【選書】「ミステリーって多すぎて自分に合うのを選べる気がしない」という友達に選書のコツを全力で話してみました〈第三夜〉-宮部みゆきの選び方-
~「読んでよかった」のために自分の好みを知ろう
分け合いたい! 底知れぬミステリーの魅力~
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〈第二夜〉はこちらから↓↓↓
※以下、作家名は敬称略。本のデータは最後に記します
※あくまで私が読んだ本、好きなタイトルから話しています。ミステリーの選書に関しては、個人的な見解です
※お勧めの作品名も出しますが、あくまで選書のコツがテーマです
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(1) 宮部みゆき基本―大きく分けて3ジャンル
エイミ ではさっそく、あまり読書慣れしていない人、宮部みゆきが初めての人に向けて、選書のコツをお伝えしていきたいと思います。
ミキ はいそれが私です。これまでのあらすじとして、第二夜で私のミステリーの好みが「論理的に謎解きする本格ミステリーよりも、人の心に感動する系のミステリー派」ってことが判明したよね。あとは、視点がコロコロ替わるような複雑な構成の小説は厳しくて、短編や中編も入口にしやすい・・・ということだったかな。
エイミ そうだね、ミキは宮部作品好きだと思うよ。実際にドラマ化されたものを観て興味を持ったみたいだし。
ミキ それでも、いざ書店に行ったら作品数が多すぎて1冊も買えずに帰ってきた・・・っていう悲しいエピソードがあるけどね。
エイミ 人気作家は作品数も多いし、タイトルを聞いたことのある作品も多いから、それに惑わされて逆に選びづらいってこともあると思うんだ。
ミキ 私はどうしたら自分に合った1冊を選ぶことができたんだろう?
エイミ うん、そこで宮部みゆき作品に関してはまず、書かれた時代とジャンルに分けて考えてみたいと思う。ファンはよく知ってることだけど、宮部みゆきは現代ミステリーのほかに江戸を舞台にした時代小説、それにファンタジーも書いているから、今回は現代ミステリーに限定すると、選択肢は一気に3分の1まで減るんだよね。
ミキ え~っ、そうなの?
エイミ 完全に3分の1になるかはともかく、ざっくり言うとね。
ミキ 知らなかった・・・。
エイミ それでも1冊目としてどれでも読みやすいわけじゃないから、考え方としてデビューした1990年代の作品・・・初期の傑作群から考えてみようかな。
ミキ お願いします!
エイミ 宮部みゆきは永く読み続けたい素晴らしい作家だから、もし選書のコツを私なりに伝えて、少しでもミキのお役に立てたらうれしいです!
(2)初期10年から選んでもすごい密度の濃さ
ミキ そういえば短編集も書店でたくさん見かけたよ。
エイミ そうだね。けど私はやっぱりひとつの目標として長編を味わってほしいから、まず長編の選書をしたうえで、「似た路線でこういう短編もあるよ」という方向性でいきたいんだ。
ミキ 了解! じゃあ1990年代の傑作群について教えて。
エイミ まず長編デビュー作は1989年の『パーフェクト・ブルー』で、これもいいんだけど個人的なお勧めは続く同年の『魔術はささやく』、その後1990年に『レベル7』、1991年に『龍は眠る』、1992年に『スナーク狩り』と『火車』。
ミキ 待って待って・・・早すぎる。
エイミ とりあえずざっと聞いてもらってもいい? 1996年『蒲生邸事件』、1998年『理由』、1998年『クロスファイア』・・・このあとは2000年台に入っていくので、とりあえずここまで。
ミキ 聞いたことのあるタイトルもけっこうある気がする。
エイミ 映像化もけっこうされてるからね。で、この初期10年に書かれたものが軒並み傑作なんだよ。
ミキ エイミはどれがいちばん好きなの?
エイミ 決められないんだけど、ミキはこれが好きだろうという予想で話を進めるね。
(3)こういうプロセスで絞っていくのはどうでしょう
エイミ ミキは登場人物に感情移入しやすくて、自分の世界観とわりと地続きの話が読みやすいと思う。そして長すぎない、文庫でせいぜい400ページくらいまでの小説がいいんじゃないかな。
ミキ ページ数から考えたりするんだ・・・。
エイミ うん。あまり読書慣れしていない人が文庫本を手にして「読めるかも」と思う厚さって1.5センチくらいだと思うんだよね。350から400ページってちょうどそのくらいだから。
ミキ なにその独自の研究?
