見出し画像

クリスマスにチキンではなく、ビーフを販売した試食販売員(マネキン)

今でこそあまり見ないが
私が大学生の頃、求人情報に【試食販売員募集】という文字をよく見掛けた。
基本的に派遣である。

・未経験者も歓迎
・時給が高い
・自分の空いた日にバイトができる

というのがウリだった。

 
 
私は大学生時代、遠くの大学に通っていた関係があり
ガッツリバイトができなかった。

週に2~3回レギュラーで家庭教師をしつつ
短期のバイトをちょこちょこしていた。
家庭教師 + 土日限定でめがね屋のクーポン券を配るバイトをしていた時期もあったが
やがてめがね屋さんが閉店し
クーポン配りのバイトは終わりを告げた。

 
家庭教師は、生徒の受験が終わったり、生徒の都合日に家庭教師ができないと、バイトは終了となる。
確か大学三年生だか四年生の時だかに家庭教師のバイトは一区切りした。

 
大学四年生は就活や卒論で忙しなかったが
塾の内定がきっかけで、夏期講習から塾でバイトをすることに決まった。
夏期講習の後は受験生の少人数クラスを担当することになり
塾でバイトをしつつ、短期のバイトを相変わらずちょこちょこしていた。

 
 
だが、就活や卒論が一区切りつくと、大学四年生は時間を持て余す。
恋人がいない私は暇だった。
何かいいバイトはないかと探していた。

そんな時に、前々から気になっていた試食販売のバイトをしてみることにした。
私は求人情報誌を片手に、書いてある電話番号に電話をした。

 
確か、面接会と説明会が同じ日で
私を含め複数人の女性か会議室に通され
試食販売マニュアルを渡され
今後の流れの説明がされたと思う。

 
毎月、決められた日までに、一ヶ月分の自分の空いている日を派遣会社にメールで送り(基本的には土日のバイトだが、平日も予定が合えば仕事あり。特に春休み、GW、夏休み、冬休み、祝日は仕事がある。祝日手当てもあった)
その後、試食販売の仕事がある日をメールで送り返され
両者合意の後、自宅に試食販売の資料が届いた。
資料が多い場合は郵送で、少ない場合はファックスだったと思う。

 
試食販売のバイトは、様々なメーカーの新商品・期間限定のPRや、抽選会イベント係、指定商品購入者にプレゼントを渡す係がメインになり
思ったよりも試食販売の割合は少なかった。

試食販売のバイトはマネキンと呼ばれることを
採用されてから知った。
家庭教師や塾講師時代、先生と呼ばれた私は
試食販売をするようになり
マネキンさんと周りから呼ばれるようになった。

だから大学四年生の頃は
先生であり、マネキンさんでもあった。

 
 
忘れもしない、初めてのマネキンさんとしてのバイトは、アサヒビールのクリアアサヒの販売だった。
キャッチコピーは「きれいな味の発泡酒」である。

全くビールを飲まない私が
試食販売のバイトに応募して
まさか最初に行う仕事が、新商品のお酒のPRとは全く思わなかった。

 
事前にもらう資料には、商品の良い点がたくさん書いてあり
キャッチコピーも載っている。
試食販売員が言う台詞は、基本マニュアルがあり、資料マニュアルに載っている、複数キャッチコピーをひたすらに言う。
お客様に尋ねられたら、新商品の良さを答えられるようにしておかなければいけない。

実際はビールの一滴も飲めなくても、だ。

 
 
私が登録していた派遣会社は公的機関以外を使ってバイト先に行くことが禁止されていた。
車社会の我が県にとって、効率の悪いことこの上ないが
事故に遭ってバイト入りが遅れる可能性を潰すためらしい。

電車も人身事故の可能性があるような……

と、内心思ったが
ルールに従い、基本的に電車とタクシーで移動した。
どの公共機関を使うかは派遣会社から指定され、交通費は全額支給される。

 
試食販売員は、白シャツ、黒スーツスカート、黒の革靴、三角巾(白でも柄つきバンダナでもよい)、黒のエプロンが基本で、自前であった。
冬はこれに、黒、白、茶、灰色セーターを羽織っても良い。

メーカーによっては、キャンペーン時に衣装を指定し、かわいらしい衣装を用意してくれた。
紅茶の試飲やアイスの試食販売時は、かわいらしい制服だった。

 
 
試食販売時間は7.5時間~8時間勤務である。

まず、試食販売に行く前々日までにお店に電話し、試食販売に行く旨や必要な資材の有無確認を話し、準備を依頼する。
担当者の名前も確認する。
 
当日朝は、電車とタクシーで指定された店舗に行き、バックヤードから中に入る。
毎回違う店舗なので、大きいお店だとバックヤードを探したり、辿りつくまでが一苦労である。

