見出し画像

ビロードの掟 第4夜

【中編小説】
このお話は、全部で43話ある中の五番目の物語です。

◆前回の物語

第二章 夜の遊園地(1)

『おいっす、凛太郎。お前、ちゃんと息してるか?』

 8月22日の日曜日、突然池澤からLINEで連絡が来た。

 池澤は大学時代凛太郎がよくつるんでいた友人の一人だった。連絡を続けるうちに池澤が実際に会って話したいことがあるというので、他の一緒につるんでいた友人たちも含めて久しぶりに飲みにいこうということになった。

 ついこの間同期の荻原が会社を辞めたばかりだったので、悪い知らせではないといいなと考えていた。待ち合わせは、都内某所でどこでも見られるような安いチェーン居酒屋である。築何十年は経っていそうな古びた雑居ビルの中に店はあった。

 出かける直前、好きなアーティストがテレビに出ており凛太郎は思わずしばらく見入ってしまった。yuriという最近やたらとメディアで引っ張りだこになった歌姫。伸びやかで透明感のある歌声、ストレートな歌詞が若い世代に受けているらしい。

 かくいう凛太郎も、その虜になった一人だった。その後ろでは何人ものダンサーが生き生きとした顔で踊っている。おかげで思わぬ足止めを食らい、待ち合わせ時間から5分ほど遅れる形でお店に到着した。凛太郎が店の中に入ると、もうすでに凛太郎を除く4人の男女が席に座っている。

「おお、凛太郎。お前、遅いよ。待ちくたびれて先に乾杯しようかとみんなで相談していたところよ」

 凛太郎がテーブルについた瞬間喋りかけてきたのは小野寺進である。彼は大学時代、柔道部に所属していた。がっちりした体型で、どこにいてもその存在感で目立った。同じゼミを受けていて、授業出られなかった日に凛太郎はよく彼にノートを見せてもらっていた。

「悪い。電車を一本乗り過ごしちゃったんだ」

 凛太郎は顔の前で手刀を切る。小野寺を正面から捉えると、自然とお腹に目がいってしまった。

「ん?ああ、お前変な目で見るなよ。リバウンドってやつよ」

 小野寺はぽんぽんと自分の腹を叩く。そこにかつての引き締まった肉体の面影はなかった。聞けば今営業で、毎日飲み会に駆り出される日々らしい。思わずその様子を見て凛太郎は笑みがこぼれた。それと同時にいつも身なりに気を遣っていた荻原との対照的な姿に少し戸惑った。営業にもそりゃいろんなタイプがいるもんな、と考える。小野寺の横には、ほっそりとした顔立ちの女性がちょこんと座っている。

「相田くん、久しぶりだね。なんか少し線が細くなった?」

 芹沢さんだった。凛太郎たちのグループの中でも一際煌びやかな雰囲気を纏っていた女の子。凛太郎の友達の中にも彼女のことを好きな人が片手には収まらないくらい存在していたはずだ。念入りに整えられたと思われるカールした髪、凛とした雰囲気のイヤリング、クリーム色のトップスと淡いブルーのスカート。彼女はますます美しさに磨きがかかっていた。凛太郎が思わずハッとしてしまうくらい。

「ああ、僕は逆に昔よりあまり食べなくなっちゃったから。たまに仕事忙しいとご飯平気で抜いちゃうからさ」

「お前、俺への当て付けか!」

 小野寺が凛太郎にふざけた様子で、がっしりした腕で首をロックしようとしてくる。それを絶妙に交わしながら、空いている席へと腰を下ろした。店員がやってきて注文を聞いてくる。「ビールお願いします」と言うと、5分も経たないうちに目的のものが目の前に運ばれてきた。

 小野寺の乾杯の音頭と共に、みんなでカチカチとグラスを合わせる。小野寺と芹沢さんの他に来ていたのは、グループのムードメーカーであった神木、今回この会を主催した池澤、宝塚にいるような顔立ちをした栗木の3人。

 不思議なことに、人は群れを作るにあたり自分にないものを求めるものらしい。見事に凛太郎が属していたグループは一人として似たような性格の者はいなかった。だからこそ、それなりに仲良く日々を一緒に過ごせたのかもしれない。

<第5夜へ続く>

↓現在、毎日小説を投稿してます。


末筆ながら、応援いただけますと嬉しいです。いただいたご支援に関しましては、新たな本や映画を見たり次の旅の準備に備えるために使いたいと思います。