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本の紹介・読書の記録

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#読書

問題の本質を捉えるため「フェイクニュースを哲学する」

現代認識論からフェイクニュースや陰謀論を真面目に考察している.さすがは哲学と思える内容であり,薄っぺらい問いに答えて満足するのではなく,多く人が漠然と頼りにしている前提も疑うし,言葉を厳密に定義してから議論するし,とてもスッキリと読める. フェイクニュースを扱った本はたくさんあるが,本書「フェイクニュースを哲学する ─ 何を信じるべきか」は一線を画していると思う.自分の考えを整理するのに大いに役立った.なお,本書は千葉大学での講義を元にしているとのことだ. 副題に「何を信

禅の教えを「十牛図に学ぶ」

十牛図(じゅうぎゅうず)は,約900年前,中国北宋時代の臨済宗楊岐派の禅僧・廓庵(かくあん)和尚によって書かれた禅書である.禅の初心者が必ず学ぶ入門書として知られる十牛図を,臨済宗円覚寺派管長である横田南嶺老師が,身近な例を交えつつ,禅や仏教の知識がない人にもわかりやすく紐解いているのが,本書「十牛図に学ぶ」である.平成30年に経営リーダーを対象として行われた講義を書籍化したものらしい. 十牛図は,悟りに至る十の段階を十の図と頌(じゅ)と呼ばれる漢詩で表したものである.十牛

知っていて当然の「ネットで勝つ情報リテラシー」

SNSをはじめとするインターネット界隈で,トラブルを避けつつ,うまく情報を受け取ったり自ら発信したりするためには,どういうことに気を付ければいいのか.そのようなことが書かれてある.これらは知っておいて良いことだし,本書は読む価値があると思う.ただ,自分にとっては知っていることが多く,それほど新鮮味はなかった.まあ,5年以上前の本だということもある. 著者は,グリー株式会社社会貢献チームマネージャーとして,全国の学校・企業・官公庁などで「ネットで失敗しない方法」に関する講演を

「自動人形の城」で人間の意図は理解されうるか

人工知能,そして人工知能を搭載するロボット,の能力は大規模言語モデル(LLM)の出現によって飛躍的に拡大している.人間が自然言語を用いて指示した命令に対して見事に対応してくれる.その凄さには驚かされるばかりだ.それでも,こちらの意図したような応答を引き出すのは簡単ではない.適切なプロンプトを与えることが必要であり,その難しさ故に,プロンプトエンジニアリングという仕事が生まれるほどだ. 本書「自動人形の城」に登場する自動人形(ロボット)は極めて優秀ではあるものの,自分の思い通

「人間の土地」に生きる人間の本質とは何か

「星の王子さま」で有名な,アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの随筆集.本作「人間の土地」(1939年)は代表作として高い評価を受け,現在でも世界中で広く愛読されているそうだ.実際,私も1955年出版の翻訳本を今読んだくらいだから,そうなのだろう. 1900年生まれのサン=テグジュペリは,兵役(志願)で陸軍飛行連隊に所属し,退役後に自動車販売員などを経て,民間の郵便航空会社でパイロットになった.1939年には第二次世界大戦で召集がかかり,飛行教官を務めたが,前線への転属を希

サッパリわからない「無門関を読む」

仏教の禅宗には公案(こうあん)がある.公案とは,師匠が弟子に与える問いや課題のことで,正しい答えを求めるのではなく,悟りを得るためのものである.中国宋代の禅僧・無門慧開(むもんえかい:1183~1260年)が公案を48則集めて,それぞれに評唱(解説)と頌(じゅ:詩文)を付した書物が「無門関」(むもんかん)で,無門関は公案の参考書と言えるだろう. 本書「無門関を読む」は,その無門関を現代語訳し,公案を平易なものから難しいものへと順に著者の独断で並べかえた上で,さらに解説を付け

「ブレイン・ルール」に従った生活をしよう

真剣に自分の生活習慣を見直そうと思った.脳を健康に保ち,自分の人生を長く楽しむために.本書「ブレイン・ルール 健康な脳が最強の資産である」は,最新の脳科学の研究成果を踏まえつつ,人間である以上は避けられない老化に向き合いつつも,認知機能を維持し,幸福に生きるためのルールが具体的に示されている. ブレイン・ルールとその概説を列挙しておく.自分の備忘録として. ブレインルール(1) 友だちを作ろう.友だちになってもらおう.孤独感は認知症やうつ病のリスク要因である.社会との良い

