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聖母さんの隣の高橋くんは自分の心臓とお話ししてます 第五話

「俺、生まれつき時心臓に大きな欠陥があったんだ」
 高橋は、そっと左胸に手を置く。
「先天性の心疾患。形も歪で心音も乱れに乱れて不整脈どころの話しじゃなかったらしい」
 マリヤのブラウンの目を小さく揺れる。
「あんまり覚えてないけど小さい頃は、慢性的な酸素欠乏チアノーゼで酸素チューブを繋いでて、貧血もしょっちゅうでミルク飲むより輸血してたらしい。手術の話しも出たけど心臓がポンコツ過ぎてとてもじゃないけど耐えられないって言われたらしい」
 酸素欠乏チアノーゼ……輸血……手術不可能……どこかで聞いたことがあるはずなのに耳慣れない言葉がマリヤの心を打ち付ける。
「でも……その傷は……?」
 マリヤは、指先を震わせて高橋の胸の傷跡を指差す。
「手術の跡じゃないの?」
「半分はね」
 高橋は、気怠気な目を細めて傷跡に触れる。
「十歳の頃に事故にあった」
 高橋の言葉にマリヤは目を剥く。
「一人では外出することもできない俺を妹はよく遊びに連れ出してくれた。そこで大きな事故に巻き込まれて……病院に運ばれた」
 高橋の言葉にマリヤは唾を飲み込む。
「そしたら愛がいた」
「へ?」
 マリヤは、思わず間の抜けた声を上げる。
 高橋は、マリヤの気の抜けた、ぽかんっとした顔が面白かったのか、小さく口の端を釣り上げる。
「事故に巻き込まれて重症を負った俺は、病院で手術を受けた。そして目が覚めたら……愛が語りかけてきたんだ。[おはようございます]って」
 えっ……えっ……えっ?
 マリヤは、高橋が何を言ってるか分からなかった。
 あまりにも言葉と説明が少な過ぎる。
「ごめん?どういうこと?」
 まったく持って意味が分からない。
 ひょっとして私は揶揄からかわれているのだろうか?
 だと、したらあまりにも趣味が悪過ぎる。
 高橋は、そんなマリヤの苛立ちに気付いたのか?気怠気な目をマリヤに向けて小さく口を開く。
「運ばれてた病院にね。名医がいたらしい」
「名医?」
 マリヤは、首を傾げる。
「彼なのか彼女なのかは分からないけど、その医師はとんでもない技術を持っていて事故にあった人たちを片っ端から治していったらしい」
 マリヤの脳裏に小学校の図書室で読んだ古い漫画に登場するツギハギだらけの無愛想な無免許医が頭に浮かぶ。
「そんな名医がね。俺を治療しながら言ったらしい。私ならこの子の心臓を治せるけどどうする?って」
 マリヤの目が大きく見開く。
 高橋は、気怠げな目を小さく揺らす。
「即答したって。「治してください」って。そして俺の胸に愛が埋め込まれた」
 高橋は、そっと左胸に、心臓を撫でるように触れる。
「心臓移植……」
 マリヤは、ブラウンの目を大きく開いて呟く。
 今の話しから推測してその結論にしかマリヤは至らなかった。
 しかし、高橋は首を横に振る。
「ペースメーカーだよ」
「ペースメーカー?」
 愛は、聞き慣れない言葉に眉を顰める。
「心臓専用の医療機器だよ。体の中に設置して脈拍や血液の循環をサポートするんだ」
 なるほど……でも……。
「そんなもので君の心臓が元気になったの?そんなんでいいなら他の病院でも出来たんじゃ……」
「もちろん普通のペースメーカーじゃない。愛は……成長するペースメーカーなんだ」
「成長?」
 高橋は、小さく頷く。
「その名医によるとこのペースメーカーはとある国で開発された最新の有機体AIシステムを導入したもので、従来の機能だけでなく、心臓の欠損部分も補い、心臓の代わりになる。つまり本来の心臓と融合して新たな心臓へと生まれ変わるんだって」
 有機体AIシステム……新しい心臓……。
 びっくり箱のように次々と飛び出す言葉にマリヤは混乱する。
「手術を受けた俺は酸素チューブがなくても苦しくなくなり、輸血もいらず、どれだけ動いても疲れなくなって……そして愛の声が聞こえるようになった」
 高橋は、左胸をゆっくりと摩る。
「それから愛はずっと俺と一緒にいるんだ。どんな時も……ね」
 そう呟く高橋の顔は見たこともないくらい優しいものだった。
 マリヤは、何と答えたらいいのか分からなかった。
 正直言って高橋の言葉を全て鵜呑みにした訳ではない。
 鵜呑みにするにはあまりにも荒唐無稽過ぎる。
 病気をしていたことは本当だろう。
 事故にあったことも本当だろう。
 しかし、心臓の手術をするまでの下りがあまりにも非現実ファンタジー過ぎる。
 でも……。
「それじゃあその胸の中に愛さんがいて貴方の心臓を助けてくれてるのね?」
「うんっ。今も一生懸命動かしてくれてる」
「そうなんだ」
 マリヤは、じっと剥き出し、傷だらけの彼の左胸を見る。
「触っていい?」
「えっ?」
「ちょっとだけ。いいでしょう?」
 高橋は、躊躇ためらうように気怠げな目を揺らし……左胸から手を退ける。
 マリヤは、そっと高橋の左胸に手を置く。

