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向かい風と追い風について考えた事

グランドを走りながら自分に向かって強く吹く風を感じた。

走りのトレーニングにおける向かい風は本当に厄介だ。

実際向かい風の状態では少し負荷は上がっている気がする。

1kmを走り終わり休憩し、走る方向を逆向きにして次の1kmへ

先程は向かい風

次の一周を走りながら、風に背中を押される感覚を感じることは無かった。

きつい走りのトレーニングの時は鬼のような顔で必死に食らいついていくのが私のスタイルで。

松永建生(同期で初芝橋本出身の190cmCB)にはキツい時こそ笑えと言われているが、走りではこれから先も笑えそうにはない。

この時先程の走るのを阻むかのように邪魔をしてきた向かい風と、背中を押すことのなかった追い風について考えた。

これはきっと人生においても似たような事が言えるのではないだろうか

人は「向かい風」の状況、言わば逆境や困難を前にすると自分の置かれた状況を危惧し、臆病になって逃げてしまったりする。

矢印を人に向けて失敗を人のせいにしたり、やらない理由を探して行動することを辞めてしまったり。

無論、私のように人生における「向かい風」が吹いた時に、それを好機と捉えそこに前進の可能性を見出す人間が存ることも知っている。

では逆に、人生における「追い風」とは何を意味するのだろうか。

考えれば考える程、私を含め人間は「自分に追い風が吹いている」と感じ、物事に前向きに挑戦する「感性」を持ち合わせていない事に気づいた。

自らの危機的状況やピンチには悲観し、弱音を吐く。
そこにチャンスがある事に気づけない。

自分に追い風が吹いた時に、それをチャンスだと気づく感性を持ち合わせていないと、死に物狂いで掴みに行くことは出来ないかもしれない。

「感性」

感じる力。センスともいえる。

私はサッカーを通じて、自分のチャンスを見つけ全てを懸けて掴むべく最善を尽くす能力を磨いて来た。

言わば追い風に気づく力。

それと同時に困難が立ちはだかり、地獄のようなどん底でも希望を見失わず、強く生きる強さも磨いてきた。

これは向かい風に立ち向かい跳ね返して、より強くなる能力。

人生でもこの「向かい風」「追い風」どちらにも気づく感性と、そこから思考し行動していく能力が必要だと考えた。

私はこれからの人生において、様々な状況に出会って行くだろう。

いい時も、難しい時もそこにチャンスを見つける。

そんな感性をさらに磨いて生きていきたい。

自分を貫いて生きていくためにも、貫く自分を磨き続けて生きていきたい。

良い結果が出ようが悪かろうが自分を信じて自分を信じてくれてる人の為に直向きにやっていきます。


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