ベツレヘム(パレスチナ) 〜 1983年9月30日
1983年4月26日に日本を発って 156日目, パレスチナ/イスラエルの旅を始めた。今は無きソ連, さらにヨーロッパ諸国, その後はトルコ, シリア, ヨルダンを旅し, そして同年9月28日早朝, ヨルダンの首都アンマンを発ってヨルダン川を渡り, 1948年5月「建国」のイスラエルが 1967年6月の軍事侵攻以来, 同年11月の国連安保理決議の撤退要求に従わぬまま(2021年の現時点で既に54年間, 1983年当時は16年間)不当な軍事占領を続けているヨルダン川西岸地区に入り, エルサレム旧市街がある東エルサレムに宿をとった(以下リンク先 note 第1章でパレスチナ問題概観, 第2章でエルサレムで撮った写真, 第3章で最初の2日間の見聞録, 第4章はパレスチナ系ヨルダン人のバンドの曲紹介)。
この後, 1983年9月30日には, イエス・キリストが生まれたとクリスチャン他に信じられている場所, ベツレヘムへ。
降誕教会(聖誕教会, Church of the Nativity), 1983年9月30日
以下は, キリスト生誕の地とされる(と信じられている), パレスチナのベツレヘムに, 1983年9月30日に エルサレムの宿から出かけていって, そのとき撮った写真。
これは, 当時も今も, 隣接してと言うべきかその土地にと言うべきか兎にも角にも 1948年に極めて人為的に作られた イスラエル という名の国が 1967年11月22日の国連安保理決議242号を含む複数の国連安保理決議や国連総会決議に反しながら, 要するに守護者と言うべきか保護者と言うべきか兎にも角にもアメリカ合州国の後ろ盾を得て, 同国を除く国際社会に抗いながら実質的に軍事占領を続ける東エルサレムを含むヨルダン川西岸地区の南部に位置する, パレスチナ・ベツレヘム県の県都であるベツレヘムにある, キリスト教の歴史的な教会, 降誕教会(聖誕教会, Church of the Nativity)。
写真を撮った時から 29年後の 2012年に 国連教育科学文化機関 (UNESCO, ユネスコ) により世界文化遺産に登録。
イエス・キリストが生まれたとされる(実際のところ学術的な証明は何もないと思うが)洞穴の上に聖堂が建設されたと言われているもので, 西暦339年完成。その後, 6世紀になって火災に見舞われ, 当初のものはモザイクの床の一部が現存しているのみ。それ以外の部分は, 当時 6世紀のうちに再建されたものが中心となって 現代に受け継がれている。
以前の note にも載せたけれど(*1, *2), 以下は ベツレヘム のホテルに展示されたバンクシーの作品「ベツレヘムの傷痕」。
以下は, 以前のベツレヘム note, 要するに上掲写真をタイトルに使った note 2点。
*1 クリスマスの日のイスラエル空軍によるツイートのばかばかしさと、「知の巨人」ならぬ「知の怠慢」 ユヴァル・ノア・ハラリ
*2 PALESTINE News, SILENT NIGHT
話を 1983年9月30日に戻して,
パレスチナ見聞録, 1983年9月30日
今日も横着してというか何というか, 当時の旅日記殴り書きメモ(以下, 写真に撮った 6ページ分)を利用。以下, 1983年9月30日付の旅日記。
旅日記 1/6 「ホリさん」や「師匠」については, 本 note 冒頭の前説にリンクを付した前回 note にて説明済み。
旅日記 2/6
旅日記 3/6
おそらくは, イスラエル が占領地内に作った国際法違反の違法イスラエル人入植地。以下, 参考に地図を 2つ。上は 1947年のパレスチナ(当時はイギリス委任統治領パレスチナ)で, 下は その後のイスラエル側の占領地・入植地の拡大, その変遷を示す地図。
* 以下の右端の "Present" は2年程前, この間にイスラエル・ユダヤ人による国際法違反の占領地(西岸地区)内・違法入植地はさらに増えている。
上記の件に関わることは, 本 note 冒頭の前説にリンクを付した前回 note「パレスチナ, 1983年9月28・29日 〜 ヨルダン川を渡り イスラエルによる国連安保理決議違反 軍事占領下の西岸地区に入る」の 第1章 2021年の今も続くパレスチナ人の悲劇 「ナクバ」 〜 アメリカ合州国による徹頭徹尾のイスラエル(1948年「建国」)支援のもとで にて記述。
1983年9月30日付の旅日記に話を戻す。再び 上掲の旅日記 3/6 から引用。
旅日記 4/6
