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人知れず身体の中で繰り広げられるドラマ。認知症(アルツハイマー型)のメカニズムと治療法『フワッと、ふらっと、脳科学(神経・生理心理学)Ⅱ』

『フワッと、ふらっと、脳科学(神経・生理心理学)Ⅱ』 


1. アルツハイマーの原因物質

 アルツハイマーの原因は、ベータ・アミロイドという物質です。

 これは猛毒で、アルツハイマー末期においてはこのベータ・アミロイドによって神経細胞が殺されてしまって、脳が萎縮してしまいます。

 ベータ・アミロイドが、なぜ体内にあるのかという理由は以下によります。

 人間には、APP(アミロイド前躯体タンパク質)遺伝子というものがあります。

 おそらく何かの役に立つためにあるのでしょうけれども、何のためにあるのかは現在わかっていません。

 そして、このAPPは、

プレセニリン

(seniliつまり老人のpreつまり前ということで、老化の前段階という意味です)

という遺伝子によって分解されます。

 プレセニリンは、APP分解する酵素だということです。

 プレセニリンが分解するのは、APPの下のほうで、

上のほうはベータ・セクレターゼという物質が分解します。

 分解するというよりは、APPを、

上はベータ・セクレターゼというハサミが、

下はプレセニリンというハサミが、切ると考えるとイメージしやすいかもしれません。

 こうやって、APPを上下2箇所で切ると、神経細胞を死滅させる猛毒のベータ・アミロイドができます。

 正確には、APPを切るものには、

もう1種類、アルファ・セクレターゼというものがあって、

① APP上をアルファ・セクレターゼが切り、下をプレセニリンが切ると無害。

② APP上をベータ・セクレターゼが切り、下をプレセニリンが切ると、猛毒のベータ・アミロイドができて有害。

ということです。

 健康体の場合は、①の形で切るので無害なのですが、

②の形で切ることが多くなると、ベータ・アミロイドがバンバンできてしまうということです。

 ということは、切り方によっては、

(例えば1箇所だけで切る)

 この猛毒は、発生しないことになります。

 そういうことで、この猛毒は誰にでもあるのですが、

いつも2箇所で切っているわけではなく、

またバンバン切りまくっているわけでもないので、通常はそんなにあるわけではありません。

 ですが、アルツハイマー病になってしまうと、

プレセニリンが活性化し、APPを上下2箇所で切りまくる、

つまり猛毒ベータ・アミロイドがバンバンできてしまうわけです。

 そして以前は、このなぜかバンバンできてしまったベータ・アミロイド神経細胞を殺してしまうことが、

 アルツハイマーの病理だと思われていたようなのですが、

しかし、神経細胞を殺すためにはかなり多量のベータ・アミロイドが必要で、

アルツハイマー初期段階ではそこまでの量のベータ・アミロイドはないため、

これが神経細胞を殺すという理由もイマイチしっくりこない理由でした。

 そこで、池谷祐二さんという脳科学者のチームが研究を進めたところ次のようなことがわかったそうです。

(これ以降の内容は、下記の『フワッと、ふらっと、脳科学(神経・生理心理学)Ⅰ』をご覧いただいていることを前提に記述しています)

2. あの物質の余計なお節介が原因だった?

 まず、ここまでの復習にもなりますが、

シナプスで放出される神経伝達物質のほとんどは、

発火をGo!させるアクセルグルタミン酸

(これ実は味の素と同じ成分です)

です。

 ただ、発火をStop!させるブレーキGABAのほうは、

量が少なくても、塩素イオンをたくさん流させるパワーがあるので、こちらの意見が通る場合もあります。

 受信側のニューロンが、受容するイオンのうち、

ナトリウムイオンが優勢になれば発火

塩素イオンが優勢になれば発火しないということになるわけですが、

それは、

その後ろ盾ともいえるグルタミン酸GABAのいずれに勢いがあるかで決まる、

つまり確率で決まるということでした。

 まあ、選挙みたいなことをグルタミン酸派GABA派でやっているみたいな感じでしょうか?

