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ゲーム屋人生へのレクイエム 25話
前回までのあらすじ。知人の子供にゲームクリエーターになるにはどうすればいいのか尋ねられた元ゲームクリエーターが自分の過去を語る。アメリカ出向時代の元上司から一緒に商売しようと誘ってくれたが会社を辞める決心がつかず時間だけが過ぎていったときのおはなし。
「君はカラオケのセールス支援に配属されることになった。3か月の期間限定だから」
「ええーっ?だって生産技術に配属されたじゃないですか?」
「そう。その生産技術に転属したその日に新しい上司にそう言われてさ。何それ?って感じだよ。
会社では昔からカラオケの機械を売ってたんだけどさ、それを家庭用にして売り出したんだよ。これがさっぱり売れなくってさ。全国各地の事業所や営業所から人をかき集めて即席のセールス支援部隊を作ったんだ。
それで転属されたばかりで生産技術の即戦力ではない俺もそこに配属されることになったんだよ。関東一都六県が俺の配属されたグループの担当でさ。50人くらいメンバーがいたかな。経理や人事、生産、品質管理、開発、サービスといったありとあらゆる部署から人を集めた部署でさ。
みんな不満や不安いっぱいだよ。何で俺がカラオケ売らなきゃならないんだって。でもね、はっきり口には出さないけど皆思っていたのは、自分が会社に必要ない人間じゃないのかって不安だよ。
だってカラオケセールスの支援しなくてそれまでどおりの仕事をする人のほうが圧倒的に多かったから。悪い意味で選ばれた人間じゃないのか?ってさ。とは言えサラリーマンだから会社の命令には逆らえない。ブツブツ言いながらのスタートだったよ。
担当エリアにある大型家電量販店から町の小さな電気屋さんまでシラミ潰しに回ってさ。カタログ置かせてもらったり店頭に立って大声で宣伝してさ。駅前でハッピを着てチラシを配ったりとか」
「まったくゲームとは関係ない仕事ですね」
「全然関係ない。自分の置かれた状況に納得できなかったよ。アメリカまで行っていろいろ学んだことが何も使えないし。この状況で何かを学ぶことも無いんじゃないかって思うと仕事もちっとも楽しくなかったし。
電気屋のオヤジに何しに来たんだって怒鳴られたり、駅前でチラシを配って警官に怒られたり。カラオケ機械を買ったお客さんから電話でさんざん苦情言われたりとか。好きでもない仕事で苦労して耐えるのって本当に大変だった」
「本当に無意味だったんですね」
「その時はそう思った。でも今はそうは思わない」
「どういう事ですか?」
「生きてる間に経験することで無意味なことなど何もないと確信したから」
「また難しいことを言いますね」
「瞬間だけを切り取っても意味はない。すべての時間は繋がっているんだよ」
「前にも聞いたような。それでどうなったんですか?カラオケの話」
「うむ。そんなこんなでムカつきながら3か月くらい経ってその応援部隊も解散することになってさ」
「生産技術に戻ったんですね」
「戻ったといえば戻ったような。戻っていないといえば戻っていないような」
「どういう意味?」
「そういう意味」
続く
*この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体とは一切関係ありません。