人間の内にだけ宿る、驚くべき『創造神と破壊神』その秘密に迫る『フワッと、ふらっと、脳科学(神経・生理心理学)Ⅰ』
『フワッと、ふらっと、脳科学(神経・生理心理学)Ⅰ』
1. 機械的ではない人間の脳
虫などは、ほぼ完全に本能の赴くままに生きています。
そして彼らの本能というか、脳は融通が利かず、
光の方向に必ず向かうとか、動くものを見たら必ず襲うとか、
変なニオイのものは絶対に食べないとかやることなすことが非常に機械的です。
人間のように、納豆のような臭いものでも、
「一回、ちょっと食べてみよう・・。」
とか絶対にしません。
(逆に、人間はそういうことをするので、その営みに多彩性を生むことができ、文化や文明を育むことができるのかもしれません)
昆虫などは行動にアバウトさが全くない、ファジーさが全くありません。
逆に人間はアバウトでファジーです。
人間は機械的ではありません。
つまり機械的でない性質は、高度な動物とりわけ人間に特有のあいまいさだということになります。
この人間のあいまいさは、人間の脳のあいまいさと言い換えてよいものです。
あいまいさがあるので、人間は、柔軟な対応を取ることができ、
光を見れば絶対にそこに行くというような機械的な対応をしないために、
「飛んで火にいる夏の虫」というようなことにならなくて済みます。
実は人間の身体でも、運動系の神経については、あまりあいまいさはなく、「こうくればこうだ。」と必ず一定の方向に働きます。
そうでないと困ります。
物が飛んできたときに、避けれなくなったりしますから。
ですが、思考系の神経、すなわち、大脳の神経細胞などは、そういうきっちりしたところがなく、いいかげん、つまりアバウトでファジーなわけです。
2. 脳はコンピュータなどよりも、はるかに高度な情報処理機関
神経ないし脳は情報処理機関です。
しかも、コンピュータなどよりもはるかに高度な情報処理機関です。
そのような人智も及ばぬような、
(人智が及ばないものを、なぜ人が内包しているというのも不思議なところですが)
高度な情報処理機関(脳ないし神経)はどうやって情報伝達を行うのでしょうか?
以下は、かなり複雑な話にはなるのですが、フワッと、ふらっと、気楽に楽しんで頂くのが、本エッセイの趣旨ですので、大まかな流れの理解だけして頂ければと思います。
まず、神経細胞(ニューロン)内では、以下のようなメカニズムにより情報伝達を行います。
① 細胞膜内は、通常、プラスの電荷を持ったカリウムイオンが多くあって、これはなぜか細胞膜を通り抜けることができます。
細胞内部⇒プラスの電荷
② 細胞膜の外側は、生物の起源である海の成分に近い形になっていて、ナトリウムイオンや塩素イオンが多くあります。
それにより濃度バランスをとって、細胞膜が破裂しないようにしています(内側のほうが濃度が濃い)。
③ 内側は濃いので、内側のカリウムイオンは、外側つまり細胞膜外に行こうとします。
そうすると、細胞膜内はプラスの電荷が少なくなり、電位がマイナスとなります。
細胞内部⇒電位がマイナス
④ 逆に、細胞膜外はプラス電荷を持ったカリウムイオンが流入してくるので、プラスに帯電します。
細胞膜外⇒プラスに帯電
⑤ ゆえに、内側マイナス・外側プラスとなり、内と外とで電位差が生じることとなります。
⑥ しかし、そうなると内側のカリウムイオンは外にいけなくなります。
プラスとプラスで反発してしまいますので。
⑦ 神経細胞はナトリウムイオンを通す穴がいくつもあります。
細胞膜外には、ナトリウムイオンがたくさんありますので、この穴を通って細胞膜内に入ってきます。
⑧ プラスのナトリウムイオンが入ってくることによって、
かかる穴が開いているところは、
電位差が減り、
(マイナスだったところが、プラスに傾いていく)
これに他の穴も反応して次々に穴が開き、ナトリウムイオンが流入します。
⑨ ですが、この穴は開いている時間が短く、すぐに閉じてしまいます。
そうやって細胞内に電位差が少なくなる部分が、横方向に伝わって行きます。
⑩ これが神経細胞の情報の伝え方で、
細胞膜付近にあるナトリウムイオンを用いて、
電位差がある状態から、少なくなる状態に、
状態を波のように次々と変えていって、
(状態が変わるポイントを「活動電位」あるいは「スパイク」といい、スパイクすることを「発火」といいます)
この波で情報を伝えるということをしています。
難解だったかもしれませんが、
「『神経生理学』や『神経・生理心理学』(神経科学、俗にいう脳科学)」などの専門書などではもっと難解に書いて、
本稿の記述はかなりやさしいほうだと思うのですが、
ともあれ、もしわかりにくいのであれば、
そんな本人もわかりにくいほどの、
精緻な情報処理機関を、誰しもが内包しているわけですから、とても不思議なことです。