 トクンットクンッ

 手のひらを返して彼の心臓の音が聞こえる。
 何の乱れもない。綺麗な心臓の音が。
 彼の話しを全部を信じることは出来ない。
 幼い頃の記憶だから大袈裟に改変されてしまったところが多々あるのだろう。
 しかし、心臓が治ったことで彼が元気になり、死ぬことを恐れなくなり、ペースメーカーに愛と名づけ"見えない友達イマジナリー・フレンド"にしてしまうほどに感謝し、愛しく感じていることだけは伝わってきた。
 それならマリヤが出来ることは唯一ただひとつだ。
「高橋くんを助けてくれてありがとう。愛さん」
 マリヤは、祈るように彼の心臓に……愛に語りかけた。
 高橋の気怠げな目が大きく開く。
 心音がドクンツと大きく跳ね上げた。
 マリヤは、高橋の顔を見上げる。
「愛さんなんて?」
「どういたしまして……だってさ」
 そう言って高橋は右に目を反らす。
 そんな反応が可愛らしくマリヤは小さく笑う。
「でも、本当に綺麗な音」
 愛は、手のひらに集中して高橋の心音を聞く。
「私の心音ってこんな綺麗なのかな?」
 マリヤは、首を傾げてもう一つの手で自分の左胸に触れる。
 高橋は、気怠げな目でマリヤの胸に置いた手を見る。
「胸の厚みで聞こえないんじゃないの?」
「防音緩衝材じゃないからね⁉︎」
 マリヤは、思わず突っ込んだ。
 その時だ。
「なあにイチャイチャしてんの?」
 マリヤの背後から声が聞こえてきた。
 白い三角巾を巻き、マリヤと同じ紺色のエプロンを巻いて大きなお盆を持ったスレンダーな女性が座敷の外に立っていた。
 目元や口元に小さな皺があるが和的な美人で柔和な笑みを浮かべている。
「親の前で男の子をマッパにするなんてあんたも成長したのね」
 その言葉で高橋は目の前の女性がマリヤの母親だと理解した。東洋系、西洋系と作りは違うが顔立ちはどこか似ている。
 そして自分が今、上半身裸だったと言う事実にも……。
 マリヤもそのことに気づいて一瞬で顔を真っ赤に染める。
「……………………っ!」
 マリヤは、弾けるように高橋の胸から手を離すと両手で顔を覆い、隠れるようにうずくまる。
 そんな様子を母親は「なにやってんだか?」と言わんばかりに肩を竦めて見る。
 そして高橋に目を向けると小さく笑みを浮かべる。
「ごめんね。騒がしい娘で」
「いえっそんな……」
 高橋は、シャツを着ると母親を真っ直ぐ見る。
「ご挨拶が遅れてすいません。星保せいほさんの同級生で高橋と言います」
 そう言って小さく頭を下げる。
 その反応に母親は大きな目をパチクリさせる。
「あら予想外」
「?何がでしょう?」
「てっきりお付き合いさせて頂いてますか結婚させてくださいとでも言われるのかと思ってたわ」
「お母さん!」
 マリヤは、顔を手で覆ったまま叫ぶ。
「だってあんたがあんなに声を上げてはしゃいでるの久しぶりに聞いたから……」
 母親は、唇を尖らし、高橋を見る。
「この子……普段大人しいでしょう?」
 母親の問いに高橋は頷く。
「はいっお淑やかで清楚です」
 まさに聖母のよう……とは言わなかった。
 母親は、お盆を持ったまま肩を竦める。
「まったく……いつまでそのキャラ通すつもり?」
「……うっさい」
 マリヤは、顔を覆ったまま声に出す。
「あんたはあんたでいいんだからね」
「……」
 親子のやり取りを高橋は気怠げな目でじっと見つめた。
 それに気づいた母親が「ごめんなさいねえ」と言って座敷に上がるとテーブルの上にお盆を置く。
 それは甘辛い匂い漂わせて輝く豚の生姜焼き定食だった。
 高橋の気怠げな目が大きく見開く。
「ちょうどお肉が余ってね」
 母親は、細い腰に両手を当てて言う。
「良かったら食べてちょうだい」
 高橋は、顔を上げる。
「お金……持ってないんですけど……」
「別に構いやしないよ。マリヤが久々に男友達連れてきたんだ。その祝いだよ」
 そう言って気持ち良く笑う。
「もうっお母さん!」
 マリヤは、真っ赤にして叫ぶ。
「久々?」
 高橋は、首を横に傾げる。
「この子、小学生の時、野球少女だったんだよ」
 母親は、小さく笑みを浮かべて言う。
「昔はよく練習の後にチームメイトを連れて食べにきてたんだけどね」
 母親は、マリヤのブラウンの髪の上に手を置く。
「最近はとんと友達を連れてくることなんて無くなってね。久々で嬉しかったよ」
 そう言ってゴシゴシ髪を撫でる。
 マリヤは、恥ずかしそうに目を背ける。
「野球少女……」
 高橋は、気怠げな目をパチクリさせる。
「柄にないって言いたいんでしょ?」
 マリヤは、恥ずかしそうな頬を膨らませる。
「いえ、ボールが当たっても痛くなさそうだし……」
「衝撃吸収用マットじゃないからね!」
 マリヤは、思わず叫ぶ。
 その様子を母親は楽しそうに見て笑った。

