半竜の心臓 第6話 捜索(3)
ゴブリン達は怯えていた。
住み慣れた住処を追われ、連行されるようにこの不便な場所に連れ込まれてからずっと怯えていた。
アレが現れたのは突然だった。
ゴブリン達は、人間種に略奪種族と烙印を貼られ、その外見からも忌み嫌われているが何が何でも人間種を襲い、略奪を繰り返している訳ではない。
むしろ豊富な緑と獣がおり、食料に事欠かないこの森に住んでいてわざわざ人間種のいる村を襲うメリットなんてゴブリン達にはなかった。精々、緑と獣が少なくなる時期に村を襲って食料を奪い、繁殖の為に雌を拐かし、弱そうな子どもや雄は殺して保存食にすることがあるくらいだ。自分達よりも強い人間種を襲うなんてそのくらいのメリットしかないのだ。
それなのにアレが来てから全てが狂ってしまった。
アレが現れたのは月が満ちる3度ほど前のことだった。
アレは、突然森に現れたかと思うと同胞達を次々と殺し、胸を千切り、心臓を食い破っていった。
ゴブリン達も抵抗したがアレはあまりにも強く、自分たちでは決して勝つことが出来ないと足りない頭で瞬時に理解し、屈服した。
そしてこの狭苦しい洞穴に巣を移し、アレが望むままに人間種の村に侵入し、奴らにバレないよう襲っては殺し、心臓を奪っては死体をバレないように隠した。
アレならこんなことを自分たちにさせなくても村を滅ぼして大量の心臓を手に入れることが出来るはずだ。
しかし、アレは自分たち以上に人間種達に見つかることを恐れている。怯えている。
それなのに人間種の心臓を欲し、乾き、今日も新たな心臓を求めている。
ゴブリン達は、疲弊していた。
いつか自分たちも人間種によって滅ぼされるのではないかと恐れた。
しかし、彼らの愚かすぎるほど足りない知能では強大な力を要するアレから逃げようと言う考えは及ばず、今日の今日とて不満を感じながらも従っていた。
ゴブリン達は思いもしなかった。
そんな日々が今日、終わるかもしれないなど、と。
乾いた音が崖の中に響き渡る。
ゴブリンの一匹の額に小さな穴が空き、プシュッと血を吹き出して倒れる。
ゴブリン達は、何が起きたのか分からず一斉に崖の上を見上げる。
水色の部分部分だけを覆った鎧を着た人間の子どもが見慣れない小さく黒い物を握ってこちらを見下ろしている。
あまりに弱々しそうな子どもの姿にゴブリン達の警戒は一瞬で解け、嘲るような奇声を上げて子どもを威嚇する。
しかし、少年・・ヘーゼルは一瞬、怯んだ表情を見せるもののすぐにつよい眼差しを戻し、黒いもの、デリンジャーを構え直し、引き金を引いた。
デリンジャーから放たれた弾はブレることなくゴブリンの額を、肩を、足を貫き、命を奪い、動きを封じた。
ゴブリン達の表情が変わる。
見た目があまりに弱々しい少年による見たこともない攻撃を危険と悟り、奇声を荒げて洞穴の中にいる仲間を呼ぶ。
穴の中を這うようにゴブリン達が現れる。その姿は灼熱の地面から逃げてくる大量の地虫のように悍ましかった。
ゴブリン達は、独特の奇声を発して会話すると少年を仕留めようと崖を登り始める。
急な斜面であるが身軽な彼らにとっては登るなんて造作もない。彼らの脳裏にはもうヘーゼルを痛ぶり殺し、その心臓をアレに捧げて機嫌を取ることしか頭になかった。
しかし、彼らの視野からヘーゼルは消える。
その変わり現れたのは2人の女。
1人は新緑のような緑色の髪をしたエルフのような見た目の長衣を着た女。
もう1人は長い黒髪に流木のような短い角を生やし、目元に3つの白い鱗の並んだ花の絵が描かれた変わった服を着た女。
その女から漂う匂いにゴブリン達の顔は引き攣る。
アレと同じ匂いが女からしていたのだ。
黒髪の女、ロシェは思い切り息を吸い込むと左胸をバンバン叩き出す。
肺が、心臓が熱くなる。
エルフに似た女、リンツは短い樫の木の杖を構えて詠唱を始めた。
「風の乙女よ。その麗しき唇と舞を持って穢れを払う風を起こせ」
樫の木の杖の表面に魔力のこもった文字が淡い光を放って浮かび上がる。
「旋風!」
樫の木の杖の先端から旋風が巻き起こり、崖を登るゴブリン達を吹き飛ばそうとする。
ロシェの桜色の唇から炎が吹き上がる。
竜の炎
灼熱の炎が波と崖を落ちる。
炎は、リンツの旋風にその身を乗せ、赤い身体を舌を伸ばすように崖中に広がり、ゴブリン達を焼き尽くす。
逃げ場のない炎に覆われたゴブリン達は崖の下に落ち、悶え、呼吸も出来ないままに喘ぎながら生命絶えていく。
ロシェは、炎を履き終えるとそのまま地面に膝をつく。
肺が、全身が焼けるように熱くなり、心臓が痛いくらい激しく高鳴る。
「大丈夫っすか?」
リンツが心配そうにロシェの背中を撫でる。
「は・・・いっ・・」
ロシェは、息を絶えながらも頷く。
「また、エグい手を思いつくっすね」
リンツは、呆れたように緑色の目を細めて背後に立つアメノをじっと見る。
「とても紅玉の勇者一行の人間の考える所業じゃないっすよ」
「ゴキブリを退治するのにいちいち1匹ずつ仕留める必要なんてないだろう」
アメノは、ふんっと鼻息を吐く。
「それに目的は奴らじゃないからな」
アメノは、ロシェを見る。
「匂うか?」
アメノの問いにロシェは頷く。
「・・・来ます」
その瞬間、炎の中から黒く、大きな影が飛び出した。