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僕が、初めて舞台に立った街。「(シバイハ戦ウ)第5話」

駅前の広場が、とても懐かしかった。

僕が、初めて舞台に立った街だから

「シバイハ戦ウ」稽古初日。
杉並区の稽古場はアーケード商店街すぐ先の横道を渡ったところにある。
賑やかに列(なら)ぶ店先の真裏側に、
こんなもの静かな建物があるとは知らなかった。

稽古時間より少し早く稽古場に入ってみたが、まだ「シバイハ戦ウ」のメンバーは来ていないようだ。
受付ロビーには結構人がいる。昼の区民センターにはお年寄りも多い。コロナ御時勢でのマナーだ、一所に留まり待つことは遠慮したい。

西日が、そのまま明るく建物を照らす
駅からの道のり馴染みある風情がソコとカシコにあった。懐かしさも手伝い、すこし歩こうと思った。


平成と名付けられた元年。初めての消費税が導入されるその直前、蕾を膨らませた桜が春染めを待つ頃。線路沿いにあった古い建物、阿佐ヶ谷スタジオ・アルスノーヴァという劇場があった。
17歳だった僕は高校2年の春休みに母校の卒業生たちの主催するアマチュア劇団の公演に参加した。「ディアハンター」というオリジナル作品、僕はクレイトンという名の殺し屋で台詞は一語「わかりました」だ。
クライマックスの手前の登場、先輩をピストルで撃つが避けられ手持ちのコンバットナイフ(ゴム製だった)で切り付け襲いかかる、がもみ合い、殺られる役だった。稽古も無かった。
在学中、演劇部の文化祭公演と演劇コンクールの予選でよくアドバイスに来ていた卒業生の先輩に誘われた。
「公演やるんだけど、殺し屋の役。稽古は劇場入ったらね」
新学期まで束の間の春休み。卒業式で三年生を送り出した翌週まもなく思い切って、この公演に参加することにした。

記憶に残るのは芝居のラストシーン。ここからが僕の仕事だ。出番を終えた衣装のまま舞台の裏でタバコに火をつけてもらう。もちろんお客さんにその姿は見えない。暗闇で先輩が小声で咳(せ)かす「吹かせ!ふかせ!」舞台正面の幕が両側に開き青いバックライトに主人公のシルエットが浮かぶ。リハーサルもしてないのでタイミングは、今、知ったばかり。訳もわからず先輩から渡されたタバコをふかし煙を主役の立つ舞台中央に吹きつける。反対脇でも別の先輩が同じことをしている。

そう、主人公のシルエットに淡い照明効果を足したのだ!

舞台や芸能ショーでお馴染みのドライアイス機のモクモク白いアレ、自炊のスモークマシーンと言うわけだ。

狭い小屋だ。お客さんも近い。
どれくらい効果があったかは謎だが…でも一生懸命、吸っては煙を吐いた。
味なんか、分からない。咳をしないように気を付けた。
煙草の霧?をまといながら孤独な主人公は街を去り、そして幕。
なにより舞台の効果を自分で作っているのが、愉しかった。
今思えば消防法に引っかかることしていた。いやいやそれより未成年タバコだぞ。

でもあの頃、未来だけが広がっていた。
窮屈な箱から伸びやかな想像と創造の世界に出会った気がした。もう与えられた勉強はしたくなかった。

知りたいことは、そこには無かった。

現在スタジオ・アルスノーヴァの建物はない。十数年前に「はえぎわ」の番外公演で見たのが最後だ。劇場の隣が洋食屋さんで公演本番中にハンバーグ定食を料理し食器を重ねる物音がしていた。劇場の扉を入ると目の前に螺旋階段があり、劇場小屋主さんは昔学生運動の活動家さんって聞いていた書類に囲まれた狭い部屋が事務所だった。その2階は隣の楽屋に木製の二段ベットがあり先輩がその天井にマジックで落書きをしていた。

おっと
稽古の時間だ。

畳の部屋にテツタさん、池田さん、僕の3人で台本読み。
池田ヒトシさんの低い声が室内を大気の微量な粒子を震わせて心地いい。
本読み稽古はセリフだけで人物たちの動作と意味を想像し各々(おのおの)が持ってきたイメージをそれぞれに当てて現場で混ぜてみる。そこに演出の吉田テツタさんが指示を入れていく。

低い長机を並べて10畳ほどの和室に男が3人。
壁を背に互いは距離をとり台本に向かって集中している。
さっき測った体温は平熱。

休憩、
寒気がすり抜ける開いた窓の外をみる。
あの向こうの商店街、日も暮れて暗くなった中庭を見下ろした。
暖房で部屋は暖かいのだが、空気の入れ替えは常にしていなきゃならない。

稽古帰り、名残り惜しく三人の男たちは
商店街アーケード入り口、脇の王将で乾杯をするもすぐにラストオーダー。そうだ自粛だ。

餃子の皮の歯ごたえ温かく良くニラ香り肉にタレが染みて
「コロナで、ほとんど呑みに行かなくなったね」なんて話をして
2階は僕たちの他に客は、いなかった。
隣は食べ終えた皿や食器が、そのままになっていた。最後のジョッキを飲み干すと、解散。

駅に向かう横断歩道を横切り、振り返る。

初舞台のその後も
先輩の劇団で公演をしていたここ阿佐ヶ谷。
何度となく通(かよ)ったパールセンターの
アーケードを抜ける商店街通り。
初めて主役をもらって親に見せた。
知り合いに来てもらった。

その幾年はるかは、この土地で
「シバイハ戦ウ」で今回ひさしぶりに共演する山口雅義さんとも、かつて「にんじんボーン」の人形劇公演をやったことがあったっけ。

それからも

30年を経て
旅はなくグルメでもなく
知り合いも
住んでも
いない街なのに

帰るたんびに
同志みたいに馴染んでいる
僕にとっては、芝居の街。

演劇という磁場に引き寄せられて
また、ここにきた。


シバイハ戦ウ。



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納得のいく答えなんかないけど
僕には、心躰と意思がある
動かさないのは、もったいない。





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