note×standfm【番外編】ーある読書家のある晩のある詩作/存在の不確かさ
皆さま、如何お過ごしでしょうか?
GWも終わり、読書の夏へと少しずつ季節は循環して参りますが、
皆さまは、どんな書籍をお手に取っておりますでしょうか?
ここ数日、天気も回復して初夏の様な日差しを感じる日が続いており、
先日はいつもの様に「彼の地」へ散歩に出かけておりました~
時間が無い時でもなるべく立ち寄ったり、棚の前に立つようにして
おります。
数分で書籍を選ぶこともあり、長年通ってくると、「選書眼」と言いましょうか・・・筋肉が付いてきた様にも思います。
自分の今の抱えている「問い」に紐づかない時には、何も手に取らずに
帰ることもありますが・・・棚の前にたって3分で3冊選ぶという・・・
皆さまも(過酷な)ゲーム感覚で選書をしてみては如何でしょうか?
* * *
さて・・・今回は【番外編】でございます。
先日、詩作をして、それをある方と一緒にstandfmでコラボ収録をして配信し、その後にお気遣い頂き「楽屋裏Live」まで立ち上げて頂きました。
お世話になりっぱなしですが山ガールzさんとのコラボレーションについて
徒然なるままに書いてみたいと思います❕
【山ガールzさん】番組URL
──── ある読書家のある晩のある詩作
4月のある晩、夜更けに読書をしているときに、突如として去来するものを
側頭葉あたりで感じ取り・・・
脳内ではモノクロの星星の運動イメージが流れ・・・
振動だけが脳の側面で響き渡ることがございました。
湧き起こる・・・
歓喜と悲哀、
和解と統一、
屈辱と享楽、
陶酔と後悔、
一即一切として突然、感じられ・・・
気づくと、メモを取っておりました。
わずかに1、2分の出来事。
今までも去来する想いはありましたが、書き留めてそれを誰かに
読んでもらいたいとは思ったことがありませんでした。
その後は・・・先日もコラボでお世話になった山ガールzさんに連絡を入れ、詩を読んで頂きました。
そしてSNSの広大な宇宙にあって、お付き合い頂くだけでも奇跡ですが、
一緒に朗読して頂くことになりました・・・
──── 世界の片隅で
【コラボレーション朗読はこちら👇】
評論の神様、小林秀雄が・・・
「詩人とは言語で曰く言い難いことを、様々な工夫をして書くことに成功した人である」という趣旨のことを書いておりました。
夜更けに去来するその気配や残響を感じ取り詩作をしたことは大変、興味深い体験でした。
言語を超越した感覚を詩という言葉に置き換えて可能な限り綴るというのは、自我が薄まり透明に近づいた感覚でもございました。
言葉で内発を綴ってみたものの、私の感覚器官は言葉以上のものを感じ取っておりました。もはや、曰く言い難い大いなる者、万物一体たる全体の存在を背後で感じ取り、自分が生かされて、動かされている感覚が私を貫きました。
──── 世界とは?
「世界」を一言で語ることは容易なことでは無いと思います。
私は、いつも「世界」への自分の把握の仕方、「方法」がまだまだ甘いと感じておりました。そして、私一人の人間では「世界」を記述し、把握することの不十分さも実感する日々です。
言葉で定義づけしてみたり、数字で大小を比べて見るだけでは不十分でしょうし、一つが全体に遍満し、全体が個に統合されていく、背後の流れや、脈流を読み解く「眼」が私には十分に養われていない様に思います。
例えるなら、広大な畑とその畑を耕す人が一つにはなっておらず分裂した感覚がいつもあります。
唯一、読書をしている時だけは渾然一体を成している気分に浸れます。
書籍の中で読書し合一を果たしていると言えばよいでしょうか。
──── 西田幾多郎は「絶対矛盾的自己同一」という難解な概念で説明したでしょうし、清沢満之はそれを「二項同体」と説いたかも知れません。
他の無数の有限者から離れて私固有の一有限をかろうじて確保している状態でもありますが、その存在自体は不確かだと言わざるを得ません。
他の有限者に自己が担保されている様に思いますし、常に相対的な関係性そのものが自己の様に思えて成りません。
──── トルストイが「人はなんで生きるか」で書いている様に、神は人間の分裂を望んではおらず、一つになることを望んでいらっしゃるという言葉が沁み渡ります。
分裂/差異は生まれるべくして生まれる構造に在る中にあって、如何にホリスティックな視点を得て、全体性を帯びた悠久感を伴う視点で、事物を静か見届けることができるのか・・・
下の3つの問いは引き続き私の課題でもあります。
一有限である自己の全体への回帰思考をいつも醸成出来る様に引き続き問いに向き合いたいと思います。
──── 一人の一歩より百人の一歩とは?
