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谷川俊太郎さんへ

怪獣人形やぬいぐるみを使って
息子と遊ぶ際に
やられ役の怪獣が
ぬいぐるみに食べられた後
「まずっ」と吐き捨てられることがあります
その時私は
「食べられるならせめて美味しく食べられたかった」と呟きます

あなたが「兵士の告白」で書いた
「殺スノナラ 名前ヲ知ッテカラ殺シタカッタ」
のパロディです
と書いて気付きましたが
全然パロディになっていません
しかしとにかく私は息子と遊びながら
あなたの詩を思い浮かべていました

詩集「夜のミッキーマウス」の中であなたは
「夜のミッキー・マウス」
「朝のドナルド・ダック」
「詩に吠えかかるプルートー」
「百三歳になったアトム」
といった詩を書きましたね

私はそれにならって
世界の果てまで追いかけっこをする
トムとジェリーや
少年時代に石仮面を割って泣いてしまう
ディオ・ブランドー
長い無人島生活の記憶を
ずっと引きずって生きるのび太の話などを
書いたことがありました

「なんでもおまんこ」というあなたの詩にあやかって
何もかもがちんちんだという小説集を
47日連続で更新し続けたこともありました

昔、詩の雑誌の投稿欄に
初めて掲載された私の詩の
最後の一行が今では許せません
終わり方が思いつかなくて
「ぱくぱく口を動かした」と書きました
あなたの「二十億光年の孤独」の締めの一行
「僕は思わずくしゃみをした」の模倣でした
今だから分かるのではなく
書いた時から分かっていました

娘が小学二年生だか三年生だかの時に
朝の読書の時間に読む本を
家から持っていくことになり
私は「谷川俊太郎詩選集 1」を娘に持たせました
全然読んでくれませんでした

下の子が生まれる際に
男の子だと分かった時点で
どんな名前にするのかで
「俊太郎」は最終候補に残りました
濁点が欲しくて敗れはしましたが

あなたは二回の夏を過ごした犬「ネロ」について
詩を書いたことがありましたね
私はあなたの詩とどれくらいの季節を過ごしたかは
正直よく覚えていません
あなたの詩に触れた春
あなたの詩から離れた夏
あなたの詩に戻ってきた秋
あなたの詩で暖まった冬
詩の言葉の断片が
ちろちろと頭の片隅から消えないのです

本棚の奥までたどり着けないので
手前にあった角川文庫版「谷川俊太郎詩集」を開くと
「六十二のソネット」の一節が目に入りました

「世界の中の用意された椅子に坐ると
 急に私がいなくなる
 私は大声をあげる
 すると言葉だけが生き残る」

六十二のソネット「31」より

「私たちはしばしば生の影が
 しめやかな言葉で語られるのを聞く
 墓 霊柩車 遺言などと
 けれどもそれらは死について何も言いはしない」

六十二のソネット「48」より

「しかし今日雨の街に生者たちは生きるのに忙しい
 夕刊には自殺者の記事がある
 私たちは死をとりかこむ遠さにすぎない」

六十二のソネット「48」より

「世界が私を愛してくれるので
 (むごい仕方でまた時に
 やさしい仕方で)
 私はいつまでも孤りでいられる」

六十二のソネット「62」より

「……私はひとを呼ぶ
 すると世界がふり向く
 そして私がいなくなる」

六十二のソネット「62」より

いなくなったあなたの言葉は
世界中に残されています
生きている側に取り残されている私たちは
あまりにたくさんの言葉に囲まれていて
時に傷つき、あるいは
「ネリリし キルルし ハララ」したりしています
そんな折に
ふと浮かんだあなたの詩の一節に
救われてきたことが
少なくとも私にはありました

これまでありがとうございました
これからもよろしくお願いいたします




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泥辺五郎
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