以下, これに関連する, パレスチナ人(エドワード・サイード)とユダヤ人(ノーマン・フィンケルスタイン)の言葉。1つ目は, パレスチナ・エルサレム生まれのパレスチナ系アメリカ人で文学・比較文学研究者であった故 Edward Said(エドワード・サイード, 1935年11月1日「イギリス委任統治領パレスチナ」エルサレム生まれ, 2003年9月24日ニューヨークにて死去; 著書「オリエンタリズム」でポストコロニアル理論を確立した学者として世界的に著名)が語った言葉, "You cannot continue to victimize someone else just because you yourself were a victim once.", 「あなた方自身が かつて 犠牲者だったという理由で、他の誰かを犠牲にし続けることは出来ない」。
2つ目は 以下の note 第3章 ワルシャワ・ゲットー蜂起, そしてアウシュビッツ強制収容所・マイダネク強制収容所の生存者である両親のもとに生まれた, ユダヤ系アメリカ人政治学者の, イスラエルによるパレスチナ人弾圧に対する激しい怒り から転載する。
引き続き,
上掲の旅日記 4/6 からの引用,
この辺りのことも, 本 note 冒頭の前説にリンクを付した前回 note「パレスチナ, 1983年9月28・29日 〜 ヨルダン川を渡り イスラエルによる国連安保理決議違反 軍事占領下の西岸地区に入る」の 第1章 2021年の今も続くパレスチナ人の悲劇 「ナクバ」 〜 アメリカ合州国による徹頭徹尾のイスラエル(1948年「建国」)支援のもとで にて記述。
旅日記 5/6 - 6/6
これは 本 note 上段から続いている, 1983年9月30日付 旅日記。「(現在)」と書かれているのは要するに 1983年9月30日現在。その後, エルサレム旧市街がある東エルサレムにも, 多くの国際法違反のイスラエル人の違法入植地が作られ, イスラエル・ユダヤ人の人口はかなり増えたものと思う。
もちろん, 意図的に「日本語で」抗議したんだけど。
下掲の旅日記は, 2行目以降は 1983年10月1日付の冒頭。この日の「ジェリコ」行きについては, おそらく(たぶん!)明日投稿する次回の旅 note にて。明日は明日の風が吹く, 本当に明日投稿できるかどうかは 明日のこころだ, 懐かしの「小沢昭一の小沢昭一的こころ」(昭和の匂いがしてしまった, まぁ1983年は「昭和」58年なのだ, 笑)。まぁしかし, 本 note 自体は次章以降へと, まだまだ続く。
さてさて, いくぞ 次章。
折角だから(!), キリスト教はじめアブラハムの宗教を中心に「宗教」関連 note 特集
キリスト降誕の地であるベツレヘム訪問 38周年記念 note(だったのか, 笑), 折角だから角を折って(意味不明), これまでの note 投稿の中から キリスト教中心に 宗教(特にアブラハムの宗教)に関連するものを適当に選んで .. そうだった, 宗教に少しでも関係する note はこの中に収録してあるから(だから 批判モノばかりじゃない),
ここからテキトーに選んで, まずは「クリスマスの真実 〜 イエス・キリストのこと知ってる?」
Cheer up, Brian. You know what they say .. Some things in life are bad. They can really make you mad. Other things just make you swear and curse. When you're chewing on life's gristle, don't grumble, give a whistle. And this'll help things turn out for the best ... And always look on the bright side of life, always look on the light side of life ♫
脱線した ♫
無神論者が好きな クリスマス・ソング 〜 7時のニュース/きよしこの夜, ハッピー・クリスマス(戦争は終った)
ぜんぜん「宗教」っぽくない, 「宗教」臭さがない クリスマス・ソング, Happy Xmas (War Is Over) ♫
さてさて, 次は,
フィレンツェ, ヴァチカンで想起するガリレオ・ガリレイ, ヨハネ・パウロ2世 〜 しかし あの シネイド・オコナー も, 結局は「宗教」かよ!