それはそうとして、神経細胞間の間には隙間があります。
(この隙間をシナプスといいます)
神経細胞は全てつながっているわけではありません。
つながっていないので1個、2個と数えることができて、個別化されています。
細胞内の情報伝達は前述のように発火して行われるのですが、
細胞間の情報伝達(コミュニケーション)は、
「神経伝達物質」によってなされます。
スパイクによる電気情報がシナプスにまで伝わると、
神経細胞末端にある袋のようなところに入っている神経伝達物質が、
送信側神経細胞から放出され、
受信側神経細胞の受容体がそれを受け取り、
それがきっかけとなって、
受信側神経細胞の細胞膜にある穴が開いて、
また細胞膜外のナトリウムイオンが入ってきて、
そして電位が変わり、
スパイクして受信側神経細胞内に情報を伝え、
末端まで来たら、また神経伝達物質を放出して・・・、
以下同様となります。
3. 脳内神経伝達物質
脳内神経伝達物質でよく使われるのは、
a. グルタミン酸(ナトリウムイオン)と
b. ガンマアミノ酪酸=GABA(塩素イオン)です。
上記は、グルタミン酸=ナトリウムイオンという意味ではなくて、
グルタミン酸は、細胞膜外のナトリウムイオンの流入を促す、GABAは、細胞膜外の塩素イオンの流入を促す、
という意味で並列しています。
塩素イオンは電荷がマイナスです。
なので、GABAがくると、電位差が起きにくくなりますから、ゆえに発火が起こりにくくなります。
つまり、グルタミン酸神経伝達物質は、スパイクないし発火を促すアクセル、
GABAは、ブレーキということになります。
① グルタミン酸=アクセル
② GABA=ブレーキ
上記、①・②だけはしっかりと覚えて頂くと、これ以降の話が理解しやすくなると思います。
車でもアクセルしかなければただ走るだけという単純な走りしかできませんが、ブレーキがあるおかげで多彩な走りが可能となります。
神経伝達物質も、
グルタミン酸とGABAなどがあるおかげで、
多彩な情報を生み出すことができるということになります。
そして、グルタミン酸(Go!)がくるか、
GABA(Stop!)がくるかは、
なんと「確率」によります。
発火するか否かは確率的に決まるので、人間の脳はいいかげん、つまりアバウトでファジーだということです。
(ちなみに、ブレーキが壊れると自動車の場合も困るわけですが、脳もブレーキが壊れると困ることになります。つまり、メンタルヘルス不調につながります)
このように脳ないし神経の情報伝達も、
グルタミン酸とGABAなどによる、
発火をGo!するかStop!するかの二者択一的な形で行われます。
この点は、「1」か「0」かで情報伝達を行うコンピュータに似ていると考えられます。
コンピュータの場合は、「1」か「0」かは正確に決まるわけですが、
人間の脳の場合は、Go!かStop!は確率で決まるゆえに、ファジーな脳となるわけです。
4. 麻酔薬とフグの毒
ちなみに、麻酔薬はナトリウムイオンを通す穴を塞ぎます。
なので、そうなると情報が伝わらなくなります。
痛みの情報が伝わらなくなるので、麻酔が切れるまで、痛みの感覚が麻痺します。
情報が伝わらなくなるのは痛みの情報だけかということですが、おそらく全ての情報を遮断するのであろうといわれています。
そうなると、痛み以外の情報も伝わらなくなって、
「酸素が欲しいから酸素くれ!」
というような生体を維持するために必要な情報も伝わらず、
息をする機能もストップして窒息してしまうことになります。
麻酔をかけすぎて死んでしまうのはそういうことです。
適量の麻酔ならそこまでいかず、しかもなぜか痛みの感覚だけに効きやすいようです。
麻酔と同じような作用をするのが、フグの毒であるテトロドトキシンです。
これもナトリウムイオンを通す穴を塞ぐんですね。
しかも、一度くっ付いたら離れないすっぽんみたいなヤツです。
麻酔の場合は、時間がたつと穴から離れる(これが麻酔が切れるということです)のですが、テトロドトキシンは離れません。
なので、前述したように生体維持のための情報も伝わらなくなって死んでしまうということになります。
5. 睡眠薬のメカニズム
ニューロンには、ナトリウムイオンを通す穴だけではなくて、
塩素イオンを通す穴(センサー)もあって、
このセンサーを開けるのが、GABAです。
GABAによってかかるセンサーが開くと、
マイナスの塩素イオンが細胞膜内に流入し、電位差が起きにくくなって発火が抑制されるのでしたね。
睡眠薬は、
GABAと一緒になって塩素イオンを通す穴をこじあけ、
塩素イオンを通常よりも流入しやすくするような作用があります。
塩素イオンを通常よりも流入しやすくなるとどうなるのか?