エイミ 参考程度だけど、本を手に持ったときの感覚は大事だよ。それに、夢中になったら持ち歩いたりするでしょ? 電車のなかでも読んだりするでしょ? 決してスマホばかり見たりしないでしょ? 重くないことも大事でしょ?
ミキ なんか必死だね・・・(笑)。
エイミ そう言うけど、ミキが第二夜で話してた、書店で直観を働かせて選んだ3冊『母性』『ファーストラヴ』『容疑者Xの献身』のサイズって全部これくらいだよ。
ミキ そうなのか・・・確かに、分厚い小説はその時点で感覚的に排除してたかも。
エイミ 初期の作品群でサイズ感も手ごろで、上下巻とかじゃないものから選ぶと『魔術はささやく』『スナーク狩り』『火車』あたりかな。
ミキ 一気に3冊? 書店では作品群を目の前にして泣きそうだったのに(笑)。
エイミ ただ『スナーク狩り』は傑作だけど悲しいから、いきなりずし~んとくるかな・・・。2冊目か3冊目あたりがベストかもしれないね。
ミキ もう2択?
エイミ そして自分で「400ページくらい」とか言っておいてなんだけど、いま見たら『火車』は文庫の本編が582ページありました。
ミキ と、いうことは・・・。
エイミ でも『火車』がイチオシなんだよね。
ミキ いやなんで? 厚さ1.5センチじゃないよね?。
(4)避けては通れない傑作『火車』
エイミ 2センチ強かな。大丈夫、読める読める。
ミキ いきなり雑だね・・・それくらいおすすめってこと?
エイミ まず勝手に選んだ最終候補のうち、『魔術はささやく』はある男子高生が巻き込まれる事件の話で、『火車』は20代の1人の・・・いや2人の女性の悲しい生き方を書いた物語なんだ。ミキが感情移入しやすいのはとりあえず『火車』かなと思って。
ミキ 『火車』が有名な作品だってことはわかる。ただ、自分に読めるかどうか自信がなくて・・・。
エイミ たとえばミキが、本に詳しい人に、またはネット上で「あまり読書慣れしていない者です。宮部みゆきの1冊目としてお勧めの本はなんですか? 現代ミステリーで、シリーズもの以外、比較的複雑な構成ではなく、最後には少し希望を感じられるような内容がいいです」って質問したら、間違いなく何人もの人が『火車』って答えると思う。
ミキ そうなんだ。ざっくり言うとどんな内容?
エイミ 主人公は休職中の刑事・本間さん。中年男性。
ミキ 本間さん。
エイミ 本間さんが親戚の男性に頼まれて行方不明の恋人・関根彰子という女性を探すんだけど、彰子の行方を追ううちに、彼女の過去というか、信じられないような事実が明らかになっていくんだよね。ただ幸せを求めていただけの平凡な女性が落ちた闇・・・っていうのかな。
ミキ あれ? なんか第一夜で話した『傲慢と善良』も、行方不明の恋人を探す話だったような。
エイミ 人探しはミステリーの鉄板だからね。人探しの物語の特徴は、読書初心者、ミステリー初心者でも比較的読みやすいところなんだ。
ミキ そうなの?
エイミ とりあえず「その人が見つかるまでの話」だと思えば気持ちをのせやすいでしょ?
ミキ 確かに、この話一体どこに向かってるの・・・と思って読むのが辛くなることがなさそう。
エイミ この『火車』は、宮部作品という枠を超えて、国内のミステリーのなかでもベスト何位・・・とかに挙げる人が多いんだよ。
ミキ そんなにすごいんだ!
エイミ 初めて読んだとき私は徹夜した。そういう人、多いんじゃないかな。『火車』は〝徹夜本〟の代表格と言ってもいいかもね。
ミキ え、怖い(笑)。
エイミ 最後も「ここで?」っていうところで終わるんだけど、考えれば考えるほど、これ以上のラストはないし、余韻がものすごい。
ミキ 未解決ですっきりしない部分はないんだよね?
エイミ ない。本間刑事(休職中)と一緒にその女性の行方を夢中で追いかけて、最後は「あぁ・・・すごいものを読んだ」っていう余韻に浸ることができたら、キミ・・・いやミキはもう宮部みゆきの虜になることでしょう。
ミキ なんか読みたくなってきた。ちなみに救いはある?
