世界でいちばん大きな生き物がいつか世界を救うかもしれない話【Dentsu Lab Tokyo】
はじめまして。なかのかな と申します。
リサーチャー/クリエーティブ・テクノロジストとして、新しいテクノロジーについて調べてまとめたり、4-5年先の“未来のコミュニケーション体験“を企画/試作する仕事をしています。
突然ですが、世界でいちばん大きな生き物をご存知ですか?
シロナガスクジラ🐋…?
メタセコイア🌲…?
ではなく…
オニナラタケというキノコ🍄なのだそうです。
1998年にアメリカ オレゴン州のマルール国有林で調査されたオニナラタケは約9.65平方キロメートル(皇居8.5個分)。過去の研究から重量は最大で35,000トンと推測されています。The Humongous Fungus(バカデカキノコ)と名付けられたこの個体が、現在、世界最大の生物とされています。
中心点はここ。44°28'34.2"N 118°29'05.2"W
とはいってもその全体像を私たちが見ることはできません。キノコは酵母やカビと同じ菌類に属しており、「菌糸」の姿で土や木の中に隠れているからです。わたしたちが公園や野山で見かける“キノコ”は「子実体」といって、胞子をばら蒔くために地表に出てきた”生殖器”なのです。
テクノロジーとキノコ、ずいぶん遠い話題のように感じますが、実はいま、気候変動や食糧不足の問題から、キノコテック🍄が注目を集めています。どのように使われていて、どんな可能性があるのか。さっそく見ていきましょう。
そもそもキノコとは
先ほど酵母やカビと同じ菌類(真菌類)と申し上げましたが、キノコはどちらかというと酵母よりカビに近い存在です。どちらも菌糸を伸ばして菌糸体(mycelium)という塊りをつくり、胞子を排出して増えていきます。胞子を作るための子実体がニョキニョキ出てくるのがキノコ、あまり目立たず増えるのがカビ。という乱暴な分け方もできます。(トリュフのように地下に子実体をつくるシャイなやつもいます。)
キノコが属している菌類は
葉緑体がなく光合成ができないため栄養素を他の生き物から得ている
得られた栄養素をでんぷんではなくグリコーゲンとして体内に蓄えている
という特徴から、植物よりも動物に近い存在だとされています。
ただ、動物とは食事スタイルがずいぶんと異なります。
動物が体内に有機物を取り込んで栄養を摂取するのとは逆に、キノコは細胞外に酵素を分泌して有機物を消化してから栄養を摂取しているのです。動物や植物の排出物や死骸を分解して地球に還す役割を果たしているんですね。
理科の教科書でおなじみの図だとこうなります。
生産者ー🌱植物
消費者ー🐈動物
分解者ー🍄菌類/細菌類など
先述のオニナラタケですが、黒くて枝状に伸びる菌糸から靴紐菌とも呼ばれており、様々な針葉樹の根に寄生してコロニーを作り木を分解して枯らしてしまうため、実は公園管理者にとって頭の痛い存在なのだそうです。
衣
世界一大きい生き物にまでなってしまう、菌糸の「増える力」をうまく利用することができると、様々なものを作り出すことができます。
マッシュルーム・レザーと呼ばれる菌糸を用いた代替革が、ファッション業界でここ数年注目を集めています。
・サステナビリティ:動物由来よりも少ない資源で生産できる。
・エシカル:動物を犠牲にしない。
が主な理由です。
霊芝というキノコを用いてその名も「Reishi 」という人工革を作っているスタートアップがMycoWorksです。
1990年代に菌糸を彫刻のメディアとして使いはじめたアーティストのフィル・ロスと、分子細胞生物学者の家庭に育ちアートを学んでいたソフィア・ワンが2013年にスタートした会社で、「Let's change the way of things are made モノの作り方を変える」ことをミッションにしています。
製品のお披露目は2020年2月のニューヨークファッションウィーク。一般的なキノコ革は菌糸体を圧縮して作られていますが、Reishiは独自のFine Mycelium製法で、霊芝の細胞構造をより強度と耐久性を持つものに育てているそうです。育てた菌糸をなめして、エンボス加工や縫製が可能なしなやかなシート状にすることでファッション業界で使いやすい革に仕立てており、2021年にはエルメスとのコラボレーションでも話題になりました。
アディダスやステラマッカートニー、ルルレモンといったアパレルブランドが相次いで採用しているのが、元々は蜘蛛の糸を模した繊維を開発していたバイオマテリアル企業Bolt Threads社の新素材、Myloです。
3月中旬にオースティンで開催されたエンターテインメントとテクノロジーの祭典SXSW2022で、“Engineering the Future with Mushrooms and Diamonds”と題されたパネルに登壇した創業者のダン・ウィドメイヤーによると、環境負荷の高い動物由来の皮革の総消費量が年間350億平方フィートにのぼることに着目して、このマッシュルーム・レザーのラインも立ち上げたそうです。キノコ農家が栽培した菌糸を、湿度や温度などの環境をコントロールした工場でシート状に育て、加工、着色して作られており、今年の発売に向けてまずは年間100万平方フィートを製造予定なのだそう。(筆者は渡米かなわず残念ながらオンラインで視察をしていました。)
