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大河ファンタジー小説『月獅』20   第2幕:第7章「もうひとつの卵」(2)

第1幕「ルチル」は、こちらから、どうぞ。
前話(19)は、こちらから、どうぞ。

第2幕「隠された島」

第7章:「もうひとつの卵」(2)

<あらすじ>
(第1幕)
レルム・ハン国にある白の森を統べる「白の森の王」は体躯が透明にすける白銀の大鹿だ。ある晩、星が流れルチルは「天卵」を産む.。そのためルチルは王宮から狙われ白の森をめざす。だが、森には謎の病がはびこっていた。白の森の王は、再生のための「蝕」の期間にあり本来の力を発揮できない。王はルチルに「隠された島」をめざすよう薦める。ルチルは王宮の偵察隊レイブン・カラスの目につくように断崖から海に身を投げた。
(第2幕)
「隠された島」に漂着したルチルは、ノアとディアの父子と島で暮らしはじめた。ルチルはディアに助けられながら、家事を覚えていく。一年で最も月の力が増す望月の夜に天卵が孵った。天卵は双子だった。金髪の子シエルの左手は、きつく閉じたまま開かなかった。

<登場人物>
ルチル‥‥‥天卵を生んだ少女(十五歳)
ディア‥‥‥隠された島に住む少女(十二歳)
ノア‥‥‥‥ディアの父 
シエル‥‥‥天卵の双子の金髪の子
ソラ‥‥‥‥天卵の双子の銀髪の子

 シエルの左手が、生後二か月を前にしたある日、突然、開いた。
 思い返せばその少し前から、しきりに右手で左の拳をさすっていた。さすりながら、ぐふっ、ぷぷ、ぐふっと奇妙な笑い声を立てていたから、なにか一人遊びでも見つけたのかしらと思っていた。
 いつものように椅子につかまり立ちをしたときだった。
 ぐふふふふっと、くぐもったような妙な笑い声をあげ、椅子にのせていた左手の拳を、不意にくるりと返して掌側を上に向けた。くすぐったいのか身をよじりながら、小指から順に一本一本、五本の指をゆっくりと開いていったのだ。
 ルチルは驚いて手に提げていたミルクピッチャーを落としそうになった。
 それだけではない。開いた手から茶色いの入った小さな鶉のような卵がぽろりと転がり出た。
「どうして。どうして卵が、シエルの手に」
 ルチルのとまどいにかまうことなく、卵は椅子の上を転がる。慌ててつかもうとしたが、まにあわず反対側から落下した。
 ――割れる!
 ルチルは息を詰まらせて、シエルを抱きしめる。
 卵がぽーんとピンポン玉のように跳ねて‥‥ ひと周り大きくなった!
 ルチルは目をみはる。シエルは卵の跳ねるようすにきゃっきゃっと声をたてて笑っている。
 卵は跳ねるたびに大きくなる。
 ちょうどそのとき、脱走したソラを追いかけていたディアが、ようやく捕まえたのだろう、抱きかかえて入ってきた。ノアも一緒だ。
 ディアが驚いて叫ぶ。
「あれは毬? それともトビネズミ?」
「ちがう。シエルの手……左手から、たま……卵が」
 ルチルは焦って口がもつれる。
「卵だと!」
 ディアとノアも、部屋の中を跳ねまわりながら大きくなる卵になすすべもなく呆然と立ちつくす。小鳥たちは不規則な卵の動きに羽を散らして逃げ惑う。卵はルチルがテーブルに置いたミルクピッチャーを倒し、棚に並んだ塩やハーブの瓶を蹴散らし、灰壺に突っ込んでそこら中に灰をばらまく。シエルとソラの笑い声だけが響く。
 アヒルの卵ほどの大きさになると、最後に大きくバウンドして天井に激突し、その勢いで床を叩き卵が割れた。
 時が一瞬とまった。
 皆が固唾をのみ、つぶれた卵に視線が集まる。
 殻を下から押しあげるようにして、黄金の翼が羽を広げた。殻の欠片がついている。ばさっとひと振りして払う。胸にうずめていた首を伸ばすと鋭いくちばしが現れた。
 鷲か――、と誰もが思ったそのとき、ゆっくりと上体を持ちあげた。
 黄金の翼の下から現れた前脚は猛禽類の鋭い鉤爪を備えていたが、立ちあがると白い毛並みのたくましい獣脚類の下肢が躰を支えていた。
 どよめきが伝播する。ごくりと、ルチルが大唾を呑み込んだ。
 鷲の躰にライオンの下肢をもつという伝説の神獣グリフィンか。
 姿は伝説のとおりなのだが、身の丈はルチルの両手に乗るほどしかない。グリフィンの幼生だろうか。ルチルは答えがほしくてノアに目をやる。
「ビュ……」
 ノアは孵ったばかりのグリフィンをまじまじと見つめ、何かをつぶやきかけて口をつぐんだ。口を真一文字にきつく結び天井を仰ぐ。
 グリフィンの誕生に驚いているのでも、喜んでいるのでもない。そのまま窓辺まで歩むと、窓枠に両手をついて遠くヴェスピオラ山に目をやる。
 ノアはグリフィンに遭ったことがあるのだろうか。
 小さなグリフィンは翼のぐあいを確かめるようにそろりと羽を広げ、バサッバサッと振る。ふらふらとよろつきながら羽ばたいていたが、風が起こり、埃が舞っただけで飛び立てはしなかった。

(to be continued)

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