日本電産の永守重信氏の言葉に
「一人の一歩より百人の一歩」というものがございます。
──── 自分が他者に担保されてこの瞬間に生成された曖昧で不確実な何かであることが、段々と心身共に理解してくる中で、私個人の一歩はたかが知れていると思う様に成りました。
しかしながら、百人と一緒に一歩を踏み出すというのは、なかなか興味深いことが起こりそうだとも思います。
自己承認を遮ったり、ニヒリズムに陥るということではなく、純粋に私ひとりの世界の見え方は歪んだもので、ぼやけていて、はっきり見ることができ
ないものだと・・・毎日思うことでございます。
──── エストニア出身のヤーコプ・フォン・ユクキュルが「生物から見た世界」という名著の中で書いているように、我々ひとりひとり知覚の仕方には微妙な違いがあるので、めいめいの「世界」の立ち現れ方が別々のものであると思います。
──── 哲学者の國分功一郎は人間は他の動物に比べて「環世界移動能力」が高いと語っておりますが、それぞれ見ている「世界」は微妙な違いを見せているのかも知れませんが、同じ地平に立つことで同じ方向を見ることは出来るように思います。
移動することでお互いのコンテクストは淡くぼやけて混じり合う。
人間が進化するのではなく、コンテクストが進化すると言った人が居りましたが、コンテクストも誰かと混じり合うことで相互浸透し、その帰結として「進化」するのかも知れません。
──── 爽快感とは?
今回、時間も弁えずに夜更けに山ガールzさんに相談してみましたが、サムネイル画像、BGM、そしてお声も重なり混じり合って頂き、一つのコスモスを形成することが出来た様に思います。
まだ一度もお会いしたことはなく、唯だ、<声>だけで結ばれたゆるくて弱いフラジャイルな関係。
利害関係もなく、唯だ無心で取り組めた様に思います。
工作的に没頭し没入することで<我>が薄まりお互いの環世界を行き来しながら、配信をすることに至った様に思います。
盲目的に唯だ、黙々と取り組むこと。
この熱を帯びた運動こそが人間の現存在の本質であって、自分の環世界を
かき乱し、自分と他者の境界線、境界膜に働きかけ、同時に他者との対話によってお互いの境界膜が振動する。
そして相互浸透を一瞬起こし、宇宙開闢と成る・・・
──── スペインの哲学者ホセ・オルテガ・イ・ガセットは次の様に「大衆の反逆」で語っております。
或いは・・・アメリカの思想家、哲学者のラルフ・ワルド・エマソンは「自然について」次の様に書いております。
或いは・・・オーストリア出身の哲学者、ウィトゲンシュタインは「論理哲学論考」で次の様に書いております。
──── 以下、世界の片隅でに続く詩作
反発と浸透を繰り返しながら渦のように円を描いて弁証法的にめぐりめぐって戻ってくる。
無限への憧憬の欠如。
星星の輝きへの畏敬の念。
内に眠る声なき声。
センス・オブ・ワンダー。
現在は過去と未来に制限を加えて、これを結ぶ。
過去と未来を結ぶことで、両者は接触、凝固、結晶化する。
過去と未来の溶解とそして、同時に同化する精神的現在。
追想や予感、あるいは未来を思い描くことほどに、詩的なものはない。
過去の思い出の数々は、わたしたちを死へ、消滅へと誘う。
未来を思い描く。活性化、短縮化、同化への咆哮。思い出はみな物悲しく、予感はみな喜ばしい。思い出は過大な活力を抑制し、予兆は微弱な生命力を高める。
死中と夢中を一つにする。
意識と無意識の狭間。
頂上寸前で転がり落ちる黄金の岩。
過去と未来は現在からの贈り物。
届くことのない宛先不明の小包。
永遠の相のもとに・・・
ここまでお読み下さり、有難うございます。
今回は、自分の詩作の経緯や一緒に朗読をして下さった山ガールzさんとのコラボ収録、楽屋裏Liveを振り返りながら、徒然なるままに書き綴りました。
有難うございました~
* * *
──── ここからは毎度の宣伝でございます。
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