発火がより抑制されます。
つまり、神経が鎮まり睡眠が引き起こされるわけです。
これが睡眠薬のメカニズムです。
6. その他の神経伝達物質
神経伝達物質は、グルタミン酸
(味の素の成分ですが、味の素を多量に飲んでも脳に届かないため、神経伝達物質代わりにはなりません)
GABAの他に、
① 人間を覚醒させ、気持ちよくさせ、快感を与え、やる気を起こさせる、ドーパミン。
② 人間を覚醒させ、活動的にさせ、行動させるノルアドレナリン。
③ 驚いたときや怖いときに多く分泌されるアドレナリン。
④ 過剰な活動をコントロールする神経伝達物質であるセロトニン。
⑤ 細胞同士の連絡をサポートするアセチルコリン。
などがあります。
動物は、多細胞生物で、人間にいたっては、約60兆という細胞が集まっています。
人間の身体は、約60兆という細胞の共同体です。
個々の細胞は毎日常に生死を繰り返していますが、全体の「関係性(縁)」が生命を維持させています。
なので、その関係性がとても大事になります。
この関係性、つまり情報伝達、コミュニケーションを担うのが、神経伝達物質であったりホルモンだったりします。
ゆえに、神経伝達物質やホルモンが正常に分泌されているかどうかということが、生体にとっては非常に重要になります。
単細胞生物の場合は、連絡を取り合う相手がいませんので、神経もなければ、神経伝達物質もホルモンも必要ありません。
一方、多細胞生物は、仲間の細胞と連絡を取り合い、一糸乱れず全体性を確保しなければならないのでそれらが必要となります。
7. 細胞間における情報伝達方法の進化
多細胞生物は最初、ホルモン(体内情報伝達物質)を分泌し、これによって連絡を取り合っていました。
(情報伝達をしていた)
(ホルモンを分泌する細胞を、ホルモン分泌細胞といいます)
しかし、ホルモンによる情報伝達は、ホルモンを血液に乗せて、あてもなく全身に送り、
ホルモン情報を受ける細胞(標的細胞)が、
たまたまその経路にいれば情報を受け取ることができるという、
かなり能率の悪い情報伝達方法です。
実際、細胞も「これでは能率が悪い・・。」と思ったんでしょうね、きっと。
そこで、ホルモン分泌細胞は変身するわけです。
すごいですね。思えば変身できるわけですから。
ウルトラマンみたいです。
(ちなみに、生物が周りの環境に対処するために自らが変身することを「進化」といいます。
人間の場合は自らを変身させるという方法ではなくて、
周りの環境を変えるという戦略をとっていますので、すでに「進化」をやめているといってもよいのかもしれません)
ですが、ウルトラマンみたいなのに変身するわけではなくて、
電話線みたいなもの(以下、それを電話線と呼びます)を持った細胞に変身したわけです。
これが「神経細胞」です。
細胞膜を伸ばして電話線にするんですね。
最初は伝達効率のいい電話線の作り方がわからなかったのでしょう。
絶縁被覆のない電話線を作ってしまいました。
この絶縁被覆のない裸電線のような、電話線を持った神経細胞を、「無髄神経」といいます。
無髄神経の神経伝達物質は、
上記の中では、ドーパミン・ノルアドレナリン・アドレナリン・セロトニンです。
電話線がある分、ホルモンよりは伝達スピードは速いのですが、
水分に溢れた体内に裸電線を浮かべているようなものなので、効率はあまりよくありません。
そこで、今度は脳内毛細血管から栄養分を採って、
神経細胞に栄養を与えているグリア細胞
(グリアとは糊のこと。なので、糊のようになっています)