「八月の御所グラウンド」で野球をしたのは誰か

直木賞受賞作ということで読んでみた,八月の御所グラウンドでの青春と怪談. 「夏の殺人的な蒸し暑さと、冬の無慈悲な底冷えの寒さを交互に経験することで、京都の若者は、刀鍛冶が鉄を真っ赤になるまで熱し、それを冷水に浸すが如く、好むと好まざるとにかかわらず、奇妙な切れ味を持った人間刀身へと鍛錬されていく。」 そんな灼熱の八月の京都で繰り広げられる,冴えない大学生の日常と非日常.面白い話だった.御所Gだけでなく,農学部グラウンド(農G)も登場する.五山送り火を建勲神社から眺めるとい

「深海世界」探検への情熱に引き込まれる

海は地球の表面積の約7割を占めているだけではない.人間の多くは海の表面か,せいぜい海の表層しか見ていないが,その下には深遠かつ広大な深海世界が存在する.近くにありながら,我々は宇宙ほどにも深海のことを知らない.生命力に溢れた,その深海の魅力に取り憑かれた人達の冒険物語が本書「深海世界 ー 海底1万メートルの帝国」だ.とても面白かった. 深海の定義は定まっていないようだが,およそ,太陽光が届かなくなる水深200メートルより深い海域を深海と呼ぶ.深海はさらに以下のように分類され

「リーダーになる人に知っておいてほしいこと」

年に数回はこの類いの本を読んで,自分の行動を振り返るのは必要なことだと思う.そうでないと,易きに流されるし,成長も望めない. 曾子のように,「吾日に吾が身を三省す. 人の為に謀りて忠ならざるか.朋友と交わりて信ならざるか.習わざるを伝えしかと」とまではいかなくとも. © 2024 Manabu KANO.

「百年の孤独」と乱痴気騒ぎ

とても長い話だった.ある町が誕生してから消え去るまでの百年史.そして,その町とともに栄えて滅びたブエンディア家の百年史.それぞれの孤独と乱痴気騒ぎ.乱痴気騒ぎと言えば,ゲーテの「ファウスト」を思い出すが,それとはまた随分と違う味わいだ. 物語の前半はなかなか興味が湧かず途中で読むのをやめようかと思ったほどだ.なにより,登場人物を識別するのが難しい.本書の冒頭に示されているブエンディア家の家系図がこれだ. 何世代にもわたって名前が同じとか,不親切にもほどがある. それでも

研究の面白さと辛さを感じられる「赤と青のガウン」

彬子女王殿下のオックスフォード大学留学記で,1年間の学部留学に加えて,大学院に進学して日本美術を専攻して博士号を授与されるまでの体験が描かれている.研究の楽しさと大変さが大いに感じられる体験記だ.是非,高校生や大学生に読んでほしいと切に思う. 宮家が海外留学すると護衛はどうなるのかとか,エリザベス女王にバッキンガム宮殿でのお茶に招かれたら服をどうするのかとか,とても興味深いエピソードが続く.これだけでも実も興味深く,読んでみる価値がある. しかし,本書「赤と青のガウン オ

「多様性の科学」で成否の鍵を知る

よく似た人ばかりが集まったところで,斬新な観点は生まれない.大きなイノベーションも生まれない.1+1が1.2くらいにしかならない.強く意識していないと自分の周りは自分に似た人ばかりになる.リアルな友人もそう.ツイッタランドのタイムラインもそう.まさに,類は友を呼ぶの通りだ.多様性を味方にするためには,意識して自分や組織の殻を破らないといけない.特に組織のマネジメントに関わるのであればそうだ. 本書「多様性の科学」は,具体的な事例や研究結果を挙げながら,多様性の重要性,そして

「最新 ウイスキーの科学」でまろやかさの秘密を知る

これまでにもウイスキーの本はいくつか読んできたが,これはレベルが違う.実に面白い.製麦,仕込み(糖化),発酵,蒸留,樽貯蔵のそれぞれについて,まさに科学的な知見を教えてくれる. 副題が「熟成の香味を生む驚きのプロセス」であることからわかるように,樽での熟成・貯蔵によっていかにしてウイスキー特有の香味が生まれるかに特に焦点を当てて,詳しく書かれている.とても勉強になる.まだ解明されていないことだらけだということもわかる.研究したいな. 「麦芽の科学」では,大麦の種子の断面図