エイミ うん、個人的には絶望から救う物語だと思う。少なくとも、あなたには寄り添う人がいる、と伝えてあげられるんじゃないかな。
ミキ ちょっと意味はわかんないけど気になるわ。
エイミ 携帯もネットもない時代の話だから、多少アナログ感は感じるかもしれないけど、人の心の本質は何も変わっていないから、読み応えあると思うよ。
(5)SF要素に馴染めれば初期はお勧め作ぞろい
ミキ ちなみにほかの作品はどうなの?
エイミ 『魔術はささやく』は、宮部みゆきが長編デビュー2作目にして日本推理サスペンス大賞を受賞した代表作のひとつだね。主人公の男子高生・日下守がある事件に巻き込まれるんだけど、それが過去に起こった守の父親の失踪事件とつながっていくの。
ミキ 面白そう。確かにいまの私は高校生でも若者でもないけど、子どもが中学生だから、その目線では読めるかも。
エイミ 主要な登場人物として生きづらさを抱える女性たちが出てくるから、その点では『火車』と同じ世界観。ただ時代設定に多少の古さを感じるかもしれない。そこは『火車』も同じなんだけど・・・。
ミキ 生きづらさを抱える話ってすごく共感できそうな気がするな。
エイミ 『魔術はささやく』は私が宮部ファンになったキッカケでもあるし、ラストも感動的なんだけど、宮部作品に不慣れな、かつデジタル社会を生きる現代の読者がいちばん「馴染むかどうか」の気がかりは、テーマに催眠術が扱われている点なんだよね。
ミキ 催眠術?
エイミ 宮部みゆきは初期の頃から超能力とか、人間の特殊能力を扱ったSFとも言える作品が多いんだ。それがのちのファンタジーにもつながるんだけど、好みが分かれるかもと思って。
ミキ 催眠術って言われると一気にミステリー色が薄れるような・・・。
エイミ それがそうでもなくて、『魔術はささやく』だけじゃなく『龍は眠る』『蒲生邸事件』『クロスファイア』は超能力の存在が物語に大きく絡みはするんだけど、それを軸に現実に起こり得そうな事件も描いてて、事件の興味深さとともに、人間の本質とか生き方を問う内容になってるんだ。あ、『蒲生邸事件』は実際の二・二六事件を扱ってるけど。
ミキ であれば、私はテーマ的には大丈夫だよ。超能力とかあっても。
エイミ ただ、1冊目として馴染むかどうかなんだよね。ちなみに『火車』『レベル7』は超常現象的な話ではないけど、『レベル7』より『火車』のほうが身近なテーマだし、刑事ひとりの目線で進むから読みやすいと思う。
ミキ わかった。ちなみに直木賞を受賞した『理由』っていう作品があるでしょ。あれはどうなの?
(6)直木賞『理由』や映画化『模倣犯』『ソロモンの偽証』は読書慣れしてからがお勧め
エイミ おお、よく知ってるね。
ミキ なんか有名だし、帯にも書いてあった。こういう賞を受賞してると最高傑作なのかもと思うし、エイミみたいな友達がいなかったら、1冊目に読んだかもしれないな。
エイミ 確かにひとつの基準にはなるよね。でも、直木賞を受賞した作品が「その作家の1冊目にふさわしい」とか「最高傑作」かどうかは、一概には言えないと思われ・・・る・・・。
ミキ なんでモゴモゴしてんの?
