note×standfm【Bricolage-4】知性と知能の間/場/界
皆様、如何お過ごしでしょうか?
7月も中旬から下旬へ差し掛かっておりますが、皆様は如何お過ごしでしょうか?そして、どんな書籍をお手に取っておりますでしょうか?
この記事を書いている7月21日ですが、新型コロナウィルスの感染者が東京都では3万人を超えたという報道もございます。
ウイルスは地底の奥底であれ、サハラ砂漠の吹きさらしの砂粒の中であれ、
或いは・・・南極の極厚の氷床の底であれ、地球上ありとあらゆるところに存在します。
──── 直近のstandfmでカール・ジンマーのウイルス・プラネットを配信しましたが、ウイルスの語源はローマ帝国で用いられていた、ラテン語に由来します。
【第1014回】ウイルス・プラネット/カール・ジンマー著
ラテン語では「蛇の毒液」や「人間の精液」を意味しましたが・・・
毒液(破壊)、精液(生成)という1つの言葉に正と負、光と闇が清濁併せ吞む様に織り込まれているということです。
アメリカの生化学者、ルドルフ・シェーンハイマ―はかつて次の様に語っております・・・
皆様も感染にお気をつけて下さればと思います
* * *
さて・・・前置きはこのあたりにしまして。。。
今回も、standfmで音声配信をしております【Bricolage】配信から
知性と知能の間/場/界 をお届けして参りたいと思います。
今回のタイトルは「知性と知能の間/場/界」でござます💡
この記事を読んでいらっしゃる、まれびとの皆様も日頃、知性って言ってみたり、知能、或いは・・・知識、知恵と「知る」ことに貪欲な方々ばかりだとお見受けしております。
アメリカの計算機学者、ニコラス・ネグロポンテはかつて、次の様に語っております。
──── これは、かつてのパラダイムに揺さぶりを掛ける様な金言ですが・・・
知識を沢山持っている人が、凄い人で賢い人であるということに関して懐疑的なアプローチを加えているというものでございます。
現在はIoTに代表されるように、オンライン常時接続時代ですが、何方でもネットから情報を手軽に入手することが可能な時代に成りました。
私の知人にはインプットしながらアウトプットする人がおりますが、インプットすることだけでは時代遅れであり、他者や世界に対して貢献出来るようなアウトプットをインプットと同時多発的に行う事がリテラシーとして、
そして、時代の要請として求められている様にも思います。
今回の音声配信は2度にわたり行いましたが、一つの解釈の幅として聴いて下されば嬉しく思います✨
【第1005回】知性の知能の間①
【第1012回】知性の知能の間②
──── 知性と知能とは?
知性とは?
答えの出ない問に耐えることである。
一方で
知能とは?
答えがあることが前提の問いであり、性急に答えを正しく見出す能力を指す。
日常のビジネスの現場を振り返りますと、サイエンス思考でバイナリーに答えを求める様な思考のフレームを回すことも多く、知能ベースで性急に答えを求められたりする引力が強い様に思います。
そして、知能ベースで思考を回すときに答えのなかなか出ない問いに直面した時になにが起こるのか?
田坂広志先生はそれを・・・「割り切り」だと語っておられます。
つまり・・「知能」は答えをなんとか導き出そうと割り切りを行うというのです。
──── 人間はどうしようもない未完成な動物
人間は不安や孤独感から直ぐに開放されたい弱い一本の葦に過ぎませんが、
パスカルも言うように、思考することに於いては偉大な存在なのかも知れません。
エリック・ホッファーが教えてくれる様に人間はアルタミラやラスコーにかつて描いた様に鉤爪や翼、毛皮や鱗に憧れを抱いておりましたが、いつしか
その憧れは太古の記憶として進化した脳の奥底に押し込められてしまった様に思います。
──── ネガティブ・ケイパビリティとは?
standfmで以前に帚木蓬生さんが書いたネガティブ・ケイパビリティを配信しておりますが、日本語訳だといまいちその意味が定まっておらず・・・・
「消極的能力」「消極的受容力」「否定的能力」など多数の訳が存在します。
【第593回】ネガティブ・ケイパビリティ
この書籍の副題は「答えの出ない事態に耐える力」でございます。
答えの出ない問いについては、イギリスの詩人、ジョン・キーツが提唱したネガティブ・ケイパビリティという概念からも、答えの出ない問いを
如何に抱え込みながら日々の一切皆苦の世界を如何にドリフトしていくのか?ということは誰しも考えることだと思います。
それはストア哲学でも語られる通り、よりよく生きるためのリテラシーである様におもいますが、我々の精神にはやはりキャパシティというものがあるように思います。
──── 自分の器の形状、質感とは?
