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almost fiction

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だいたいこんな感じのことがあったけれど、証明はできないので、潔く虚構化してしまうのが目的の短編小説集です。
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煙草と金星と失恋について

 私はあまり煙草は好きじゃないのだけれど、私がかつて愛していた女性は愛煙家だった。ふたりで休憩に行って、彼女が煙草を吸うのを眺める時間が幸せだった。最初の一回だけは1本吸ってみるかと訊かれたけれど、それから先は二度と勧めらなかった。身体に悪いから吸わない方がいいと、私をニコチンで燻してしまわないように風下にまわりながら、彼女はよく苦笑いしていた。当時の私はカフェインが手放せなくなっていて、たまにタブレットで補ったりしていたのだけれど、そのことについては秘密にしていた。一点の曇

死んだ犬と浜栲

 先日、まっしろに老けて死んだ愛犬が、まだ油でも塗ったみたいにピカピカの毛並みだった仔犬時代から、溌剌とした成犬時代を経て、足腰が弱って遠くまで歩きたがらなくなるまで一緒に通った、少し離れたところにある公園まで、久しぶりに足を伸ばしてみた。ちょっとした砂浜になっているあたりも、私がまだティーンエイジャーだったころには、よく波打ちぎわまで近寄ってみたものだったけれど、すっかりご無沙汰になっていたから、いい気分だったし、空は高かったし、お日さまは温かったし、ちょうど草臥れかけのス

ひとり遊びに花の装い

 平成の終わった年の冬、京都の繁華街にある店でのことでした。そこは酸味が爽やかなコーヒーを飲ませてくれるカフェとして知られているのですが、陽が傾き始めるとウィスキーを頼む客が増えてきて、夜にもなれば当時でもすでに珍しかった全席喫煙可のバーになる店でして、間口が狭くて見つけにくいし、夕暮れになると、周囲にある敷居の高めな老舗に灯が入ることから、賑やかな人たちが少し離れた別の界隈に流れていくので、遅い時間を選んで入りさえすれば、まず窮屈を感じさせない店でした。とはいえ、なにせ小さ

根なし草の京都

 転勤族の一家に生まれて、あちらこちらで「よそから来た子」をくり返しているうちに、自分にはふるさとと呼べる場所がないことが判明した。ある学校で「ふるさとについて知ろう」と教わったことが、次の学校では誰も知らない、知っていたってしょうがない、無価値な情報になり下がるのも、新しい学校ではみんなが知っていることを、ひとりで覚えていかなくてはいけないのも、とても嫌だった。  どこの方言も身に付かないまま、なんとなく標準語らしき日本語で子ども時代を過ごして、そろそろ進路のこともあるか

真夜中の辺獄サラダボウル

 真夜中、冷蔵庫からあふれ出した光に目玉が焼けた。まばたき2回で乾いた眼球を労わってやると、涙で鼻がツンと痛んだ。重たい冷気が首筋へ落ちかかるのと同時に、いつか読んだフレーズが脳みそに出現した。 この門をくぐる者は いっさいの希望を捨てよ。  ダンテの『神曲』地獄編の有名な第3歌。誰の翻訳だったっけ。この詩句を越えた先には、天国も地獄も門を開けていなかった時代に死んだ人たちが、ぼんやりと佇んでいる辺獄がある。  よろしいと心に決めて地獄の門に手を差し入れ、掴みだしたドレッ

金木犀が朽ちるまで

 金木犀ということばを母から習った、秋の日のことを覚えている。陽光の乏しい、とても寒い日だった。私は親戚のお兄ちゃんからお下がりでもらったばかりの、重たいジャンパーを着ていた。明るい灰色だったはずのブロック塀が黒く濡れていたから、雨が降り止んだ直後だったのかも知れない。まだ私が幼稚園に通っていた頃、私たちの暮らしていたマンションのガレージには、その白っぽいブロック塀を背にして数本の金木犀が植わっていて、それがどれも満開に咲いていた。  濃いオレンジ色の花が強く香っているのに気

友人にあずけたトンボ玉に地中海を見ている話

 友人にアクセサリーを作ってもらえることになった。美しいトンボ玉を持っているのに、どうしていいか分からなくて、仕舞い込んだままにしていると、なにげなくツイートしたところ、じぶんに預けてみないかと声をかけてもらえた。こんな時期じゃなかったら「ちょっと詳しい話を……」だとかなんとか言って、お茶にでも誘い出したかったところだけれど、残念ながらこんな時期なので、いそいそと手紙を書いて郵便局まで歩いた。  今、ちょっと身体を壊しているので、とてもゆっくり歩いた。紺色の日傘の縁から見える

イモリの死

釣りが趣味だった祖父に連れられて、どこかの山奥にある渓流へヤマメだったかイワナだったかを釣りに行ったときに、浅瀬のなかで朱色のものを見かけて、子どもらしい好奇心から手づかみにしたら、図鑑の絵でしか見たことのなかったイモリだった。木々の色を映して黒くぬめった流れのなかの、苔でぬるぬるした石にしがみついていた、すらりと小さな両生類はとても可憐で、私は一目で夢中になった。イモリっていう生き物がいることは知っていたけれど、こんなに愛らしいとは思っていなかった。祖父の家で見慣れていたヤ