眠れない夢を見た、雨の日曜日。 午前十時の雨空が、私の時間を曖昧にさせる。私は夢の中に戻るつもりでまどろんでいる。 灰色とベージュの中間に色づいた景色が、私を遠い過去へと運ぶ。 ――雨よ止まないでくれ 私は永遠の雨を願う。太陽は私を揮発させてしまうから。 私はむしろ土砂降りの中でゆっくりと窒息する方を選ぶ。 ――雨よ止まないでくれ 雨は過去への通行手形だから。雨は私を、幼い日々へと運ぶから。
・紫色の夕暮れが空を染めるころ、海の向こうからやってくる鳥たちの影が歌いだす。 ――俺たちはどこから来たのか?これから何処へ行くのだろう――? 黒い雨雲が、降りそうで降らない雨を予感させるとき、明日の嵐を気にしては護岸で風を見る老いた男。 不吉な予兆にしては心地よい風のぬるさ。 彼のソフト帽はそのまま風に持ち去られ、 二度と陸へ上がることは無いだろう。 ・オリーブの低い木々が壁を作る。羊飼いは俯き加減で向こうからやってくる。今にも時間が止まりそうな足取りで。
僕が借りたアパートは、山あいの田舎だけに、建物自体が北向きの崖下から突き出たような形で何処となく全体が薄暗いのだが、南の陽光は望めない代わりに東側と西側はそれなりに開けているので、角部屋であれば不思議と日当たりは悪くない。西隣には若い世帯が住む安アパートがあり、東は単身者用のレオパレスも並んでいるので、全体が暗い代わりに孤立した感じは少しもなかった。 部屋は一階の一番手前で防犯はやや難ありだが、小学校の音楽室のように、他に比べ広い面積が与えられているし、何より角部屋で東か
どうしてもと泣いてせがむので、うっかりゲームセンターに連れて行ってやったのがいけなかった。 レーザー銃のシューティングゲームで、娘が首尾よく撃ち墜とした小型宇宙船から、一匹のハツカネズミが這い出てきたときはさすがに辟易したものだ。 他の宇宙船の窓からは、ネズミ達が操縦桿に苦戦しているのが見える。 冷たいコンクリートへ転がったハツカネズミは、娘の一撃で貫かれた腹から、夥しい量の臓器と血液を垂れ流し、目を見開いたまま、浅い呼吸でじっと動かず痛みに耐えている。
・・・いつもの駐輪場。僕の自転車に、大きな丸い蜘蛛が巣を張っている。 十一時の太陽に光る、黒地に黄色く細い縞が描かれた胴から、その三倍ほどはありそうな長さの細い腕が、精確な八角形を張って、不幸な獲物の到来を待ちわびている。 よりにもよって、彼が陣を張ったのは僕の自転車のサドルの上だったのだ。手で払い除けるには彼の張った網は少々分厚過ぎて、一度や二度では取り除けそうにない。何せサドルの尻が乗る頂面から、彼の肉厚な身体が丸ごと覆い隠されるくらいの厚みがあるのだ。ちょっとし
私は切腹をした。それは深く悲しい切腹であった。 私の他に二人が一緒に切腹をした。ひとりは若く、サッカー選手のように精悍な顔立ちであり、もう一人は大柄で長髪の男だった。私たちは三人で切腹をしようというのだ。三人とも俯いて口数は少なかった。 最初に大柄の男が意気地を見せた。洋服の前をはだけ、しろい肌が露わになった。我々の着ているものは、揃いもそろって白く薄手の麻みたいな生地で、どうやら死に装束であるらしかった。 男は私が切腹と聞いて想像するよりかはずっと浅く、短刀
「なあ、非道いと思わないかい?」 乳白色のげじげじが、そのか細い腕を震わせた。「ここんちの奥さん、こないだ三丁目のじょろうグモに、神経毒たっぷりの最新式防虫スプレーをしたたる程かけたってよ!」 「ほう、三丁目ってのはどこだっけ?」小さなオレンジ色の脚をしたムカデが砂利の隙間に挟まったまま興味なさげに言った。 「三丁目っていやあ、ほらあの、あそこだ。ここらへんで一番でっかいヒートポンプの裏だわ」 げじげじはいちいち思い出しながら教えてやった。 「ああ、あれか。」小さなム