警備員や受付の方に挨拶し
ロッカールームの場所を聞き
試食販売の格好に着替えた後
担当者の方を探す。
 
 
挨拶をした後は、滑車付きミニテーブルや発泡スチロール等を借り
店舗のどこで試食販売等を行うかを尋ねる。

 
場所を確認したら、お昼休憩で抜ける時間や終了時間を担当者に伝え
後は一人で準備に入る。
ノルマはないし、ノルマが給料に響くことはないが
中間報告として
昼食時間に入る前に必ず売り上げを電話報告しなければいけない。

その際、新商品だけでなく、そのメーカーの他商品の売り上げも報告義務があるので
朝一で準備する段階で、必ず在庫数をチェックしておかなければいけない。
メモは必須である。

 
基本的にはお店の方が口出ししたり、注意することはないが
たまにお客さんに混じって、派遣会社の方が様子を見に来ることがある(洋服や髪型も変えてくる)ので
気は抜けない。

 
基本的に残業代は出ないので、指定時間には片付け完了できるようにするが
バックヤードで着替えた後に、担当者からサインをもらわねばならず
担当者が帰り際に見つからなくて苦労する……
ということが多々あった。

タクシーは呼んでもすぐ来ないし
電車の本数が少なかったりすると
駅でひたすら待つこともある。

   
帰宅後、派遣会社に最終売り上げ報告書を記入(お客様の年齢層や性別、お客様の反応等事細かに書く)し
メール便で期日以内に送ったり
備品を借りた場合は期日以内に郵送したりして

試食販売の一日は終わる。

 
時給が高いし、一日でまとまった金額は入るが
売れない商品や人が少ない店舗に当たった場合はなかなかに暇だったり、気まずいし
駅での待ち時間や帰宅後の諸々を考えると
拘束時間はなかなか長いかもしれない。
立ちっぱなしだから足はむくむし
「いらっしゃいませ~ただいま試食中です。どうぞお気軽にお立ち寄り下さい。」等常に声を上げるので
喉がやられる場合もある。

 
だが、私は試食販売のバイトが好きだった。

待ち時間中は読書をすればいいし
家庭教師時代も毎月報告書をファックスしていたし
それらはそんなにはデメリットに感じなかった。
毎回新しい商品やお店に出会え
お客様と触れ合えるのも楽しい。
基本的に一人で販売しているから
休憩時間もとりやすい(生理時はありがたい)し
自分のペースで仕事ができるのは性に合っていた。

 
スーパーによっては毎月もしくは定期的に行ったが
大抵は一期一会だった。
だから店員やお客様から多少嫌な思いをさせられても
「今日だけの付き合い。」と割り切りやすかった。

 
試食販売は大抵、その週の土日で同じ店舗で同じ商品を売るが
土日で違う店や商品の場合もあった。
派遣会社から送られてくる、【●日は●●を売って下さい。】というお知らせに
私はワクワクした。

 
アサヒビールに始まり、お酒ならキリン、サッポロビール、ボジョレーヌーボーのワインを販売した。
飲み物なら牛乳、野菜ジュース、紅茶、緑茶、ウーロン茶、青汁を販売したし
乳製品なら、チーズ、ヨーグルト、アイスを担当した。
お菓子なら、チョコ、煎餅、クッキー。
食品なら、ナス、味噌、ゴーヤ、ちらし寿司、ウナギ、肉を担当した。

 
試食販売バイトをした三年間
私は県内中をあちこち旅するように移動し
様々なお店で試食販売をした。
【県外手当てが出る。人出が足りない。】と言われたら
早朝から県外でも試食販売をした。
県外は日給は一万円以上だし、お客様はたくさんいた。

試食販売はお客様がいない方がしんどい。
暇で仕方ないし、ある程度試食販売物は用意しておかなければいけないし、ある程度時間が経ったら廃棄だ。

だから、お客様がジャンジャン来てくれた方がありがたかった。
どうせノルマはないし、給料に響かないのだから
試食だけでもいいから、人が群がる方が私にはありがたかった。

だから朝早くても
県外試食販売の依頼は好きだった。

 
試食販売中、一番しんどかったのは
なんといっても青汁販売だった。
7.5時間のバイト中、お客様は20人未満。
試飲をした人は5人。
同情されたのか、5人中に2人も青汁を買ってくれて
非常にありがたかった。
ファミリーパックの青汁で、500円以上する品だったのだ。