 グルタミン酸GABAは、意思決定するための投票用紙のようなもので、

実際に情報を流す物質はあくまでもイオンのほうです。

 なので、発火か否かの投票が済んで、

意思決定が終わったら、

投票用紙(グルタミン酸・GABA)を回収する必要があります。

 いずれにしても、シナプスではこのようにして、送信側ニューロンから、神経伝達物質がばら撒かれるわけですが、

発火するしないが決まった後、神経伝達物質は、シナプス付近にいる掃除係といってもよい、

グリア細胞

(神経伝達物質の掃除だけではなくて、ニューロンに栄養を与えたり、ニューロンに巻きついて被覆代わりになったりもする、ニューロンを裏から支える裏方さんですが)

が回収して、送信側ニューロンに返します。

 ところで、シナプスに多く散らばっているのは、

量の多い、グルタミン酸のほうです。

 なので、グリア細胞は、このグルタミン酸を一所懸命、掃除し、

ポンプで吸い上げて回収し、元の細胞に返さなければなりません。

そして、なんとアルツハイマーの原因物質とされるベータ・アミロイドはこの作業の手伝いをします。

「なんだいいヤツじゃあないか!」と思われるかもしれませんが、

発火するか否かが決まる前から、ベータ・アミロイドは、グルタミン酸を回収してしまいます

ベータ・アミロイドは、グルタミン酸を回収するとしていますが、

正確には、ベータ・アミロイドによってグルタミン酸回収機能が活性化された、

グリア細胞が、グルタミン酸過剰回収するということです)

 手伝ってくれるのはいいのですけれども、有難迷惑なことをしてくれる、やっかいなヤツです。

 ともあれ、ベータ・アミロイドは、グルタミン酸過剰に回収します。

 ニューロンを殺すためには多量のベータ・アミロイドが必要なのですが、

グルタミン酸を過剰回収するぐらいなら、

そんなに多量のベータ・アミロイドも必要なく

ある一定量程度あればこのような作用を発揮しだすということになります。

 グルタミン酸過剰回収されると結果どうなるのか?今一度、下記の表を確認しましょう。

 もうおわかりだと存じますが、ニューロン発火しない

あるいは発火効率が非常に悪くなる

つまり、情報伝達がされなくなる、あるいはされにくくなるということになります。

 よって脳も正常に働かなくなり、認知症の症状が出てくるということになります。

 これが池谷さんたちが突き止めた、アルツハイマーの仕組みだそうです。

 ちなみにどうやって突き止めるのかというと、

ペトリ皿(培養実験で用いられるガラス製の平皿)

