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大河ファンタジー小説『月獅』29   第2幕:第9章「嵐」(3)

第1幕「ルチル」は、こちらから、どうぞ。
前話(28)は、こちらから、どうぞ。

第2幕「隠された島」

第9章「嵐」(3)

(第1幕)
レルム・ハン国エステ村領主の娘ルチルは「天卵」を宿し王宮から狙われる。白の森に助けを求めるが、森には謎の病がはびこっていた。「白の森の王(白銀の大鹿)」は「蝕」の期間にあり力を発揮できない。王は「隠された島」をめざすよう薦め、ルチルは断崖から海に身を投げる。
(第2幕)
ルチルは「隠された島」に漂着する。天卵は双子で、金髪の子をシエル、銀髪の子をソラと名付ける。シエルの左手からグリフィンの雛が孵った。だがなぜか飛べず成長もしない。グリフィンの雛ビューのなかに成獣のビュイックが閉じ込められていて、ビューの意識が眠ると成獣の姿に変われる。
双子の2歳の誕生日に浜に王宮の船が着く。ルチルたちは追手から逃れるため島からの脱出を図るがソラが見つからなかった。

<登場人物>
ルチル‥‥‥天卵を生んだ少女(十五歳)
ディア‥‥‥隠された島に住む少女(十二歳)
ノア‥‥‥‥ディアの父 
シエル‥‥‥天卵の双子・金髪の子
ソラ‥‥‥‥天卵の双子・銀髪の子
ビュー‥‥‥グリフィンの雛
ビュイック‥ビューの中に閉じ込められているグリフィンの成獣

「内務省王宮警護部辺境警備長官を兼務される内務大臣ダレン伯閣下である」
 金のモールが飾る深紅の儀仗服に勲章を山のようにつけた小太りの男が、兵に守られて浜からの坂道をのぼってきた。おそらく辺境警備長官とは名ばかりの名誉職なのだろう。軍の指揮官としての豪壮さも、鋭利さもなかった。王城で美食と権力をむさぼっている輩だ。
「ご尊顔の拝謁、恐悦至極に存じます」
 ノアは鎌を足もとに置いて跪拝する。
 それを兵の一人がさっと取りあげる。
「このような辺境の小島に何用でございましょうか」
 恭しく尋ねながらノアはダレン伯の周囲に目を走らす。
 ――実質の指揮官はどいつだ。
 伯爵の左斜め後ろに腰に太刀を佩刀した隻眼の男がいた。手のしぐさだけで控えていた兵を要所に配置する。こいつだ。
 ダレン伯はよほど己を誇示したいのだろう。部下を押さえて自らノアに尋問しだした。
「天卵はどこだ。隠し立てすると、おまえにも罪が及ぶぞ」
「天卵とは……『黎明の書』に伝えられている伝説の卵のことでございましょうか。あれはただの伝説ではございませんか」
「うむ。余もそう思っておった。ところがだ。二年前にエステ村領主の娘が天卵を生んだとの情報がレイブン隊より奏上され、王宮はひっくり返った。天卵は王の御世みよを乱す凶兆であるからのう。卵のうちに排除すると御前会議で決定した矢先に、娘は卵を抱いたままカーボ岬より身を投げたと、これまたレイブンカラスからの報告があがった。いやはや、皆、胸を撫でおろしたわい。これで一件落着、王の偉大なる治世もご安泰と安堵しておったのじゃ」
 ふううっと大きくひとつ息を吐き、床几を持ってまいれ、と命令する。
 あれしきの坂道で息切れするとは。いくさの指揮などしたことがないのだろう。床几にでっぷりと太った尻を乗せようとして転びそうになり、二人の下僕が背を支える。もう一人がクジャクの羽根扇であおぐ。それを苦々しげに一瞥し、隻眼の男は次々に兵に指示を与えていた。
 大きなしわぶきをひとつ吐くとダレン伯は、
「ところがだ」
 と前のめりになる。ところがだ、というのが口癖らしい。
「ひと月ほど前じゃったかのう。星夜見ほしよみの塔がなした卜占に『天はあけの海に漂う』と出たのよ。王宮が震撼したわい。海の藻屑もくずと消えたのではなかったのか、とな。真っ先にレイブン隊が疑われた。当然よのう。すると、カラスどもが星夜見ほしよみの読み違いであると騒ぎ立てよった。あやつらは、甚だしくうるさい。致し方なく星夜見ほしよみをやり直したが、同じ卜占が出た」
 ふはははは。あのときのカラスどもの顔よ、まっことおもしろかった。
 のけ反って笑う背を二人の下僕が支える。
「しかも、その騒動のさいちゅうに投げ文があったのじゃ」
 ノアを見つめて、にたりとする。
「天卵は隠された島に秘されている、と記してあったわ」
「閣下はここがその隠された島だと仰せでございますか」
 跪拝し叩頭礼で恭しく対峙するノアの言葉使いは慇懃ではあったが、その口調にはやいばがきらめく。槍をもった兵士がノアの両脇に立っていた。
「ではない……とほざくか」
「このような小さき島に名などあろうはずもございません。昨夜は海が荒れもうした」
 わざとそこで口をつぐむ。先は言わずともわかるだろうと、顔をあげ目で脅しをかける。
「航路を誤ったと申すか」
 伯爵に代わって、隻眼の男がにらむ。
 ノアは無言で目を伏せる。
 そのときだ。探索に向かっていた兵が一名足早に戻ってきた。
「閣下、裏山に続く道に子どもの足跡が無数にありました」
「山か……。捜索するには人数が必要であるな」
 伯爵はちっと指を噛む。隻眼の男がすぐに指令を出す。
「第一隊と第二隊の二十名はここに残って警護にあたれ。残りの第三から第五隊までは全員山に向かって第六隊と合流せよ。娘と幼子だ、そう遠くには行っていまい。草の根分けても探し出せ! 王国の安寧に関わる。見つけ出した者は、王の覚えもめでたくなると心得よ」
「はっ」
 これで半数以上が山に入った。あと二十名か。まだ動けない。ノアは跪拝しながら空を見あげる。ギンとヒスイの影はない。まだソラは見つかっていないのか。
「子の足跡をなんと説明する」
「私には娘がおります」
「ほう。で、その娘はいまどこに」
「遊びまわっているのでしょう。活発な娘ですので」
「この期におよんで……」
 金の杖をぐっと握って、ダレン伯が苛立たしそうに立ちあがる。
「余を愚弄するか!」
 手にしていた杖でノアの左肩を力まかせに打ち、返す手で右を打擲ちょうちゃくしようとした、そのときだ。
 山のほうから恐怖のうねりが響きわたった。叫喚と悲鳴と猛々しい咆哮が次々にあがる。「かかれぇええ!」というときの声まで響いてきた。
「あ、あ、あれはなんだ!」

(to be continued)

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