クリスチャンでない者が、クワイアの一員としてブラック・ゴスペルを歌うことは可能か? 〜 前説 と 本編
ポール・サイモンの「アメリカの歌」はけっこう キリスト教 絡み, "Oh, we come on the ship they call the Mayflower" だけでなく, メロディのオリジンも ♫
そもそも, ポール・サイモン作の歌には意外と(?)キリスト教 絡みの歌がある。
Blessed ♫
Duncan ♫
同じく Duncan ♫
ポール・サイモンから離れて,
ビートルズ "Let It Be" の Mother Mary は いわゆる「聖母マリア」のことではないにもかかわらず(笑) ♫
"When God Mad Me", ニール・ヤング ♫
アメリカ合州国の正真正銘 バカバカしい「イスラエル愛」は, そのかなりの部分がアメリカの人口の 1/4(8,000万人!)を占める 福音派キリスト教徒のそれに影響を受けてるから, ここでは宗教そのもののことはあまり書いてなかったと思うけれど, この際これも!!
ボブ・ディランが キリスト教 〜 ユダヤ教にもっとも傾倒していたとされる時期に書いた, 書いた時期のタイミングと共に, 恥知らずのイスラエル支持ソング
>> しばし, イスラーム関連
宗教と表現の自由に関するメモ 〜 フランス文化・宗教学者によるフランス「斬首事件」論考の読後感想と私見
「アラーが、ムスリムを虐待する中国に、新型コロナウイルス を送った」、そう主張する人間が愚かなのか、それとも元々、彼にそう思わせる宗教そのものに愚かさが内在しているのか。
原理主義のバカどもが破壊した人類の遺産 パルミラ遺跡(現代のシリアにある遺跡), 在りし日のパルミラ遺跡を 1983年911 に訪れた,
ペトラ遺跡(現代のヨルダンにある遺跡)のエル・カズネ(宝物殿, 神殿)の像は, 首がない。後代に生まれた「宗教」の信徒が教えに従って偶像崇拝はダメだからとやったのなら(まぁいつの時代の所業なのか次第で現代からの評価は多少変わるけれども), 本質は 2001年のターリバーンによるアフガニスタン・バーミヤン渓谷の仏像の破壊, 2015年から2017年にかけての IS「イスラム国」によるシリア・パルミラ遺跡の破壊などと似たようなもんかな。
次, 「イラン・イスラーム革命」批判が多少とも入ってる = イラン革命(1979年) 〜 1983年8月, トルコ・イスタンブールで同宿したイラン人兄弟から聞いた話を, 当時の旅日記で振り返る:タイトル上の写真は 1983年11月16日のイラン・イスラム共和国の首都テヘラン市街(筆者撮影)
イラン・イスラム共和国を旅した時の話
ハマースのこういう「宗教」原理主義もいただけない。つくづく, いただけない。これじゃまるで サウジアラビア や ターリバーン。
911 アメリカ同時多発テロを振り返る, シリーズ 3本(タイトル写真にパルミラやエルサレム, アンマンで撮った写真を使ってるけど, 勿論あの 911 の下手人の中にはシリア人もパレスチナ人やユダヤ人もヨルダン人も含まれてません, 念の為!)