自分の器の大きさや形状、質感はこの瞬間、瞬間にも変化すると思いますが、どんな形状をしていて、容量はどれくらいなのか把握しておく必要があると思います。この自分が勝手に知覚して区切って名付けた境界で括られた器の大きさを測るのに、例えば、禅、瞑想やコンパッション、マインドフルがあるようい思います。
そして、その形状や質感を確かめた上で、答えの出ない抽象度の高い問いにどの様に向き合うのかと考えを巡らせる訳ですが、問いを何でも二項対立的に捉える功利的な側面は日常リアルの場面では起こるものの、田坂広志で先生は問題を単純化して二項対立や二分法的にとらえることは「知性」を磨くことを遠ざけているということを教えてくれます。
──── 本当に大切なものは視覚情報としては敢えて我々はキャッチ出来ない様に進化を辿ったのかも知れません。見えないものを見ようとしたり、予兆に気づく様にU理論の入り口、3つの開かれた心=3つのOが必要なのかも知れません。
①オープン・マインド (Open Mind)
②オープン・ハート (Open Heart)
③オープン・ウィル (Open Will)
────知識と知恵とは?
中国前漢時代の歴史家、司馬遷は「史記列伝」で次の様に語っております。
私は読書ばかりしておりますが、読書体験でたまたま知った「知識」を
「知恵」に如何にブリッジさせるかが大切なんだろうと思います。
「知性」についてはネガティブ・ケイパビリティを交えてお伝えしましたが、では、「知識」をたくさん持っていても、それが「知性」を身につけたとは言えないという所に本質が宿っているのだと思います。
そして、「知性」と「知能」と似た言葉知性の本質が「知恵」であることを解釈の幅として知りましたが、「知識」と「知恵」についてはこんな定義づけをされております。
・知識→書物から学べるもので、言語化が可能
・知恵は経験からしか学べず、言語化できない
皆様、如何でしょうか?
一つの解釈の幅として聴いてくださればと思います。
──── 言語化できない暗黙知とは?
「暗黙知の次元」を書いたマイケル・ポランニーは次の様に書いてございます。
言葉にはできないけど、なんとなく感じるといった直観力や洞察力、大局観というのは、「知性」に紐づいているということです。
私も「知識」と「知恵」を混同する錯覚に陥らずに人生という経験の学校で
数多くの打席に立ちつつ、時にはいまいちな日もあると思いますが、
打率はさておき、とにかく経験知を身体知にフィードバックできるような
ポジティブなサイクルを回していこうと思います。
──── 人類学者のティム・インゴルドは・・・・
「知恵」というのは、簡単には身につくものではないでしょうし、
経験の束が集まる中で段々と身体知へとフォードバックされるものだと思います。
そして、暗黙知にあるように、潜在的な可能性への投企であり、我々は可能性の海の中を泳いでいる訳ですが、この暗黙知という隠されて人間の意志という大変興味深い概念であり、人間を動かす原動力のファクトでもあり私も自分の暗黙知について向き合いたいと思います。
* * *
──── ここからは毎度の宣伝でございます。
読書術研究家の日々の活動👇
【stand.fm 子育て×読書体験ラジオ】
→ 2020年4月5日~配信をスタートしており本日(2022/7/21時点)で1,014本の音声コンテンツを配信しております。番組開始から丸2年を経過し、現在は25ヶ月ほど継続して参りましたが、リアルの場ではお会い出来ない方ともゆるい弱い繋がりが持てて、毎日刺激的な日々を過ごしております💡
【POTOFU】
POTOFUも活動URLをまとめました。
SNSの活動はTwitter、Instagram、Gravityも活用しております。
また音声発信はもう時期サービスが終了しますがRECでも時々行っております。
【Twitter】
読書全般にご興味ございましたら、是非、お立ち寄り下さい。
またのご来店、心よりお待ちしております。有難うございました~
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?