読書記録:公務員、中田忍の悪徳 (5) (ガガガ文庫) 著 立川 浦々
【痛切な過去を紐解き、自分で立ち上がる為の決別の時】
異世界エルフへの現代社会融和を果たした忍に、アリエルが出自と過去を語る時、真の決別の時を迎える物語。
この世界で異世界エルフであるアリエルが根付いていく為の方法。
公務員である忍が犯してきた悪徳。
困窮者の自立を助長する為の生活保護を異端者である、エルフを保護する為に使った。
罪悪感も勿論あったが、それを補いあまりある、恩恵があった。
国民の血税で生かされるアリエルは、その恩恵によって。
徐々に言語を習得して、ようやく意思の疎通が可能になる。
忍は職場でアリエルを保護しているのが露呈するも、上司は理解力のある許諾を示してくれた。
また、抱えていた摘発事案がとん挫した茜の本心を引き出して、仕事へのモチベーションを呼び覚ました。
謎の監視者の思惑を素通りして、平常運転の日常を再開させる中で。
アリエルに現代日本の常識を叩き込もうと、その一歩として彼女を、恒例行事である宴会へと誘った忍。
気さくな仲間達に可愛がられ、忍達の過去を垣間見たアリエルの心の中で、何かが芽生えようとしていた。
「自分の生い立ちを語りたい」と。
理解者である忍達に知って欲しいと。
芽生えた想いから語られたアリエルの過去。
そして、明かされる自らの痛切な半生。
それに、隠し持っていた異能力の正体。
別の世界で、異世界人の被造物として創り出され、勝手に役目を背負わされて。
しかし、その本懐を果たせなかったという記憶。
そんな挫折を味わいながら、アリエルは、誰にも頼らず、今までたった独りで生きてきた。
その想い出を聞いた忍は、異世界人と同じ轍を踏みたくないと何よりも思った。
彼女と真の友達になる為には、早急に一人暮らしをさせる必要があると思った。
全てを知った忍は、この世界で自活する術を身に付けさせるべく、心を鬼にして、彼女を追い出す。
唐突に始まった決別に驚愕する一同をおいて。
何故、アリエルの存在を公的に認めさせて、意思の疎通が取れるまで、手塩にかけて育ててきたのに。
言葉も話せるようになり、チャットで外部とコミュニケーションを取れるまで進歩させたのに。
いきなり、忍は冷淡な突き放すような言葉を投げつけるのか?
いくら、異世界からの来訪者と言えど、アリエルはまだ年端もいかない子供である。
大人である忍達が彼女を庇護下に置いて守らなければいけない筈である。
それでも、忍はアリエルに一人立ちさせたかった。
いつまでも、自分の家で愛玩動物のように可愛がり続ける訳にはいかなかった。
その為に、今まで意思の疎通や日本文化の勉強、移住する際のルールを叩き込んで。
現代社会で生き抜けるように、環境を整えてきた。
アリエルを、そんな風に突き放したのも。
彼女がもう自分達の手を借りなくても、生きていけると判断したからであり。
彼女の尊厳を認めたからに他ならなかった。
本当に人間らしい生活とは、思想的自立でもあるからこそ。
自分達に選択を依存するのではなく。
アリエルには自分の事は全て、自分で選んでもらいたかった。
忍は彼女と真の友誼を結びたかった。
どちらかが施して、その恩恵に寄生して、生き永らえるような関係はいずれ破綻すると予測していた。
今の関係ではどうしても、彼女に対して対等に話せる自信がなかった。
忍はアリエルと対等に話したかったのだ。
しかし、忍の意見はどこまでも真っすぐで、隙のない正論ではあったが。
その正しさ故に間違いも含まれていた。
その忍の親心という物が、アリエルの心にどう響くのかまでは考えていなかった。
生真面目で不器用な彼の理論武装は、アリエルの心には刺さらなかった。
いくら、生き抜く術を学んだとしても、アリエルは一人立ちしたくなかった。
今までの自分の半生はあまりにも暗く翳りに満ちた物だったから。
日本に来て忍達に保護されて生活するようになって。
初めて、人の温かさに触れて、生死を分かつような緊縛した環境でなくても。
自分の居場所を与えてもらえると実感したのだ。
けして、誰でもいい訳じゃない。
忍の傍だからこそ、一緒にいたい。
それは、アリエルが初めて忍に見せた明確な反抗。
子供らしい純粋無垢なわがまま。
本当に自分を尊重するというのならば、今の自分の率直な気持ちにも耳を傾けて欲しい。
ただ、感情論では忍の機械的で合理的な心はびくとも動かない。
そこで、忍と長年の付き合いである由奈は、忍の心に届く、彼を困らせる方法を伝授する。
聴覚で届かぬなら、視覚で。
理論的な公務員である彼に届くように、文章にして、理路整然と彼に意見を直談判してみる。
それは、普段のアリエルの言動から予測出来ないアプローチであった。
その意外性が、頑迷で真面目人間である忍の心に波紋をもたらした。
今まで、何でも自分の言う事に従ってきたアリエルが初めて見せた自分本位な感情。
その初めてのわがままに、初めて言い負かされる体験。
忍はどうしよもなく思ってしまった。
「たまになら、こんな展開も悪くもない」と。
彼女がまだ、自分達との関係を切望して、巣立ちたくないと望むのなら。
彼女と悪徳に満ちた生活を、もう少し続けてみてもいいかもしれない。
自分に逆らってまで、この場所にいたいと縋る姿勢を見せた事実も。
一つの自立の在り方であり、自分の意志で立ち上がった証でもあるから。
まだ、異世界エルフとの生活は盤石だとは言いがたい。
不確定要素がありすぎるし、懸念材料も払拭出来ていない。
それでも、先の事は誰にも分からないからこそ、彼女と本当の友達になる為に、共に歩んで行こう。