(著者 まさきとしか/幻冬舎文庫/税別690円)

どこかにほんとに名探偵がいてほしい


自己紹介です↓↓↓

知念実希人『放課後ミステリクラブ』、おすすめです↓↓↓


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