ちなみに、同じ菌類を使ったレザーでは、TikTokでscoby leatherを検索すると、コンブチャ(紅茶キノコ)で皮革をDIYするサステナビリティへの関心が高いGenZ達の取り組みを見ることができます。
食
気候変動問題への意識やヘルシー指向の高まりで、豆や穀類を使ったヴィーガン・ミート、代替肉とも呼ばれる製品が数年前から日本でもブームになっています。
実は1960年代にも、人口増加による食糧不足問題やヒッピー文化の影響から、ヴィーガン・ミートブームがありました。
当時の日本ではセイタンミートと呼ばれるグルテンを使ったものが主流でしたが、同じ時期にイギリス発祥でヨーロッパを中心に広まっていたのが当時の食品大手RHM社と化学企業ICI社の子会社Marlow Foods社が開発した菌ベースのタンパク質食品Quornです。世界中から集めた3,000以上の土壌サンプルを検査した結果、マーロウ村から見つかったフザリウム菌が採用されました。
そして2022年。
1月にラスベガスで開催された世界最大規模のテクノロジーの展示会CES2022には、2019年に食品として初めて出展したImpossible Foods社の成功を追いかけて、多くの食品テクノロジーが集まりました。(筆者は渡米かなわず残念ながらオンラインで視察をしていました。)
イエローストーン国立公園で2009年に発見されたフザリウム菌由来のタンパク質を開発したNaturesFynd社は、すでに35000平方フィート(約10平方km)の施設を稼働させています。菌にグリセリンとでんぷんを与えて発酵させることで、FyProteinと名付けられたタンパク質を製造。繊維質とビタミンが豊富だそうで、クリームチーズやブレックファストパティといった食品に加工されています。
菌糸と植物性タンパク質を組み合わせた製品を開発したMycoTechnology社は、創業者が二型糖尿病を発症したことをきっかけに2013年に設立されました。CES2022ではキノコベースのミルクを発表しています。植物性タンパク質を菌糸体を用いて液体発酵させることで、風味や栄養が増し、タンパク質が体に吸収されやすくなるそうです。また、香料や甘味料の開発にも取り組んでいます。
住
NASAが2020年に投稿した「MUSHROOMS」という冗談のような見出しのビデオがあります。
宇宙の住空間を研究しているマイコ・アーキテクチャー・プロジェクトで作成されたものです。
ロケットの発射には厳しい重量制限があります。なるべく持ち出すものを小さく軽くするために目をつけられたのがキノコでした。休眠状態にさせた菌を仕込んで畳んだ構造体を持っていき、月面や火星に広げて水をかけると菌が成長して壁ができます。これにより、現地で適切なサイズの家具や住居を作ることができます。また、壊れた箇所があっても、生物なので自己修復できるというメリットもあります。
地球上ですでに実現されたキノコを使った構造物の例はいくつもありますが、直近ではオランダのデザインウィークで展示された“成長するパビリオン” があります。
やわらかく育てることでウレタンフォームの代替物を作り出した例もあります。
キノコを使った生分解性梱包材のメーカーEcovative社のForager foamは、製造時に密度をコントロールすることで、スリッパのクッションやマットレスなどに使うことができるそうです。同社は過去に、梱包材製品のプロモーションとして成長する断熱材をつかった小屋の製作過程を公開しています。このビデオにはたい耐火性能を伝えるためにバーナーでキノコフォームを炙るシーンなども入っています。
生
人が生きていくためには食で養われるフィジカルとの両輪で、メンタルの守り方も大切です。
ソーシャル疲れや、パンデミックなどの時代背景で増えるメンタル不調、オピオイド薬害の問題から、ここ数年アメリカ各州で大麻が規制緩和され、Cannabis Techのスタートアップが数多く生まれています。
次の有望株として注目を集めはじめているのが幻覚作用で有名なマジックマッシュルームの成分シロシビンです。先述のSXSW2022でも治療としてのPsychedelicを扱ったセッションを7つほど見かけました。
(注:日本ではどちらも麻薬原料植物として法律で禁止されています)
うつ病の治療薬を開発しているスタートアップに、カナダのCybin社があります。シロシビンの化合物について、複数の特許を申請しており、これにより作用の早い発現や、効率のよさ、コントロールが期待できるとしています。
イギリスのCOMPASS Pathways社も、シロシビンのうつ病治療への活用を目指している企業です。
クリニカルイノベーション担当上級副社長のダニエル・シュロッサー博士は、SXSW2022の"Trip Planning: Psychedelics and Digital Therapies"と題されたセッションの中で、治療抵抗性うつ病患者233人を対象にシロシビン投与の臨床試験を行った結果、約37%の人が3週間の時点でうつ病の症状が50%以上改善、95%の人がポジティブな効果が3ヶ月続いたと話しました。
