【読書ノート#2】 風姿花伝
日本文化の核心を読んで、能についても少し知りたいなぁと思い、有名な「風姿花伝」(花伝書)を読んでみました。室町時代は能楽師の世阿弥が書いたもので、「初心忘るべからず」「離見のの見」などの元ネタとしても有名。有名すぎて少し曲解された部分などもあるようで。このnoteでは「なるほど、そういう意味だったんか」といった部分を中心に書いていきます。
書籍でもWeb上にも解説はいくらでも転がってますが、結局は原文にあたるのが一番ですね。今回は「NHK100分de名著の風姿花伝の解説本」と「ちくま学芸文庫の風姿花伝」を読みました(それぞれの本の簡単な紹介はnote末尾)。
そうだったんかその1. 秘伝書
風姿花伝は秘伝書で、実は明治になって世に出たものらしいです。世阿弥は秘伝として自分の家の能を高めるためにこれを書きました。まさか600年後に多くの人に読まれることになろうとは夢にもおもっていなかったでしょう笑。原文を読んでみると、驚くほど「他の流派に勝つ」ことへのこだわりが見えます。年齢ごとの能への取り組み方や、役柄ごとの演じポイントの解説(絵が書いてあってかわいい)、Q&A方式による解説などめっちゃ具体的です。
能を極めて他家に勝つのを目的で書いているので、伝わらないと意味がないんですね。哲学書みたいに高尚なことが書いてある本だと思っていたのでびっくりです。というわけで、能の極め方についてひたすら具体的に深く書かれています。一方でその深さ故の普遍性があります。芸能関係の人はもちろん、何かを極めたい人にも考えさせられるポイントがたくさんです。
そうだったんかその2. 花がある
タイトルにも入っている「花」。これを伝えるのが花伝書の目的です。では花とはなにか?ずばり書いてました。
花 = 面白き = 珍しき
面白いことが花なの?なんか浅くね?と思っちゃいそうですが、そもそも「面白い」とは何なのでしょうか。たとえば野に咲く花に、愛でる感情が喚起されたとします。この喚起させるものが「面白い」ということではないでしょうか。じゃあなぜ喚起されるのか。不思議ですよね?合理的な理由はよくわかりません。しかし確かに「何か」を感じられる。花とは喚起させる媒体であり、喚起された感情でもある。そういう渾然一体となったものだと解釈しました。
花伝書はこの花をどう咲かせる方法を、あの手この手で伝えています。その中でもなるほどと思ったのは、「演者と観客の関係の中にしか"珍しき"="花"はない」ということです。言われてみれば当たり前ですが、どんなに名人芸でも毎日同じものを見たら感動も失せます。「素晴らしい演技」は演者の技量だけでなく、演者と観客の場にしか現れない。関係の中にしか花は咲かない。
ちなみに世阿弥は「花」という言葉をただの例えして用いたのではなく、(植物の)花こそ「花」なのだと実感していたのではないか、と思いました。ぜひ原文を読みんで、花と「花」が一体になる感じをつかんでみてください。
そうだったんかその3. 初心忘るべからず
「そうだったんか」度の1位だったのが「初心忘るべからず」です。現在は「最初に取り組んだときの初々しい気持ちを取り戻して」くらいの意味で使うと思います。でも本来の意味はそうではない。
人生の段階ごとに心身は変化する。個々人にとってその「変化した状態」は初めて接する状態である。したがってその初めての状態で良いパフォーマンスを出すためには、新たな方法を考えて努力する必要がある。これを「初心」という。つまり「始めたとき」ではなく、常に「初めて」の状態であると認識して努力することが大事ということ。、というのが私の解釈です。
これは厳しい。芸事は厳しいなぁと他人事のように思いたくなりますが、めまぐるしく状況が変わる現代においては全然他人事ではないですね。数年前の技術や常識が使えなくなる。今の自分の能力にあぐらをかいていればあっという間にダメになる。だから「常に成長せねば」みたいな話もあると思うのですが、「初心忘るべからず」はそれとも少し違う。「西洋的な直線的に成長」するのではなく、自分も世の中も変化する中で豊かな時間を送れるように環境とともに常に変わり続ける。そういう受動性と能動性が入り混じった、武道でいえば攻防一体の姿勢こそが世阿弥の言いたかったことだと思います。
能のように身体性が問われる芸事においては、老いによる衰えとは常に向き合わなきゃです。そんな中で見つけた答えが、「初心忘るべからず」なのだと思います。たしかに若いころのように動けはしない、しかし円熟したからこそ見せられる境地がある、それは「成長」とも「停滞」とも違う。常に流転する人と世の移ろいを映す鏡として立つ。KPIだけで測る単純な世界にはない豊かさをそこに感じます。
最後に
風姿花伝のごく一部を紹介しました。興味を持った方はぜひ本を読んでみてください。注意点は読後に能を見に行きたくなりますが、このご時世なんで動画で我慢するしかないことですね。残念。。
能や世阿弥の時代背景などの基本知識も書かれていて、私のような初心者にはもってこいでした。また「花鏡」など世阿弥の他の著書からの引用もありお得感があります。「ビジネスパーソンにも役立つ」的に無理に書いてる部分が少し気になっちゃいましたが、著者の能への愛は伝わってくるので、多くの人に興味を持ってもらう方便なのでしょう。能について詳しくない人はこの本から入ると良いと思います。加えてYouTubeとかで能を少し観ると理解も進むかと。いい時代ですね。
1.原文、2.原文単語の説明、3.現代語訳、4.補説(現代語訳のまとめや補助的な説明)という構成になっています。原文はもちろん古文ですが、なんとなくの意味はわかります。原文だけで十分という強者は岩波文庫でも良いかも(安いし)。私はヒヨって現代語付きのこの本にしました。他にもいろんな出版社から出ていますが、原文付きのものを買った方が良いです。原文の方がすっと理解できる場合もあるし、なにより美しいです。つい声に出して読んでみたくなります。
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