の中に、グリア細胞ニューロン培養して、

皿の中で、神経ネットワークを構築させて、グルタミン酸を入れてみて、

グリア細胞のポンプがどう働くのか等々を、色々と調べるというようなことをやっていたようです。

3. アルツハイマーの治療法

 さて、以上の病理から鑑みて、アルツハイマーにはどのような治療法があるかということですが、

まずは、ベータ・アミロイド分解するという方法が考えられます。

 実際にこの方法は試されているようです。

 他には、APPバンバン切ってしまう、

プレセニリンの働きを抑えるような薬を用いるということも考えられます。

 ただ、こちらの方法ですが、プレセニリンは何のためにあるのかよくわからないそうなのですが、

どうも何かの役にこれもたっているようで、

その働きを抑えると、副作用が生じることが最近わかってきたようです。

 なので、プレセニリンの働きを抑えるという戦略はあまりとらないほうがよいということになります。

 逆にもうひとつのハサミ、つまりAPPの上を切るハサミ(ベータ・セクレターゼ)については、

 純粋にAPPだけを切るために存在しているようで、

こちらは働きを抑えても副作用はでないのではないかということで、ベータ・セクレターゼの働きを抑えるという治療法も考えられているようです。

 もうひとつは、アルツハイマーの主要因である、ベータ・アミロイドを投与するという方法です。

 この方法は「ベータ・アミロイドワクチン法」といいますが、

これは、ベータ・アミロイドを投与して、

体内の免疫細胞抗体を作らせるという「免疫療法」です。

 鼻からベータ・アミロイドを投与するそうですが、臨床実験はされているようで、実用化されているかどうかは不明ですが。

 ところで、このベータ・アミロイド、若いときから少しずつたまりはじめているようです。

 ですが、前述したように少量たまったぐらいではなんともないようです。

 蓄積してある程度の量を超えるとアルツハイマーを誘発することになるわけですが、

 昔の人の寿命(50歳ぐらい)なら、

そのある程度の量を超える前に寿命を迎えるので、発病しなかったということです。

 逆にいうと、寿命が延びたので、かつては、なかった病気が現れだしたともいえないこともないということになります。

 細菌等も、抗菌剤等ができたためにより強くなって耐性が生じ、イタチゴッコの様相となっています。

 医療はじめ、文明が進むとかつてはなかった問題点が生じることは意味深いことだと思います。

 ところで、ベータ・アミロイド多量になると神経細胞を殺すわけですが、

最初に犠牲となるのは、アセチルコリンという神経伝達物質を持つ神経です。

 なぜこの神経が狙われるのかはわかっていないのですが、ともかく最初にやられるのはこの細胞です。

 ちなみに、風邪薬乗り物酔い止め薬アセチルコリンの働きを抑制します。

 これらの薬を飲むと眠くなったり、ぼっとしたりするのですが、

これは薬によって、アセチルコリンが不足しているからです。

 ぼっとするということはどういうことかというと、記憶力が落ちているということです。

 つまり、先のような薬を飲むと記憶力が落ちます。

 よく、連日、徹夜で、試験勉強を頑張りすぎて、

(そうすると常にストレス状態にありますので、ストレス反応が生じ、免疫力が落ちます)

 免疫力が落ちて風邪を引いて、それでも頑張らねばということで、

風邪薬を飲みながら、勉強するという子供がいたりしますね。

(資格試験とかを目指している方なら、大人でもそういう人いるかもしれませんが)

 しかし、風邪薬は前述したように記憶力を落としますので、こういう状態で頑張ったところで、頭に入りません。

 ゆえに、体調が悪いのに頑張ってあれだけ努力したのに、成績は上がらず、骨折り損のくたびれもうけの踏んだり蹴ったり状態になるわけです。

かわいそうです。

 そういうことで、アセチルコリンの働きを抑える記憶が落ちるということで、

アセチルコリン記憶にも関係する神経伝達物質だと考えられます。

 風邪薬の場合は、風邪をひいたときにたまに飲むぐらいなので、

ぼっとして記憶できなくなるという副作用が出てもまあいいのでしょうが、

アルツハイマーとなってしまって、

ベータ・アミロイドが多量にたまってアセチルコリン働きを抑えるということになると深刻です。

 つまり、記憶力が落ちて、さっき食べたものも思い出せない

配偶者や子供のこともわからなくなる

自分が誰であるかもわからなくなるということになっていくわけです。

 なら、アセチルコリンが減らないようにすればいいということになるのですが、

じゃあアセチルコリン飲めばいいのかというとそれではあまり効き目がないようです。

 なぜなら、アセチルコリンは、体内のアセチルコリン・エステラーゼという物質によってすぐに分解されてしまうからです。

 飲んでも飲んでもすぐに分解されてしまうので、結果、飲んでもあまり効果がないということになります。

 そこで、

「では、アセチルコリンを分解するアセチルコリン・エステラーゼ抑えればいいのではないか。」

ということで、アセチルコリン・エステラーゼ抑制する薬アルツハイマーの薬として実際に売り出されています。

 ただ、この薬にも副作用があります。

 アセチルコリンには様々な働きがあるのですが、記憶以外に、瞳孔の開閉にも関わっているようです。

 アセチルコリンが働きすぎると視界が悪くなります。

 目に光があまり入ってこなくなって視界が暗くなってしまうんですね。

 なので、視界をよくするには、

アセチルコリン・エステラーゼによってアセチルコリン抑制する必要があるわけですが、

アセチルコリン・エステラーゼ抑えすぎるとそれができないようになってしまいます。

 あの猛毒サリンもアセチルコリン・エステラーゼを抑えるのですが、

結果、地下鉄サリン事件の被害者の方には視界が悪くなって周りが暗く見えるという方もおられるようです。

 また、アセチルコリン・エステラーゼが抑えられると、

アセチルコリンが働きすぎてしまうことにもなりますので、

記憶機能がよくなりすぎて、過去の記憶がなんでもかんでも蘇ってきて、

夜も眠れぬようになったりもするようで、

先の地下鉄サリン事件の被害者の方にはそういう方もおられるようです。

 アセチルコリン・エステラーゼを抑制するアルツハイマー薬にもこのような副作用がおきることが考えられます。

参考文献)


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