淡い色の補助線を引くーミニ読書感想「なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない」(東畑開人さん)
臨床心理士・東畑開人さんの「なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない」(新潮社)が面白かった。「こうすれば人生がうまくいく」という処方箋が溢れる現在に、もっと曖昧だけれど大切なことを語ってくれる本。この本を読んでも悩みは解決しないけれど、辛い夜を少し、やり過ごせるようになる。
本書は「紙面上のカウンセリングルーム」に見立て、著者が相談者と行なっている対話を再現している。多くのクリニックや精神科に予約が殺到し、すぐにはじっくり話を聞いてもらうことが(特に東京では)難しいのが実情だと聞くので、この取り組みは画期的だと感じる。
しかしそれは、「こうすれば悩みは解決する」という絶対解ではない。どうやらそれは、臨床心理士の仕事の本質からは離れたやり方のようだ。
著者は「分けるとわかる」と言う。複雑でいびつな形をした心。それがジクジク、モヤモヤと訴えかけてくることが悩みだとすれば、まずは心の状態を理解しやすいように分てみようというのだ。
本書ではさまざまなメタファーが使われるが、これは「五角形に補助線を引き、三角形と四角形に分てみる。すると面積を求めることが可能になる」と表現される。納得である。
処方箋と補助線。このように、心をとらえるために有効な概念を対・ツガイの形で著者は提示する。たとえば「馬とジョッキー」。たとえば「働くことと愛すること」。そのどれもが、面白く、なるほどと思わされる。この対概念の導入こそ、補助線を引くと言うことでもある。
面白いのは、著者は二つの概念のどちらか一方を薦め、どちらか一方を否定する「わけではない」こと。たしかに、「処方箋もいいけど補助線もね」とは言うが、処方箋を全否定はしない。たとえば「とにかく休む」という処方箋は、まずは大嵐になった時に港に船を避難させるように、それはそれで有効だと言う。
その意味で本書は、「淡い色の補助線を引く」ということの大切さを説いていると言える。淡い色。五角形の心が三角形と四角形に分けられると言っても、それはその二つに切り離せることを意味しない。結局は、五角形は五角形として存在するし、なんならいつか六角形や七角形になることもあるかもしれない。
その時はまた、補助線を引き直す必要がある。だから一度引いた補助線は、消しゴムで消せるくらい淡い方が良い。
対話をすることも、本を読むことも、それだけで人生は解決しない。これもまた、淡い補助線を引き、引き直し、弾き続けるということに似ている。