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耳鳴り潰し199(整形外科、MRI検査、精霊流し)

 一晩寝たところで肩と首の酷い痛みは治ってはおらず、子どもたちを送り出してから整形外科へ赴く。

 一昨年、娘が骨折した折に通っていたことを思い出す。息子も同時期に幼稚園で転んだ。こちらは打撲で済んだが、一時期は娘は松葉杖を突き、息子は左手にギブスという、満身創痍一家みたいな状態だった。当時の仕事に行く前に私は娘を自転車に乗せて小学校に送っていた。肩を貸して荷台から娘を下ろす際に腰をやられた。一人の怪我は他の人へも波及していく。

 病院の待合室ではメジャーリーグのワールドシリーズ中継が流れていた。娘の骨折の際にもプロ野球中継を見ていた。当時書いた音楽小説集「骨」から抜粋してみる。

 待合のテレビでは阪神-ヤクルト戦の中継が映されていた。解説の一人に濱中治がいた。怪我でプロ野球人生を大きく変えてしまった人である。阪神が18年振りのリーグ優勝を果たした2003年、濱中は三番金本知憲の後で四番に座っていた。しかし帰塁の際に肩を痛めて戦線離脱。復帰後も再び怪我に悩まされた。後にオリックスやヤクルトへ移籍している。怪我により、阪神の主砲であり続けることは出来なかった彼だが、当時の期待の大きさと、多くの人に夢を見させてくれた影響か、関西では野球関係のテレビやラジオの仕事に出続けている。

 診察室にはココと妻が入り、私は健三郎の相手をしていた。待合室の中央にある水槽の中でメダカが飼われていた。その前に椅子はないため、健三郎は私を中腰にさせ、膝の上に乗ってメダカを眺めていた。人間椅子になった私は自分まで診察対象になるのではないかと心配していた。

(中略)
 峯田和伸は1997~2003年、GOING STEADYで活動。代表曲に「BABY BABY」「銀河鉄道の夜」「童貞ソー・ヤング」「佳代」などがある。2003年にGOING STEADY解散後は銀杏BOYZ名義で活動。ライブ中に全裸になるなどして書類送検もされている。三番金本知憲の後を受けて四番打者としても活躍した。
(この項、前述の濱中治の記述が混ざっています)

泥辺五郎「音楽小説集(現在凍結中)」内「骨」より

 発表時期を確かめると、2023年5月とある。昨年の話であった。もっと前だと思っていた。時間経過の感覚がおかしくなっている。

 メダカの水槽が撤去されている待合室のテレビの中では、フリーマン選手が4試合連続(ブレーブス時代のワールドシリーズから数えれば6試合連続)のホームランを放った。「また打ちよったで、すごいな!」というおじいさんの患者さんの声が響き渡った。

 レントゲンを撮ってもらい、診察室へ。おじいさん先生に脳脊髄液減少症のことなどを話す。器具で指を叩いて反応を見ると、左手に反応があり、首の左側で神経が圧迫されている可能性がどうとか。午後もう一度来院してMRI検査をしましょうとのこと。コルセットをもらい、装着する。交通事故直後の人みたいな見かけになる。

 帰宅後に飲んだ痛み止めも大して効いている感じもなく、ただただ横になる。

 夕方のMRI検査の結果、首の骨が神経を圧迫する形で突き出している、といったことを言われた。脊髄液の漏れは確認できないので、そちらの症状ではないという。座って長時間同じ姿勢でいることが多いことも、適度な運動をしていないことも、あまりお風呂でゆっくり暖まることがないことも、全て関係してそうな病状であった。

 昨日から急に症状が酷くなったことにも思い当たる節がある。買い出しと昼食時以外ずっとぶっ続けで↓の原稿を書いていた。

「じゃあこれとこれの薬出しておくから。飲めばすぐによくなるからね」なんてことは言われず、「リハビリ受けていく?」と聞かれる。つまりすぐに改善するようなものではないのだ。自律神経が関係してくるのでどうとか。家から近くて通いやすいのなら週何回とかどうとか。どう見ても長期戦を覚悟してくださいの流れである。

 とりあえずリハビリを受けてみる。広いリハビリ室では多数のベッドで患者さんがリハビリ治療を受けていた。当たり前のことだが、みなどこかを悪くしてこの病院に来ているのである。担当の方と症状のことを話しながら、首を動かさないようにしつつ、肩や胸の筋肉を使うストレッチの仕方などを教わる。頭の力を抜く処置などをしてもらう。最後に首の牽引をする機械で首を持ち上げてもらった。これが10分ほど。MRI検査中や待合室にいる間や首の牽引中に、いろいろなアイデアを思いつく。最初は「リハビリといっても、家でできる範囲のストレッチを教わる程度なら、別に通わなくてもいいんじゃないか」と思ったが、他人と接するのと、家ではできない首の牽引のために通ってもいいんじゃないかと思えてきた。

 帰宅すると、コルセット姿を初めて目にした娘に病状を説明する。
「また入院?」
「いやそことは原因が違うから」
 脳脊髄液減少症での突然の三週間の入院の間のことを、娘はまだ引きずっている様子だ。

 リハビリと牽引の効果もあってか、昨晩に比べて寝る前はだいぶ楽になっていた。だからこの日の就寝前のやりとりはよく覚えている。
 娘が突然「高須クリニック」と歌い出したのを聞いた妻が「パパみたいだね。パパも急に『神田川』歌い出したりするし」と言った。
 それを聞いて私は「精霊流し」を歌い始めたのだ。妻は「死ぬよ」と言ったが構わず、高いキーの歌を歌い続けた。苦しく、か細い歌声を聞いて娘は笑っていた。

 歌い終えた私はふと気付いた。
「今の『神田川』ちゃうやん」
「今頃気付いたの?」と妻。
 つまりは「神田川」をきちんと歌わなければいけないのだが、どんな曲だったかど忘れしてしまっていた。
「風呂上りがどうのって歌詞だったはず」
 記憶と格闘しながらようやく「あなたはもう忘れたかしら」のフレーズが出てきた。ところどころ「フフフ~」と誤魔化しながら「神田川」を歌う。

#なんのはなしですか
#我が家の日常です

 浅見陽輔さんの新刊「副業で稼げると思うな: 成功のメンタルブロックを外し、行動と習慣でお金を稼ぐ」を読み始めた。コルセットをしながらだと、視線の上下もつらくなるので、スマホの画面を横にして読んでいる。

 そういえばこの日は息子の遠足だった。朝病院に向かう際に、駅へと向かう息子らの後ろ姿を偶然見かけた。お風呂の際に「ニフレルどうだった? 誰と回ったの? ああ、みんなで回るのか」と聞くと「違うよ、カナちゃんとココナちゃんと回ったよ」とのこと。仲の良い! 女子と! 一緒に! 三人で! 水族館を! 私の中のどこを探して、もそんな記憶は出てこなかった。

 今日の一枚「エアコン室外機のぬいぐるみ」


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泥辺五郎
入院費用にあてさせていただきます。

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