私が人生で初めて飲んだ青汁はこの時だし
飲みやすいとも思ったのもこの時だし
あまりに暇すぎて、このバイト中に物語を完成させたのも
印象深い。

 
 
試食販売は、季節感を感じた。

春はひな祭り名目でちらし寿司を、花見名目でビールを売り、
母の日では商品購入者にカーネーションを配布した。
夏は土用の丑の日名目でウナギを売り
秋はビールお買い上げの方に、サンマやマツタケ等の秋の味覚が当たるキャンペーンを実施し
冬は売り上げが下がるアイスを売り、クリスマスに向けて肉を焼いた。

 
 
 
これは、試食販売二年目の12月の話だ。
私は派遣会社の人に頼み込まれた。

 
派遣会社「真咲さん!お願い!クリスマスに肉を売ってくれない?クリスマス手当てつけるから!!

みんな、クリスマスドタキャンしちゃって困っているの。」

 
私「私はクリスマスに予定ないので、大丈夫ですよ。シフト入れます。」

 
私は初彼と別れた上に失恋を引きずりまくり、バイトをひたすらに入れていた。
初彼とは遠恋だったし、初めてのお付き合いで、お金はひたすらにかかると学んだ。
デート代だけではない………デートするとなると、新しい服や靴やメイク用品が必要にもなるのだ。
私は恋愛があんなにお金がかかると思わなかった。

 
いつ新しい彼氏ができてもいいように
フリーの時こそお金を稼ごう!
そして次の恋愛にかけよう!

 
私はポジティブにそう考えていた。
時間や暇な瞬間があると、すぐに私は元彼を思い出した。
学校やバイトで忙しければ忙しいほど
誰かと交流すればするほど
私は一時でも彼を忘れられた。

 
そんな中での、ロンリークリスマスだった。

 
 
クリスマスといったらチキンのイメージだが
私は何故かビーフを販売した。
タスマニアンビーフだ。

タスマニアって言ったらタスマニアンデビルだよな…
あれ?タスマニアってどこだっけ?
しかしなんでチキンじゃなくてビーフ……
なんでまたビーフ………

と思いつつ
私は試食販売の準備をした。

 
 
マネキンさんはミニまな板とミニ包丁、キッチンハサミを自前で用意し(買う場合は100均推奨された)
持参するが
ホットプレートは各お店から借りる。

余談だが
この時買ったミニまな板、ミニ包丁、キッチンハサミは未だ現役で大活躍で
大変重宝している。

 
今回はビーフだったので、キッチンハサミでチョキチョキし
どんどんホットプレートで焼いていった。
肉の焼ける美味しそうな匂いが店内に広がる。

たまたま、クリスマスの日のお店は活気があるお店で
あっという間に人だかりができた。

 
「ただいま試食販売中です。クリスマスにタスマニアンビーフはいかがでしょうか?」

 
お客様はたくさんいたから
いつもみたいに声を張り上げる必要はなく
普通に会話するくらいの声量で
話しかけながら、私はどんどん小さな一口皿に肉を入れる。
焼き肉のタレで味をつけ、爪楊枝をさす。

 
肉は瞬く間になくなる。
焼いても焼いても、次から次へとお客様がやってきて肉を食べ
次から次へとかごにタスマニアンビーフを入れていく。

 
何これ!
楽しい!
私、クリスマスに一人でタスマニアンビーフを売ってる!
チキンじゃなくてビーフ!
しかも、タスマニアンビーフ!
冬なのに汗だらけ!
お客様がたくさんいる!
みんな、イルミネーション行かないの?
みんな、自宅でクリスマス?
チキンじゃなくていいの?
タスマニアンビーフでいいの?

ありがとう!
試食してくれてありがとう!
試食だけではなくて、お肉を買ってくれてありがとう!

今、ここにいる人、みんなありがとう!

 
 
8時間はあっという間であり、売り上げは予想以上で、派遣会社からも企業側からも喜ばれ
バイト代はかなりの金額だった。

 
彼氏がいない時は、クリスマスは働くに限るな!

 
私はバイト後に、ガッツポーズだった。

 
 
 
試食販売三年目になると、派遣会社の人からスパイの仕事を頼まれることもたびたびあった。

「真咲さんはしっかりしてるから、頼もしいの。」

と言われたが
私の性格を買われたか
三年目でベテランだからか
派遣会社に人がいなかったか
真実は定かではない。

 
 
スパイの日は、私は私服で指定されたスーパーに行く。
県内外、一日2~3箇所のスーパーを回る。
私は同じ派遣会社の方の仕事ぶりを客のふりをして、こっそり派遣会社本部に密告する役だった。

私の演技力が試される!
スパイ楽しい!!