 マリヤの母親の生姜焼きは絶品だった。
 隠し包丁を入れ、玉ねぎと甘辛い自家製ダレにつけた豚肉は分厚いのに柔らかく、味もよく染み込んでいて噛み締める度に舌を震わせ、白米を運ばせた。みそ汁も出汁が効いて身体に染み渡り、お漬物も気持ちの良い歯応えでちょうど良い塩味だった。
 高橋は、表情こそあまり変えなかったが一口食べる度に気怠げな目が大きく開き、瞬き、喜んでいることが伝わってきてマリヤは嬉しくなった。
「ご馳走様でした」
 食事を終え、お店の外に出ると高橋は送りに付いてきたマリヤに頭を下げる。
「とても美味しかった。愛も驚いている」
「愛さん、味覚分かるの?」
 マリヤは、ブラウンの目を大きく見開いて驚く。
「うんっ」
 高橋は、そっと自分の左胸に触る。
「俺が食べたものは愛の栄養にもなるので……」 
 一時間前にその話しを聞いたらマリヤはとても奇異な気持ちになったろう。しかし、愛=彼の心臓という図式が出来た現在はとてもすんなり腑に落ちることが出来た。
 確かにそんな境遇と環境で生きていれば心臓が"見えない友達イマジナリー・フレンドになるのも致し方ないのかもしれない。
 しかし……。
 マリヤの脳裏に小さな女の子の影が浮かぶ。
「高橋くん」
 マリヤは、ブラウンの目で高橋をじっと見る。
「なに?」
 高橋の黒縁眼鏡の奥にある気怠げな目がマリヤに向く。
「あのさ……改めてなんだけど……」
 マリヤは、恥ずかしそうに両手を組んで指をモジモジ動かす。
「私たち友達にならない?」
 唐突なマリヤの言葉に高橋は、首を大きく傾げる。
「友達じゃなかったの?」
「友達だよ」
 マリヤは、ブラウンの目を閉じる。
「だからもっとお互いのことを知っていこう」
 マリヤは、目を開いて小さく微笑む。
「たくさん話して、ご飯を食べて、遊んで、お互いのことをもっと知っていこう?ねっいいでしょう?」
 高橋の気怠げな目が震える。
 マリヤの純粋な言葉に対してどう答えていいか分からず右手が左胸に触れようとする。
 しかし、マリヤの手が伸びて高橋の手をぎゅっと握り、動きを止める。
 高橋の目が大きく見開く。
「高橋くんはどう思う?」
「えっ?」
「愛さんじゃなくて高橋くんはどう思うの?」
 マリヤは、じっと高橋の気怠げな目を見る。
 高橋は、目を反らすことも、手を振り解くことも出来ずにマリヤのブラウンの目を見る。
「……いいと……思う」
 高橋は、絞り出すように小さな声で言う。
 その言葉にマリヤはにっこりと微笑む。
「じゃあ、高橋くんは私と何がしたい?」
「えっ?」