*以下, リチャード・ドーキンス の 講演を取り上げているが, その後, ドーキンスはクソ野郎だと改めて認識するようになったので, その下に参照 note リンクを付けておく(2023.12.23 加筆)。
911 を取り上げて「宗教」絡めるなら, 折角だから note 特集から一瞬離れて 〜 911 はあなたをどう変えたか?「ばかばかしい敬意を払うのは皆さん もうやめにしましょう」(リチャード・ドーキンス): 28:56~ People are always going on about, "How did September the 11th change you?" .. Well, here's how it changed me. Let's all stop being so damned respectful.
*その後, リチャード・ドーキンス については, 奴は 実は 正真正銘 クソ野郎だと改めて認識するようになったので, 参照 note リンクを付けておく。以下の note の「前説」の次の次の章に, ドーキンス と訣別する為の「さらば, リチャード・ドーキンス」の項あり(2023.12.23 編集・加筆)。
note 「西洋」の 欺瞞 と 偽善 〜 さらば バーニー・サンダース, さらば リチャード・ドーキンス, くたばれ ユヴァル・ノア・ハラリ, くたばれ ボブ・ディラン, ついでに言うと, ぼのぼの は好きだが, U2 の ボノ は最低だ
さて,
さらに続けて, 911 絡み。
911 から10日後(一部 歌詞和訳) 〜 トム・ペティ, ニール・ヤング, スティーヴィ・ワンダー, ポール・サイモン, そして ロバート・デ・ニーロ
911 〜 ハナミズキ(一青窈), リチャード・ドーキンス 〜 Teach Your Children (CSNY) 〜 ハナミズキ, Our House (CSNY)
次, これも イスラームだけのことではないけれど = 3.11 と、そしてこの日に絡む 「宗教」 に関わる思い出と
自然災害の犠牲者を「彼らは神を信じてないからその報いだ」と語る(一部)宗教信者の愚劣さ
そのかわりと神は言った。「おまえたちに空っぽをあげよう」
Imagine there's no countries. It isn't hard to do. Nothing to kill or die for. No religion, too ... Imagine all the people living life in peace... You... ♫
Neil Young による, オリジナルと一箇所歌詞が異なるカヴァー; そして John Lennon のオリジナル。
というわけで, 何となく パレスチナ/イスラエル問題に戻ってきた。アブラハムの宗教の「聖地」が ワンサカあるあの地に, 政治や公的教育がどの宗教にも制約を受けない無宗教・世俗主義の一つの民主的な国ができれば, それは人類の大いなる進歩につながるのではと現実的に「想像」してみる(当然ながら其処に住む人たちの意思で決まることだけれど, しかし少なくともパレスチナ人の土地がイスラエルのシオニストたちによって不当に奪われるなどという人間の手による悪事が無くならなければ話にならないけれど; 「盗むな」せめてモーセの十戒 守れよ)。
ここから先は,
音楽 ♫
クリスマスにはまだ早いけど, ベツレヘム の場所柄で 〜 S&G 「きよしこの夜 / 7時のニュース」 ♫
これはほんと, 美しい曲(ドイツ語原題 "Stille Nacht", 英語 "Silent Night", 邦題「きよしこの夜」のカヴァー)。以下, これの第3章を転載 ♫
当初 YouTube リンクを置いていた ヴィデオ 2つとも, その後, 「お住まいの地域では著作権上の問題で権利所有者によりブロックされています」と出るようになった為, 以下の S&G のクリップに差し替えた(2023.12.23 編集・加筆)
"7 O'Clock News/Silent Night" from Simon & Garfunkel's 1966 album Parsley, Sage, Rosemary and Thyme ♫
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ところで,
キリストの降誕については新約聖書の「マタイによる福音書」と「ルカによる福音書」のみに書かれているようで 〜 バッハ「マタイ受難曲」 ♫