をとっつかまえて、
神経繊維にこれを巻きつけ絶縁被覆(髄鞘といいます)としたのが、
有髄神経です。
有髄神経は絶縁被覆を持っているため、無髄神経よりも情報伝達スピードが約100倍となります。
有髄神経の神経伝達物質は、グルタミン酸とGABAです。
なお、アセチルコリンは有髄神経、無髄神経のどちらにおいても働くことができます。
ホルモンや無髄神経は伝達スピードが遅い、言い換えるとゆるやかでアナログ的ということになります。
有髄神経は伝達スピードが速く言い換えるとデジタル的といえます。
有髄神経と無髄神経はお互いフィードバックし合いながら、絶妙なコンビネーションで働きます。
(その両方に働き、両者のフィードバックを可能とさせているのがアセチルコリンです。そういう意味でもこの伝達物質は非常に重要です)
人間の脳は、人間の技術では今だできないアナログコンピュータの上にデジタルコンピュータを乗せたかのような構造になっているがゆえに、コンピュータよりも遥かに優秀であるということです。
8. 脳の構造
神経伝達物質のうち、
ドーパミン、ノルアドレナリンが作動し、
感情の源泉たる情動を生じさせるのは、
『大脳辺縁系』です。
脳解剖科学者マグ―ンによれば、
本能、バブロフのいう無条件反射、
フロイトのいうイド(エス)などは、
この大脳辺縁系から生じる精神作用だということです。
(フロイトの心理学については以下をご参照ください)
また、大脳辺縁系から生じる欲求・情動をコントールする(負のフィードバック)のは、
主に、GABAを神経伝達物質とする、
抑制神経が張り巡らされる、
『大脳新皮質・前頭連合野』、
知能を熟成するのは、
『前頭葉・側頭葉』、
意欲・感情・知能を総合するのは、
『前頭連合野』です。
マグ―ンによれば、学習やパブロフのいう条件反射、
フロイトのいう自我(エゴ)などは、
『大脳新皮質』、
抽象化、言語、フロイトのいう超自我(スーパーエゴ)などは、
『前頭連合野』
から生じる精神作用だということです。
9. 人間の内にだけ宿る、驚くべき『創造神と破壊神』その秘密に迫る
なお、神経細胞には自ら放出した神経伝達物質を、
回収する機能がついていて、
これをオートレセプター(自己受容体)といいます。
これによって過剰に、神経伝達物質が分泌されないように調整をしています。
それを負のフィードバックといいます。
ところが、A10神経と呼ばれる神経系には、オートレセプターがありません。
A10神経の末端は前頭連合野で、
ここは人間だけが持つ、
生きる意欲、創造性、破壊性を支配する脳で、
その神経伝達物質は、快感のドーパミンです。
そこにオートレセプターがないとはどういうことかというと、
ドーパミンが誘う快感に導かれた、
過剰な創造と破壊の衝動を人間は持つということです。
破壊の衝動は、
あたかもフロイトのいうタナトス(サナトス・デストルドー。破壊本能・死への欲動)のようです。
ここに、人間精神の大きな秘密を解く鍵があるのかもしれません。
なお、ドーパミンの過剰は、統合失調症、不安障害、
不足はパーキンソン病、うつ病、
ノルアドレナリンの過剰は、不安障害、不足はうつ病、
セロトニンの過剰は、不安障害、不足はうつ病、偏頭痛、
アセチルコリンの過剰はパーキンソン病、不足はアルツハイマー病に関係があると一般に言われています。
なので薬物治療をする場合は、それら過剰ないし不足している神経伝達物質の分泌を調整する薬を用いる、ということになります。
(本稿の続編は以下です)
参考文献)