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ビロードの掟 第33夜
【中編小説】
このお話は、全部で43話ある中の三十四番目の物語です。
◆前回の物語
第六章 白猫とタンゴ(5)
水曜日はちょうど週の真ん中に位置し、まだ休みまで数日あるよと思うのか、あと数日しかないと思うのか微妙な日である。
桜が散り終わった4月中旬の夜、突如彼女から連絡が来た。
「優奈」という表示が出てきた時には思わず飛びつくくらいの勢いで端末を握りしめた。例年に比べて桜の開花が遅くなるという話をニュースキャスターがその横で真剣な顔をして話をしている。
彼女からのLINEにはただ一言、『今から電話できますか?』とだけ書いてあった。
『はい、大丈夫です』と返信すると、すぐにスマートフォンがぶるぶると震え、驚いた拍子に凛太郎は電話を落としそうになった。
「もしもし」電話に出た時、若干凛太郎の声が震えた。返信の直後に電話が来るとは思っておらず、心の準備ができていなかった。
対して電話を掛けてきた側の優奈は、どこか余裕のある声の調子だった。
「こんばんは」
凛太郎は気持ちを落ち着かせるため、一拍置いて「こんばんは」と返す。
「なんか、こうして凛太郎くんと電話するの新鮮だね」
彼女の調子には連絡を数ヶ月怠ってしまったことに対して、詫びる気持ちが微塵も感じられなかった。それくらい自然な雰囲気で連絡をしてきたのである。凛太郎はどんなスタンスで彼女と話すべきかよくわからなくなっていた。
「そうだね、なんかいつもと勝手が違うから戸惑うよ」
電話の奥で優奈がふふっと笑う声が聞こえてきたような気がした。
「連絡遅くなってごめんね。こっちも色々ゴタゴタしてた。凛太郎くん、芹沢さんと話をしたんだ。それじゃ彼女から大体のことは聞いたのかな?」
「──うん、おそらく」
「そっか」彼女は、電話の奥で少し考えているような素振りを見せた。
「わかった。まあいつかこの日が来るのかな、とは思っていたけど。そしたら4日後の夜10時に、会えるかな?あの、いつか行った海で待ってるから。そこであなたは優里に会える」
一瞬、凛太郎は彼女が口にした言葉の真意を測りかねていた。「ソコデアナタハユウリニアエル──」
一方で、優奈の声を聞いて何か悟ったような気持ちになっていた。彼女が何を凛太郎に伝えようとしているかを。でも本当に優里に会うことができるのだろうか。そして仮に再び会えたとして自分は彼女に対してどんな言葉をかけることができるのだろうか。
「──わかった。絶対行く」
「うん、ありがとう。あ、あとそれから、あの時にあなたがもらった小さな白い招き猫持ってきてもらえるかな?それが鍵になってるからさ」
はて、あの時とはいつのことを指しているのだろうか。それに、小さな白い招き猫とは──。
「ごめん、頭の理解が追いついてない。あの時っていつのこと?」
優奈が一瞬息を吸う気配があった。続けて、「あなたが実在の優里と会った時のこと」と言った。
はていつのことかと凛太郎は逡巡したが、しばらくしてああ、あの時とは遊園地に行った夜──この時の出来事はタチの悪い夢だと思っていたが──のことを指していて、白い招き猫とは射的でもらったやつか、ということに思い至る。
だがなぜ優奈が白い招き猫をもらったことを知っているのだろう?彼女は遊園地にいなかったはずだし、白い招き猫なんて凛太郎自体忘れていたものだったのに。
彼女が知った経緯も含めて問い質そうとしたが、同時に聞いても意味をなさないような気がした。迷った結果、凛太郎は自分の疑問とは異なる言葉を口にした。
「了解。忘れないように持っていくよ」
遊園地の時に手に入れた白い招き猫は凛太郎の机の上にちょこんと鎮座している。
何かを誘うように左手を上げていた。手が耳より高く上がっている場合は、より遠くの人脈を招くのだと祖母が昔言っていたことを朧げに思い出す。
「うん、よろしくね」そう言って、優奈からの電話はぷつっと切れた。
*
約束の日の前日、凛太郎は寒さで目を覚ました。
エアコンから微かにカタカタという音が聞こえてくる。暖房をつけているというのに、全くもって効果を発揮していない。夏に調子が悪かったので一度修理に出したがどうやらあまり効果がなかったらしい。
もうそろそろ夜が明けるというのに、いまだに脳が覚醒していて眠りにつくことができない。3日前に優奈と会話した時のことを思い出す。明日の夜に、俺は優奈と約束している海へと向かう。
彼女に指定された小さな白い招き猫を持って。
優奈によれば、それが優里と会うための鍵だという。ぼんやりとではあるが、仮に優奈の言う通り優里に出会えたとしても、もうそれは自分が知っている彼女ではないような気がした。
そのまま布団に包まっているうちに、気がつけば凛太郎は深い眠りに落ちていた。
<第34夜へ続く>
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