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運転代行に学ぶ褒めて丸く収めるコツ

 コロナ禍明け初の飲み会に行きました

 先日、飲み会があった。コロナ禍もあって飲み会らしい飲み会は久々である。
 ただ困った事に、会場が車で1時間近くかかる場所だった。最初こそは電車で
行こうか迷ったものの“公共交通機関嫌い”な私は自家用車で会場近くの駐車場に
車を置く事とした。

 飲み会そのものは盛大に盛り上がった。仕事の飲み会ではなく、共通の趣味の会合だったので話が尽きる事は無かった。アルコールは好きだが得意では無い私なので、後半は何の話をしていたのかあまり覚えていない。

 3時間ほど飲んだ後に帰宅する流れとなった。時刻は11時、もう少し若かったら“これから”って時間帯ではあるものの、参加者全員家族が居たりとなかなか“あの頃”のようにバカ騒ぎをしながら千鳥足で夜の街に消える事は出来ない。寂しさと次回も必ず会いましょうと約束をし、お開きとなった。

初めて運転代行を頼んだ

 さて、帰宅に運転代行を頼んだ。未だに人生で1度も運転代行を頼んだことが無かった。自分の愛車を他人に運転させるという事に抵抗を感じていたというのもあるが、今回は仕方ない。車種とナンバーを伝えて代行予約をした。

 時間帯も時間帯なので、1時間待ちと言われてしまった。

 『起きてください。起きてください。』
 目の前に故菅原文太的なルックスの男性が居る。代行業者を待つ間ミネラルウォーターを飲みながら駐車場のベンチでウトウトしていたが気がついたら眠っていた。

 田舎で良かった。これが都会の飲み屋街なら財布だスマホだを盗まれていた頃だろう。 

私の運転しない私の車は速かった

 ルック菅原文太を運転席に乗せて、私は助手席に座る。自宅の大まかな位置を伝える。ルック文太の第一声が『シート位置変えますね』だった。

 先述した通り、自分の車を他人に運転させることに抵抗がある私なので、正直この第一声は面食らったのだが、『変えないでください』なんて言って、事故に遭っては元も子もない。ましてや会場から自宅までは1時間弱もかかる。気まずい雰囲気でドライブではいくら酔っ払いの私とはいえ気分は悪くなる。快く承諾したフリをして私ではない人が運転する私の愛車は駐車場を出た。

 次にギョッとしたのだが、ルック文太のアクセルの踏むこと踏むこと。彼らも仕事である。自宅まで1時間弱も時間がかかるので私だけの運転代行では稼げないのだから急ぐのも分かるが普段の私の平均速度の1.5倍はペースが早い。いつかnoteのネタにしようとは思っているが私の愛車は30年も前の骨董品に片足を突っ込んだようなモデルである。エンジンは聞いたことが無いほど唸りを上げるし、サスペンションはボンボン跳ねる。逆に私の車はこんなアクティブな動きが出来るのかと“やや”感心した程である。

 それでも深夜帯とは言え、見ず知らずの人にハンドルを握らせいきなりシート位置の変更をされ、アクセルベタ踏みされ、信号もギリギリ守ってるのか守ってないのか分からないような運転をされ続けると流石にムッとしてくる。初の運転代行とは言え、このような感じなのだろうか?

 お金を払わないと言うつもりは全くないが、一言くらいは言いたくなってきた。

私は褒めらると調子に乗るタイプ

 1時間弱ドライブをして自宅に着く。代行料金は7000円だった。思ったより安かった。金額を支払うと同時に“お小言”を仕掛けようと思った。7000円を渡して“さあこれから”って途端にルック文太が口を開いた

 『この車、最近は見なくなったけど、やっぱり静かで乗りやすくて良いですね。良い車運転させて貰いました。ありがとうございます。』

 これを聞いた瞬間に私の頭に溢れていた“お小言”の言葉は全て消えた。

『良い車ですね』これで世の自動車愛好家の機嫌は取れるのでは無いだろうか?

 先ほども書いたが、私が今回会場まで足にした車は30年も前のモデルである。多くの人に“なんでそんなのまだ乗ってるの?”とか散々言われ続けていたので、少しこの車を肯定されただけで私の心はコロッと堕ちるのである。さらに酔っ払い状態なので『でしょー!!』等と愛車トークに火をつけた位にして、挙げ句チップだ何だのと自分でも意味が分からない事を捲し立てて最終的に7000円の支払いを10000円にした。

 浮かれ気分で見送り、こうして私の代行デビューは幕を閉じた。

最後は“褒める”ってお互いに気持ちが良い

 さて、飲み会から一夜を空けて、この件を思い出す。10000円を支払ったバカさ加減は置いておいて、この最後に“褒める”“肯定する”と言うのは、人間関係を円滑に回していく上でも大事だなと認識させられた。

 私の仕事は中間管理職である。現場職の方に指示を出している訳でが、彼らもまた人間なので大なり小なりヒューマンエラーというのは発生する時がある。

 最近こそ“パワハラ”という言葉が目立つようになり、業務中に叱ったり叱れたりと言う事はほとんど無くなった。逆に言えば、褒めると言う事も減ったような気がする。とにかく“事なかれ主義”が職場内に蔓延したなと私の勤める職場環境の限りはそう思う。

 誰に言われたかと言うのは重要な部分にはなるとは思うものの褒められて不快な気持ちになるという人は少ないと思う。私も、中間管理職なので、現場職の方から報告書を受ける事は多く、完了報告を受け取るたびに“ありがとうございます”と感謝の旨を伝えるように心がけてはいるものの、『仕事が早いね』とか『ここの仕上がり見事だね』等とピンポイントで褒める事は殆ど無い。現場職の方もこだわりを持って作業をしているのだから、そこを汲み取れるようなお互いにモチベーションや技術を高めあえるような余裕を持った仕事をしたいなと感じた。



 余談だが、このnoteを書きながら思ったのは、最後に褒めてコロッと感情が変わってしまうのはある種“DV”の手法だとか、“ストックホルム症候群”だとかそういう方面でも掘り下げられるのでは…とか思ってしまったのだが、私はとどのつまりだた“チョロい”だけなのではと思ってしまったのであった。

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