読書記録:才女のお世話 1 高嶺の花だらけな名門校で、学院一のお嬢様(生活能力皆無)を陰ながらお世話することになりました (HJ文庫) 著 坂石遊作
【完璧な高嶺の花の裏側を知る事で生きる意味に辿り着く】
親が夜逃げした伊月は、富豪達が集う学院にて、お嬢様の雛子の世話係を務める事で、主従を越えた愛の花が芽吹く物語。
よく金持ちに産まれたら幸せだという通説を聞くが、実態はまるで違う。
家柄に縛られたり、立場に苦しんだり。
金持ちも庶民と別種の葛藤を抱えて、生きている。
平凡な伊月が親の事情で拉致され、雛子のお世話係を命じられる。
才色兼備の彼女は実は内弁慶で。
そんな彼女を甲斐甲斐しく支える事で。
徐々に主従の関係を越えた信頼関係が築かれる中で。
両親が持つお金も、自分で稼いだ学費も全て持って行かれて蒸発されて、文字通りに天涯孤独の身となってしまった男子高校生、伊月。
借金を背負わせられてないだけマシだと前向きに捉えるが。
まだ未成年の男子高校生にとっては危機的状況に他ならず。
何もかもがどん詰まりの、人生の行き止まりと言っても過言ではない。
しかし、人生の転機とはいつだって急に訪れる。
運命の悪戯か、定められた必然か。
天国への招待状、もしくは地獄への片道切符か。
大財閥の令嬢、雛子の誘拐事件に遭遇した伊月は、その機転が評価されて、フィーリングで生きる彼女のたっての希望により、彼女のお世話係として雇用される事となる。
日給二万、住み込み、衣食住保障。
好条件にしか見えないそのお仕事の内容は、雛子の「お世話係」。
学校では完璧な美少女を装ってはいるものの、本性は、すぐに寝てしまうし、服を着替えるのも面倒くさがる、生活能力皆無のぐうたら者の雛子の、いわば従者である。
両親がギャンブル好きで高校の学費も自力で捻出していた伊月は、両親を恨む事もなく、自分の茨の人生の道行きを切り開いていた。
そんな苦学生である彼が、誘拐事件を発端にしてその人柄が評価されて、ハードスケジュールであるが、給与面の待遇が良い職場で働く事になる。
貧乏から一転、華やかな上流階級で己を磨いていく様は、苦労が必ず報われる訳ではないが、ちゃんと生きていれば、チャンスや運が転がってくる、仄かな希望が明示されていた。
そんな彼の謙虚な生き様に憧れながらも、家柄に生き方を縛られて、身の振り方さえも自分の望む形に出来ない、他者に生かされる立場に置かれている自分を嫌悪する雛子。
彼のように自分の力で人生を切り拓いていきたい。
父親の華厳からのプレッシャーやメイドの静音の淑女たる厳しい礼儀作法を教わりながら、虎視眈々とその変化の時を待つ。
彼女の傍に仕える為に、詰め込まれるように様々な知識や武術を教え込まれていく伊月。
身分を詐称する形で雛子と同じ学校へと転校した彼を待ち受けていたのは、文字通りのまったく異なる世界。
そして、そんな世界で生きる子供達に背負わされた、本人の意思とは関わらない宿命と重荷。
大人達の見解によれば、子供である前に歯車であり、家の道具であるという事。
その為に、生きる事が当たり前だという認識。
だからこそ、自分には合わない仮面も無理して被らされる。
それ故に誰にも理解されない孤独を、拠り所もなく抱えていた。
此花家の一員で後継者として完璧を演じながらも、その本性はぐうたら。
それでも、やればちゃんとできる子。
そんな彼女の本性を見抜いて、自分だけでも甘えられる居場所になるように、心を開いていく伊月。
立場の重責に苦しみ彼女が、ほんの一時でも羽を休められる枝になれるように、真っ直ぐな努力は怠らない。
雛子が本当に欲しかったのは、等身大の自分で関われる家族の温もり。
仕事に非情な父。
姿を見せない不詳の兄。
今は亡き母。
自分にとって幸せとは何なのか?
財閥の娘として生きる事が幸福なのか?
そんな漠然とした不安を抱える雛子に、また違った形で家族に対して苦悩を抱える伊月が、その痛みに相応しい寄り添った言葉を投げかける。
路頭に迷う寸前だった自分に居場所を与えてくれた
彼女の為に、数々の逆境に果敢に吶喊していく。
異なる世界を生きる伊月と雛子はある意味で「似た者同士」なのかもしれない。
どちらも親からの愛に飢えて、家族に真の愛を与えられずにいた。
そんな欠落した二人だからこそ、出会えたのかもしれない。
ノブレスオブリージュ。
確かに上流階級で生きていく為には、家督を背負って、人の上に立たなければならなくて、その責任や役割、そして礼節や繋がりを疎かにしてはならないだろう。
貴族とは何より体裁とメンツを重んじる物だから。
しかし、そんな在るべき姿に、本来の自分を覆い隠してしまうなら、何処かで本音を吐き出せる場所も必要だろう。
それこそが、曝け出せるから繋がれる、しがらみを越えた本当の素顔という形。
伊月だからこそ雛子にもたらせた変化と成長がある。
雛子だからこそ伊月に気付かせた、大切な事がある。
そんな二人の関係性を展開する中で、確かに変わりゆく雛子の心。
伊月を失いたくないという、初めて我を通した想い。
伊月のもたらした変化がきっかけで、彼を解雇するという両親の意向に反して、雛子は初めて気炎を上げた。
「家」の為なんかじゃない、「彼」の為に仮面を被って見せると啖呵を切った。
その心にあるがままに芽生えたのは、今はまだ名前のない感情。
しかし、その感情が名付けられた時、きっと今いる世界はもっと鮮やかに彩りを帯びる。
それぞれが違う世界で生きながら、それでも今の自分に出来る事を模索していく。
そんな互いを思い合う二人の関係はまだ始まったばかり。
芽生え始めたばかりの名もない想いを伴って。
果たして二人は、身分差を越えた関係を繋いで行けるのか?