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読書感想:心が聞こえるわたしと、音のないきみの物語(スターツ出版株式会社) 著 あさぎ千夜春

【心の声が聞こえる私を認めてくれた事が嬉しかったんだ】


【あらすじ】
志摩は、人の心を読む能力の持ち主。そのせいで、親しい人は作らないと決め、地味な高校生活を送っていた。ある日、自分の動画がSNSにアップされているのを知り驚いた志摩は、偶然その動画を撮った翼と出会い、なんとなく友達になった。難聴をわずらっているのに前向きで純粋な翼にとまどいながらも、どんどん彼の存在が大きくなっていく。そしてとうとう、志摩の能力が翼に知られてしまった。「志摩ちゃんは志摩ちゃんだよ」ありのままの自分を受け入れてくれた彼に心を奪われて…。

Amazon引用

他人の心の聞こえる少女と難聴の少年が出会う物語。


心とは相互不可侵であり、己の絶対の要となる。
その心の中で呟いた声が相手に伝わってしまったらどうだろう?
良い気持ちも悪い気持ちも意図せずに伝わってしまう。
そんな能力を秘めた志摩は、親しい友人は作らず、孤独に怯えていた。
そこから、志摩の動画を拡散した翼と出会い、ぎこちない歩み寄りの中で、彼も聴覚に障害を患っていた。
お互いの負の部分を垣間見たとしても。

人に嫌われないように生きてきた志摩も耳の障害を隠してきた翼もお互いと出会ってから、心が強く逞しくなっていく。
 
たとえ、他人に比べてハンディキャップがあろうと、身体的に劣っている所があったとしても、その欠点を補う為に別の部分が人より優れて発達していく事だってある。
その痛みや傷を抱える事で、人に対して苦労や葛藤も、心から理解できて優しく振る舞える。

そうやって、障害を持って産まれてしまった自分を自分自身が肯定してあげる事で、他人の心無い言葉や好奇の眼差しからにも負けない心を作っていける。

そして、何よりもありのままの自分をあるがままに認めてくれる翼の存在は志摩にとってかけがえのない人生の支えだったのだろう。
人は独りでは生きてはいけない。
理不尽で不条理な不幸が、心の柔らかい部分に忍び込んで、耐え難い苦痛を与える時だって訪れる。

そんな時にこそ、自分を理解してくれる相手が一人でも居る事が、どれだけ折れそうな心を陰で支えてくれる事だろう。
自分一人ではとっくに死んでいた。
あなたがいたからこそ、ギリギリの淵でも何とか踏み留まれた。

今の現代、そういった拠り所が全くなくて、簡単に自死を選択する人が多すぎる。
こんなに孤独なのは自分だけなんだと、自分を自分で追い込んで、耳を塞ぎ、眼を閉じて、差し伸べられる手だってちゃんとある筈なのに、それすらも、突き放して、世を儚んで死んでしまう。
来世に期待してしまう。

インターネットで、インスタントに手軽に誰とでもいつでも繋がれる便利な時代なようで、本当の本音のぶつけあい、曝け出した心の繋がりといった物は希薄になった。
それでも、人として産まれてきた以上、必ずその人として産まれてきた意味がある筈。
障害があったとしても、その障害がある意味がきっとある筈。

その意味を世界に刻み込むのだ。
自分の存在を証明するのだ。

志摩や翼が、辛い障害を抱えながらも、それでも尚、懸命に生き抜く姿が、葛藤や苦難を抱える人達にとって、どれ程の希望の光となり得るか。

生きる事は全くもって綺麗事だけでは生きてはいけない。
他人の悪意、自分の汚い部分も直視せざるを得ない場面もきっとやって来る。

しかし、「それでも良いんだよ」とただ優しく寄り添う強固な絆と関係はやがて、荒んだ心の中でも、ひときわ光輝く道標となる。

耳を塞いでも心が聞こえる苦痛と耳を澄ましても、音が聞こえない世界を乗り越えて。


互いの存在が何よりも、自分にとってのお金に代えられない財産になるだろう。





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