「言っとくけど……エッチなことじゃないからね?」
 マリヤは、ジト目で見て豊満な胸を空いてる手で隠す。
「エッチなこと?」
 高橋は、首を傾げる。
 何となく分かっていたが、どうやら高橋はそっちの方面に関しては本当に淡白……というか興味がないらしい。
 常に男子生徒の好奇にさらされるマリヤにとってはそれはとてもありがたいことであるはずなのだが……。
(あれだけ胸ネタで攻めてきた癖に……)
 何故か一抹の寂しさと不満を感じてしまう。
 高橋は、左手で顎を摩りながら気怠げな目で考え込むように上を見上げる。
「思いついたことから言ってもいい?」
 そんなに考え込まないとないのか⁉︎と若干苛立ちを感じながらもマリヤは笑顔で「いいよぉ」と答える。
 流石、聖母様である。
「……また、お昼ご飯を一緒に食べたい」
 高橋は、小さな声で言う。
星保せいほさんと話しながらご飯食べるの楽しかったから」
 楽しんでくれてたんだ……マリヤは心が飛び跳ねそうになるのを抑えながら「そうなんだあ」と和かに答える。
「妹がいるから毎日は無理だけどたまに一緒に食べて欲しい」
「いいよぉ」
「まくらと食べる時もあるけど……」
「……いいよ」
 マリヤは、笑顔で答えるもどこかむすっとしていた。
「ちなみに本当にまくらさんとはお付き合いしてないのよね?」
 マリヤは、ぽそっと質問するが高橋は意味が分からないというように首を傾げる。
「それと……アニメの話しがしたい」
「私……男の子が見るようなアニメ知らないんだけどいいの?」
「聞いてくれるだけでいいよ。妹からもいい加減にしなさいと怒られるし、愛にもアニメのことで小言言われてばかりだから……誰かに聞いて欲しい」
 なるほど。最も親しい人間(?)達に趣味を否定されるのは悲しいものかもしれない。
「ハマるか分からないけどそれでもいい?」
「いいよ。少し熱が入っちゃうかもだけど引かないでね」
 熱の入る高橋くんかあ。
 それはそれで面白いかも……。
「オーケー」
「あと……」
「まだ、あるの?」
 意外と欲張りなんだな、マリヤは驚く。
「野球を教えて欲しい」
「えっ?」
 マリヤのブラウンの目が震える。
 高橋は、視線を地面に傾けて伺うようにマリヤを見る。
「俺……身体弱かったからスポーツってほとんどやったことないんだ。だからアニメにハマったんだけど……」
 高橋は、言い訳するようにゴニョゴニョ言う。
「テレビで見たことある程度でルールも知らないけど星保せいほさんさえよければ教えて欲しい」
 高橋の願いにマリヤは即答することが出来なかった。
 マリヤの脳裏に古い記憶が蘇る。