死
“あなたはゴミかコンポストか”という挑戦的なメッセージを出しているのが、キノコで作られた棺桶を提案するオランダのLoop社です。
Loop Living Cocoonは菌糸体でできており、納められた遺体を”分解者”の能力を発揮して、木の棺桶に比べて5倍程度早い2-3年で遺体を土に還してくれるそうです。
コミュニケーション
動物は鳴き声や動作や匂いでコミュニケーションを行なっていますが、植物や菌類はそれと異なる方法でコミュニケーションをしていることがわかってきました。
例えば植物では、イモムシに食べられそうになったキャベツがイモムシの種類別に匂いを出し分けてそれぞれの天敵を呼び寄せることが知られており、この性質を活用して農薬を使わない害虫駆除ができるのではと期待されています。
先日、キノコのコミュニケーションについてのユニークな研究がニュースになりました。
2022年4月にRoyal Society Open Science誌に掲載されたイングランド大学のコンピューターサイエンスのアンドリュー・アダマッキー教授による研究"Language of fungi derived from their electrical spiking activity" では、キノコが電気活動によってコロニーの離れた部分間で複数のコードを用いて情報を伝達している可能性が示唆されています。
この報告によると、4 種類の菌類の細胞外電気活動を記録、解析した結果、スパイクの数で表されるスパイク列の長さの分布が,人間の言語(複数言語と比較)における単語の長さの分布に従っており、真菌の"語彙"は最大で50語、最も頻繁に使われる"単語"は15-20語程度であることが考察されています。
言語を持って話しているとするには早計ですが、何らかの形でお互いに反応を伝え合ってコミュニケーションをしていることは確かなようです。
未来にはキノコや木々の"言語"翻訳機が開発されて、森の中のおしゃべりを聞くことができるようになるかもしれません。👂📱📡🍄🌳
また、反対にキノコのコミュニケーションに学ぶことで、人類も新しいコミュニケーションの方法を会得できるかもしれません。👩⚡️👩
まとめ
CRISPR-Cas9などのバイオテクノロジーツールの進化や、気候変動問題への危機意識などからでしょうか。定点観測をしている海外カンファレンスや展示会でも、ここ数年、キノコや菌類の話題を聞くことが増えてきています。
ヘッドマウントディスプレイやロボットの中だけではないテクノロジーへの関心も高まりつつあるのではないかと感じています。
衣/食/住/生/死/コミュニケーション の6つの分野でのキノコの可能性について事例をご紹介してきました。
少ない資源と短い時間で、丈夫でしなやかな構造や食物を作り出し、分解者として土に還す役割も果たすキノコ。人間が偏らせてしまった地球のバランスをとってくれる存在になるかもしれません。
世界でいちばん大きな生き物が世界を救うかもしれない。🍄🌍🕊
今回、自由課題でnoteを書く機会をいただいたので、バラバラに記憶の引き出しに投げ込んでいたキノコテック事例をまとめてみました。
内容についてご感想などいただけるとうれしいです。
なかのかな Kana Nakano
Researcher / Creative Technologist
テクノロジーが未来の生活をどのように変えていくのか。リサーチや企画や試作をしています。CESやSXSWなど展示会のレポート、こんな技術があるけど何に使えるかな?とか、ブレストに来て!などのお仕事も。2011年に企画と試作ディレクションを担当した🧠脳波で動く猫耳🐱こと「necomimi」の製品版2号機がニャーと鳴くようになって発売中です。
参考文献
文中内リンク以外の参考文献です。
Cynthia D. Bertelsen (2013).mushroom.
関根光宏 訳 (2014)『キノコの歴史』原書房
佐久間大輔 (2019)『きのこの教科書 観察と種同定の入門』 山と渓谷社
Reinhard Renneberg(2007) .Biotechnology for beginners.
小林 達彦 監修, 奥原 正國 訳 (2014)『カラー図解 EURO版 バイオテクノロジーの教科書(上)』
松村明 編, 三省堂編修所 (2006-2008)スーパー大辞林3.0 三省堂
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Dentsu Lab Tokyoは、研究・企画・開発が一体となったクリエーティブのR&D組織です。メンバーは、コピーライター、プランナー、アートディレクター、テクノロジスト、映像ディレクター…など、さまざまな職能をもった人たちです。日々自主開発からクライアントワークまで、幅広い領域のプロジェクトに取り組んでいます。是非サイトにもお越しいただき、私たちの活動を知っていただけると幸いです。
今回は個性豊かなメンバーが、興味があることや好きなことを執筆する連載をお送りしています。多種多様な集団の頭の中を、ちょっと覗いてみてください!