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【おすすめ本】人類がはじめて月を歩いた夏だった(オースター/ムーン・パレス)

今週もこんにちは。今日は実家の名古屋に帰省してきます🙋

作家の訃報に接してその作品に触れる、ということが時々あります。最近は大江健三郎さんとか。亡くなってから作者に親しむこともあり、そんな時は良い作品に出会えた喜びと後悔がないまぜになった気持ちになります。

ポール・オースターも今年4月に亡くなり、久しぶりに「ムーン・パレス」を読み返しました。大学以来だから、十年ぶり。青春と喪失、忘れえぬ痛み。そんなキーワードにビビッとくる人にはおすすめの一作です。1989年発表。

▼▼今回の本▼▼

主人公のマーコはニューヨーク州コロンビア大学の学生。でも、ただ一人の身内であった叔父の死をきっかけに、社会との関わりを断ち、叔父が残した大量の蔵書を読んで孤独に暮らすようになります。「ムーン・パレス」は(ここが最高に素敵なのですが)マーコのアパートの窓から見える、かつて実在した中華料理店のネオンサインです。月というモチーフは本作の書き出しから登場します。

それは人類がはじめて月を歩いた夏だった。そのころ僕はまだひどく若かったが、未来というものが自分にあるとは思えなかった。僕は危険な生き方をしてみたかった。とことん行けるところまで自分を追いつめていって、行きついた先で何が起きるか見てみたかった。

P. オースター. ムーン・パレス. 新潮文庫. 1994. p.7.

中国系の溌剌とした恋人キティ、生真面目な親友ジンマー、車椅子の偏屈な大富豪エフィング、肥満体の歴史学科講師バーバーなど、個性豊かな人たちとの出会いと別れが描かれます。マーコの人生がどうなっていくのか、読者は一緒に歩いていくように足を進めることができます。

柴田元幸さんの軽快な訳文のおかげもあり、500ページの長さを感じず読み進めることができます。繊細さと力強さが同居するようなリズム感のある文章です。

でも、何もかも知ったいま、あのころのことをふり返ると、僕はわが友たちをなつかしく想わずにいられない。ある意味で、彼らは僕の経験の意味を一から書き換えてくれたのだ。僕は崖っぷちから飛び落ち、もう少しで地面と衝突せんとしていた。そしてそのとき、素晴らしいことが起きた――僕を愛してくれる人たちがいることを、僕は知ったのだ。そんなふうに愛されることで、すべてはいっぺんに変わってくる。

同上, p.94.

僕はまさに、彼の自由を認める究極の行為を実行したのであり、その意味において、彼に対してついに僕自身の証しを立てたのだ。エフィングは死のうとしている。でも生きている限り、僕を愛してくれるだろう。

同上, p.369.

正直に言うと、気になる部分もある小説です。人工中絶や障害児に対する主人公の態度は個人的に間違っていると思うし、女性のキャラが男性と比べて薄っぺらく感じる部分もあります。

それでも(青春とは喪うこととまで言うつもりはないけど)思春期の脆さや切実さを掬い取った佳品です。1961年という時代の、現代とはまた違った意味での不確かさを感じます。夏の作品なのに涼しげで、素麺なんか食べた昼下がりに、暑いーとか読んだらきっと最高、そんな作品です。

(おわり)

▼▼前回の本▼▼


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