 ……ちゃん!……ちゃん!

 私、野球やめる。男の子達とももう遊ばない。

 ……ちゃんみたいになる。お勉強頑張る。お淑やかになる!

 優しくて大好きな……ちゃんに私はなる!

 そうすれば……また笑ってくれるよね。……ちゃん。

星保せいほさん?」
 高橋の声にマリヤは、我に返る。
 高橋は、怪訝な表情を浮かべてマリヤを見る。
「どうしたの?」
「な……何でもない」
 マリヤは、顔を真っ赤にして慌てて取り繕う。
 しかし、高橋は気怠げな顔でマリヤの顔を覗き込む。
「また、顔赤いよ?熱あるんじゃ……」
「心配そうに言いながら胸触ろうとしないで!」
 マリヤは、伸びてきた高橋の手をぴしゃんっと弾く。
「ただ昔のことを思い出しただけよ」
 マリヤは、恥ずかしそうに顔を背ける。
 高橋は、首を傾げる。
「ごめん……もう野球は出来ないの。ルールも忘れたし、あの頃に比べて身体も重いし」
「それは確かに」
 高橋は、納得したように頷く。
「修行の時以外は外せたらいいのにね」
「某漫画の重いだけのシャツじゃないからね!生きてるだけで苦行みたいに言わないで⁉︎」
 マリヤは、声高に突っ込む。
「とにかく野球は出来ないから。ごめんね」
 マリヤは、小さく頭を下げる。
「そう……分かった」
 高橋は、がっかりと肩を落とす。
 まるでおやつを取り上げられたみたいに小さくなる高橋を見てマリヤの胸に罪悪感が湧く。
「うーんっ」
 マリヤは、唸りながらブラウンの髪を掻く。
「野球は……出来ないけどキャッチボールくらいはいいわよ」
 マリヤの言葉に高橋は顔を上げる。
「大分下手っぴになってるけどいい?」
 マリヤの言葉に高橋は頷く。
「胸引っ張らないよう頑張る」
「足ね!」
 マリヤは、弾けるように突っ込んだ。
 そして二人は今度の日曜日、学校近くの公園でキャッチボールをする約束をする。
「それじゃあまた明日」
 高橋は、小さく手を上げる。
「また、明日。アニメ見てもいいけど寝坊しちゃダメだよ」
「……頑張る」
 そう言って高橋は去っていった。
 そんな高橋の背中を見送りながらマリヤは小さく息を吐く。
「本当、お兄ちゃんには見えないなあ」
 世話の掛かる弟が出来たような気分にマリヤは思わず苦笑する。
 そして自分の右手を見る。
 マメどころか傷一つなくなった自分の手を。
「ちょっとくらいなら許してくれるよね……」
 マリヤは、左手で右手をきゅっと握る。
「さくらちゃん」
 マリヤは、祈るように呟いた。

 そんな二人の様子を離れた所から楽しそうに見ている者がいた。
「みーちゃったみーちゃった🎵」
 深海より濃いサファイアの目が楽しそうに笑う。
「浮気だ浮気🎵浮気現場だあ」
 まくらは、言葉とは裏腹に楽しそうに歌う。
「まったくあの純朴根暗オタクも隅におけんなあ。こんないい女が側にいるってのに……」
 まくらは、右にまとめた金色の髪をクルクル弄りながらスマホの画面を開く。
「まっ優秀すぎる狩人の勘に免じて許してやろう」
 まくらは、スマホの画面に表示された画像を見てニチャッと赤い唇を歪める。
 そこに映っていたのはブラウンの髪にブラウンの目をした西洋的な顔立ちの美しい少女であった。
「さあ、ネクラマンサー懺悔ざんげきと悲劇のショーの始まり始まり〜」
 まくらは、クルクル踊るように回転しながら深海よりも濃いサファイアの瞳で一つの人影を捉える。
 飢えすぎた獣のような目でお店の中に戻っていくマリヤを見る襟足の長い金髪の男の姿を。
「不味そうな卵ちゃん」
 まくらは、長い舌をおえっと出し……そして赤い唇を歪ませて切れるように笑う。
「さっそく序章プロローグが始まりそうだねえ」
 まくらは、楽しそうに呟きながら踵を返して闇の中に消えていく。
「浮気🎵浮気🎵浮気〜🎵浮気がバレると〜あとがあとがあとが〜あとが怖いぞぉ🎵」

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