「マタイによる福音書」や「ルカによる福音書」によると, キリストはベツレヘムで処女マリアの子として生まれたんだそうだ。処女マリアが身籠る。そ, それは有り得ないよなぁ。有り得ない。でも有り得ないはずのことを科学的証拠無しで信じる, それが「宗教」なのです。そんなコトの真偽はともかく,
音楽として聴ける, というか ドイツ語の歌詞の意味が聴き取れないからこそ無神論者のノン・クリスチャンでも(*4)聴けるのかもの, 「マタイ受難曲」♫
ところで, ユダヤ系アメリカ人のミュージシャン Paul Simon の 1973年リリースのアルバム "There Goes Rhymin' Simon" (*3) 収録曲 "American Tune"(邦題「アメリカの歌」)のメロディの元ネタはこの Johann Sebastian Bach による "Matthäus-Passion", 「マタイ受難曲」だという説がある。しかしこれにはもう一つ説があって, それは「アメリカの歌」のメロディ・ラインの元ネタはバッハと同じくドイツ人の Paul Gerhardt という人が 17世紀に作曲した讃美歌 "O Haupt voll Blut und Wunden" だというもの。ところがその賛美歌自体が実は元ネタを持っていて, やはりドイツ人の Hans Leo Hassler という人が 17世紀初頭に恋愛の歌, つまりラヴ・ソングとして作曲した "Mein G'müt ist mir verwirret" なんだと。言わばその非宗教的な歌, 世俗の歌をリメイクした宗教音楽, 讃美歌である "O Haupt voll Blut und Wunden" のメロディをベースに, ポール・サイモンの微妙に(というか, なかなかに)キリスト教絡みの歌詞になっている「アメリカの歌」のメロディは作られていると。
一方で, バッハの「マタイ受難曲」も元ネタは讃美歌 "O Haupt voll Blut und Wunden" だというコトらしく, そういうわけでポール・サイモンの「アメリカの歌」のメロディの源流を辿る時の二つの説は実は互いに絡み合ってることになるというわけで。
その辺のことをざくっと, 以下の note *1 の最後から2番目の章 この歌のメロディについて、少々 や, note *2 の第7章 アメリカの歌、その源流 に, それぞれ音源を付けて書いてます。
*1 アメリカの歌 ー Paul Simon "American Tune" (拙訳) ... 「拙訳」とは note 上でそんな自虐表現をしてた時期に書いてしまったけれど, けっこう 良薬は口に苦し, じゃなかった「良訳」.. かな?
*2 アメリカの歌 〜ピルグリムの船・メイフラワー、植物のメイフラワー、そしてナサニエル・ホーソーン「緋文字」を巡る不思議(?)な展開
*3 「アメリカの歌」収録アルバム 〜 1973年5月5日リリース, ポール・サイモンのソロ 3作目 "There Goes Rhymin' Simon" ♫
以下は, 本 note(今日のこの note)の本章冒頭 2段落目, 「無神論者のノン・クリスチャンでも(*4)」絡み。
*4 クリスチャンでない者が、クワイアの一員としてブラック・ゴスペルを歌うことは可能か?
上掲 note の前編は,
おまけ, キリスト教会にてノン・クリスチャン一家が ブルーズ を歌った日 〜 ブラック・ゴスペル・ワークショップに初めて参加した年2001年, その年の11月に, 同じキリスト教会で 我が「無神論者」一家3人で ブルーズ を歌ったのさ, の巻 ♫
そういうわけで(どういうわけだ?), There but for the grace of God go I ではなくて 〜 There but for the grace of you go I
さてさて, 今日も今日とて, もう一曲!
キリストの降誕については新約聖書の「マタイによる福音書」と「ルカによる福音書」のみに書かれているようで 〜 スザンヌ・ヴェガ「ルカ」 ♫
なんたって曲名が「ルカ」なんだからね。
Luka 〜 from Suzanne Vega's 1987 album "Solitude Standing"
*一般社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)より「著作権を有する音楽著作物の著作権を侵害している」旨, 指摘を受けた為, 当初 私の誤認識によりここに掲載していた英語歌詞を削除しました。歌詞に関心のある方は, 公式サイト等に掲載されているものを確認してください(2022.8.31 加筆/削除/編集)。
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