半竜の心臓 第5話 アクアマリンの勇者(4)
アメノの存在に歓喜し湧いた自警団と後から現れてきた村長は4人を、アメノを盛大に歓迎し、もてなそうとしたがアメノは「そんなものはいらん」ときっぱりと断り、状況の説明だけを求めた。
自分が来る前に何が起きたか分かっていない村長の顔に困惑の表情が浮かぶが自警団の誰も説明しようとはせず、アメノもヘーゼル達も説明さようとはしなかった。
村長が説明したのは以下のこと。
事件が起き始めたのは2週間前、ヘーゼルが依頼を受けた1週間前からだと言う。
夜になると何者かが村にやってきて村人を攫っていく。
それは家の中にいようと変わらない。前の晩に自警団が各家々を点呼し回ってるのに次の日は何事もなかったように消え去っている。
最初は森に住むゴブリンの仕業と思い、自警団が森の中に侵入し、以前から発見していた巣穴を襲ったがも抜けの殻だった。
家畜や作物が襲われた形跡はない。
その変わり森の中の生き物の気配が無くなっており、野鳥すらやってこない。
あまりの異質さに現在は、森に慣れた狩人ですら森に近づくことを許されてないと言う。
あまりの手掛かりの無さにリンツは嘆息する。
自警団の男達は先程とは一転して申し訳なさそうに頭を下げる。
「とりあえず失踪したと言う現場に行ってみませんか?」
ヘーゼルが言うと3人は頷き、自警団の1人に案内されて失踪した一家の家に向かう。
家の中は整然としていた。
荒らされた形跡もない。
ついさっきまで生活していたような日常の気配すら残っている。
「変わったところはないっすね?」
リンツは、眉を顰めながら家の中を見回す。
「魔法を使った気配もないっす」
ヘーゼルもテーブルの下や窓を確認するも何も見当たらない。
「ロシェ」
アメノが隣に立つロシェに呼びかける。
先程のショックが抜けきらないロシェは今だ顔色が青いものも小さな声で「はいっ」と返事する。
「何か匂うか感じないか?」
ロシェは、アメノに促され、部屋の匂いを嗅いでみる。
ロシェの行動に付いてきた自警団の男が露骨に嫌悪感を示すがアメノに睨まれ、目を反らす。
ロシェの顔が曇る。
それに気づいたアメノがロシェの顔を覗き込む。
「何か分かったか・・・」
「いえ・・でも・・そんな・・」
ロシェは、戸惑いを浮かべたままアメノの横を離れる。
アメノは、その後ろに付いていき、ヘーゼルとリンツも互いの顔を見合わせてその後ろに続く。
ロシェは、鼻をヒクヒク動かしながら2階に上がる。
2階は家族それぞれの部屋になっていらようで通路の左右に2つとびらが並んでいる。
ロシェは、迷わず扉の1つを開ける。
そこは子ども部屋らしく小さな2段ベッドとテーブル、それとぬいぐるみや本といったものが綺麗に並べられていた。
可愛らしい光景であるのにロシェの表情が張り詰め、天井を見上げる。
それは何の変哲もないランタンがぶら下がっただけの天井だった。
「この上です」
ロシェの言葉にアメノは刀を抜く。
リンツも長衣の中から短い樫の木の杖を取り出す。
アメノは、天井に刃を走らせる。
天井の板に歪みのない大きな真円が描かれる。
天井の円が少しずつズレて落下する。
円にくり抜かれた板が落ち、木屑と赤い液体が飛び散る。
自警団の男が悲鳴を上げる。
天井の板と一緒に落ちてきたもの、それは腐乱したこの家の家族と思われる複数の死体であった。
リンツがヘーゼルを抱きしめ、アメノがロシェを庇うように肩を抱いて、後ろに下げる。
アメノとリンツは、天井を警戒するが何も出てこない。
リンツは、杖の先に魔法の灯りを作り出し、天井裏まで浮かべるもそこには何もいなかった。
「心臓が・・・」
落ちてきた腐乱死体を見ていたヘーゼルの表情が青ざめる。
「心臓が・・・ありません」
遺体の左胸がくり抜かれ、そこにあるはずの心臓が欠損していた。
アメノは、刀を床に置くと死体を検分する。
「切れ味の悪い刃物で腹を裂かれて殺された後に心臓を抜かれたようだな」
「何でそんなこと?」
リンツは、長衣の袖で口元を覆いながらアメノに聞くも首を横に振る。
アメノは、ロシェを見る。
ロシェの表面は先ほどよりも青い。
身体も小刻みに震えている。
「ロシェ。何か分かったかのか?」
アメノは、立ち上がってロシェを見る。
ロシェは、自分が呼びかけられていることにも気づいていないようで身体を震わせていたまま死体を見ている。
「ロシェ・・?」
アメノの呼びかけにようやくロシェは気づく。
「はいっ・・・?」
「何か分かったのか?」
アメノは、もう一度、丁寧に聞く。
ロシェは、震えた目で死体を見る。
「ゴブリンの・・臭いがします」
リンツは、ふうっと息を吐く。
「やっぱりゴブリンすか。俄かに信じられないけど」
しかし、ロシェは首を横に振る。
そして次にロシェの発した言葉に3人は驚く。
「ゴブリンと・・・竜の臭いがします」