エイミ デビューから宮部作品を読んできた者としては、直木賞なら『火車』や『蒲生邸事件』あたりがうれしかった・・・個人の感想です。作品の優劣はもちろんつけられないけど、でも事件を通して「人の心」を描き切ってるこれらの作品は、ものすごく「宮部みゆき色が強い」んだよね。個人の感想です。
ミキ 2回言ったね・・・。にしても、宮部みゆき色が強いっていうのは、本好きならではの感想って気がする。
エイミ このあたり、ミキが第二夜で話してたのちの杉村三郎シリーズにもつながる「宮部みゆき色」なんだよね。真相が明らかになる、人の心の痛みや温かさに気づく、感動がジワジワ広がる・・・みたいな。
ミキ そっかぁ、私が好きだと思った杉村三郎の原点がこのへんにあるのかも。
エイミ 『理由』は、もちろん傑作ではあるけど登場人物が多いし、重厚な社会派ミステリーだから読書慣れしていない人には読破がけっこうキツイかも。
ミキ 無理はやめときます。
エイミ うん、たとえば誰かに「『理由』は傑作ですか?」と聞いたら答えはイエスだろうけど、「宮部みゆきの1冊目として『理由』はお勧めですか?」と聞いたら答えは変わってくると思うんだ。
ミキ ほかの作家でも使えそうな質問だね。「この作家の入門編としてはどれが読みやすいですか?」みたいな。
エイミ ちなみに映画化もされた2001年の『模倣犯』は、ひとつの凶悪犯罪の形を描き切っている社会派ミステリーなんだけど、宮部作品のなかではかなり辛い事件を扱ってる。2012年の『ソロモンの偽証』も映画化で話題になったけど、原作は文庫で6冊あるから、私はすんなりとお勧めできないかな。かなり読書慣れしたあとならいいけど。
ミキ 好みと読書スキルに合わない本を選んで挫折して、「読書自体自分に合わない」って思われるのがいちばん残念、って言ってたもんね。
エイミ そんな話聞いたら、いつもちょっと涙でる・・・。
(7)短編集を入口に体験する宮部ワールド
ミキ では1冊目『火車』、それが面白く読めたら2冊目『魔術はささやく』でいこうかな。
エイミ さっきの話に戻るけど、短編集もたくさんあるから調べてみるといいよ。私も全部読んでるわけじゃないけど、個人的には『とり残されて』が大好き。ちょっと古い・・・1992年とあるから『火車』とほぼ同時期の作品だね。
ミキ どんな内容?
エイミ 軽く超常現象的なテーマを扱った短編が6作、中編が1作なんだけど、最後の中編『たった一人』が素敵で・・・。これだけでもいいから読んでほしい。
ミキ なんとなくラブストーリーみたいなタイトルだね。
エイミ ラブストーリーであり、ファンタジーでミステリーでもある。ひとりの女性が「夢に出てくる場所を探してほしい」と探偵に依頼する話なんだけど、90ページくらいでサクっと読めるし、意外な展開、緻密な伏線回収をみせる謎解き、切ないラスト、広がる余韻・・・。宮部作品の魅力がギュッと詰まった名作だから、この世界観が好きなら宮部みゆきは合うと思うな。
ミキ 短編からいこうかな。私の読書時間、1日15分だし。
エイミ あとは『鳩笛草―燔祭/朽ちてゆくまで』という短編集もいいよ。短編というより中編3作かな。2作目の『燔祭』はのちの『クロスファイア』にもつながる世界線だったりする・・・なんか切なくて好き。
ミキ 切ないの、好き。
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エイミ 今日はこのくらいかな。どうだった?
ミキ 正直言って、ひとりで書店をさまよっていたときとは違う自分になった気持ちです。メガネをかけて少し見えやすくなったような。
エイミ それはよかった!
ミキ ひとりで書店に行ってあれこれ迷う前に、ちょっとでも調べたり、聞いたりすればよかったかな。
エイミ それも貴重な体験だと思うよ。実際に行って自分で手に取ってみることの素晴らしさ・・・けど次は、もう少し候補を絞れるかもしれないね。
ミキ じゃあそろそろ第一夜から引っ張ってる、私がなぜ『母性』『ファーストラヴ』『容疑者Xの献身』にピンとこなかったか問題・・・について意見を聞いてみようかな。
エイミ じゃあ次は「イヤミス」と「作風」の話だね。
ミキ つづきます!
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エイミ あっちなみに・・・。
ミキ なに?
エイミ たぶん私の予想では、ミキは1カ月以内に徹夜すると思います。
ミキ は?
エイミ 『火車』のそうだな・・・350ページ・・・いや355ページあたりから・・・手がとまらなくなることでしょう。
ミキ 怖い!
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【今日のポイント】
・宮部作品は現代ミステリー、時代もの、ファンタジーの3ジャンルに大別してから選書しよう
・宮部作品は優れたミステリーが多いのと同時に超能力やSF、ファンタジーの要素が絡む物語も多いので、非現実的な要素が好みでない場合は、そこもポイントに選書しよう
・1990年代の作品群には宮部作品の特徴が詰まっているので、そこから選書するのもお勧め
・1冊目に迷ったら『火車』をどうぞ
・『理由』『模倣犯』『ソロモンの偽証』のように、名作ではあるが読書慣れしていない人に「1冊目」としてお勧めできないものもある
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【第四夜予告】
「イヤミス」と「作風」~事前にちょっと確認しよう
第四夜はこちらから↓↓↓
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すべての始まり・・・〈第一夜〉はこちらから↓↓↓
映像作品と比較しながら『魔術はささやく』について書いています↓↓↓
映像作品と比較しながら『クロスファイア』について書いています↓↓↓