私は事前に行き先を知らされず、派遣会社に密告するたびに指示をされた。
サプライズなバイトなのだ。

 
「次は●●に移動してください。」と言われて、何も言わずに立ち去る場合もあれば
「正体を明かして、○○と伝えてください。」と助言だけする場合もあれば
「正体を明かして、●時間だけ真咲さん、ヘルプに入って。試食販売のやり方教えてあげて。」と言われる場合もった。

 
 
ヘルプに入る場合は、私はササッとスーツに着替え、話しかける。

「私、●●(派遣会社)の真咲です。上からの指示で、ヘルプに入るように言われました。今日の商品情報や仕事内容見せてもらえますか?

(資料を読み)……なるほど、分かりました。じゃあ、ここからは二人でいきますよ。」

 
「いらっしゃいませ、こんにちは~!本日●●会場で試食販売実施中です。本日大変お買い得となっておりますが、いかがでしょうか?皆様、ぜひお立ち寄りください(営業スマイル)。」

 
派遣会社本部でもない私が先輩面をして、偉そうにスパイしたり、指導したり、助言するのだから、なんだか愉快だった。
私が試食販売の時、派遣会社の方や企業側から挨拶されることはあったが
こんな展開は私はなかった。 
だから、スパイを任されるのは、仕事ぶりが誰かには認められたからなのかもしれない。
それは、やりがいにも繋がった。

 
ノルマがないから、自分の試食販売の腕はどのくらいだったかは分からない。
店舗や商品によって客足が異なるから、比較は非常に難しい。

 
だけど私は試食販売のバイトをした三年間は
確かに楽しいものだった。
適職だとも思った。

 
 
やがて福祉職で内定がもらえ
学生生活の終わりと共に、試食販売のバイトは終了した。

私の学生生活最後のアルバイトが
試食販売のマネキンさんだった。

 

 
 
 
 
社会人になってから、至る所で試食販売の方を見掛けた。
見るたびに、私はかつての自分を重ねた。

商品買わないにしても、人が来てくれるだけで嬉しいんだよな……

私はそう思い
よく試食販売の方の元へ行った。

 
どうせ時間が経てば廃棄だし、人気がない試食販売こそ行くべきだ。
試食販売の方も、案外押し売りはしない。
試食をした方を見送るだけなのだ。

 
 
幼い頃、私は試食販売が好きだった。
小腹が空いた時に置かれた一口のお肉なんかは
本当に一口分だったけど
いちいち美味しくて、幸せだった。

その体験や喜びがあったから
私は試食販売のバイトを選んだし
実際、試食販売のバイトは楽しかった。

 
嫌なお客様や店員さんもいたけど
本当にごく僅かで
大抵はお客様も店員さんも優しかった。

小まめに行くスーパーでは
「真咲さん、今月も来たね!」なんて名前も覚えてもらえて
みかんやお菓子をもらったり
雑談をしたりもした。

 
試食販売で行ったお店のほとんどは、我が家から車で30分以上だった。
だから、バイトが終わってから行かなくなったお店ばかりだし
よくしてくれたお客様や店員さんとも
バイト終了を機に、会わなくなった。

 
 
 
社会人として働くようになってからも
私は求人情報を見ることが好きで、よく見ていた。
世の中にある色々な仕事を知ることが好きだった。

 
私が大学生の頃
当たり前のようにあった試食販売募集の文字は
いつしか求人情報誌で見掛けなくなった。

ネットで募集していたり
企業側で募集しているのかもしれないが
求人情報誌では全く見なくなった。

 
もしも私が数年遅れて生まれていたら
私は試食販売のバイトはできなかったかもしれない。
そう思うと
あの時代に生まれてよかったと心から思う。

 
 
 
「恋人がいないクリスマスは、バイトするに限る!」と思って荒稼ぎした一年後
私は新たな恋人と、クリスマスイブに神戸でロマンチックなデートをした。

 
まさかタスマニアンビーフを汗だらけで販売していた頃
一年後にそんな未来が待っているとは思わなかった。

「今年のクリスマスはシフト入れません。」と告げた時
すっかり仲良くなった派遣会社の方からは「デート?彼氏できたんだね!おめでとう!」と喜ばれた。
恥ずかしかったが、まんざらではなかった。

バイトに燃えるクリスマスもいいが
やはり恋人と過ごせるなら、そのクリスマスこそが最高である。

 
 
 
今年は友達や家族と過ごしたり、連絡を取り合ったクリスマスだった。
今年は恋人はいないけど、一緒に過ごせる方や連絡を取り合える方がいることは幸せである。

来年はどんなクリスマスになるかな。




 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?