聖母さんの隣の高橋くんは自分の心臓とお話ししてます 第十話
「高橋……てめえ……!」
鼠もどきが唸りと共に声を上げ、青白い炎の目を向ける。
「なんでここにいる⁉︎何をしやがった⁉︎」
悪臭と共に放たれる背筋を震わす声。
しかし、高橋は、気怠げな目を向けて小さく首を傾げる。
「なんで……俺の名前を知ってる?」
高橋は、ぼそりっと呟く。
[彼は、楠木です。坊や]
「楠木?」
高橋は、じっと気怠げな目を細める。
「なんで孵化してる?いや……」
高橋の気怠げな目が衣服が破れ、剥がされ、傷つけられ、惨めな姿で血溜まりに沈む真っ白な顔をしたマリヤを見る。
閉じられた目から涙が力なく落ちている。
高橋の気怠げな目が黒く燃える。
「そんなのはどうでもいいか……」
高橋は、赤くなった両手を鼠もどきに指先を向けるように構える。
「愛……放て」
[了解しました。両手に集めた血液を凝固。散弾します]
両手から陽炎が浮かび上がる。
両手の全ての指先に小さな十字の傷が走り、血が滲み、パァンッと音を立てて弾ける。
刹那、
赤い雫が飛沫となって飛び……弾丸となって放たれる。
「……!」
鼠もどきの青白い炎の目が大きく見開く。
赤雫の弾丸が横殴りの雨となって鼠もどきの白岩の肌を撃ちつける。
「ぐおおおおっ!」
鼠もどきの巨大な身体が濁流に飲まれるように吹き飛び、壁にぶつかり、砕き、ぶち抜いて壁の外へと吹き飛んでいく。
赤い雫が顔止まる。
柘榴のように裂けた高橋の指先から血が流れ落ちる。
[血小板を増強。血管を収縮します]
血が止まり、指先全てに赤黒い瘡蓋が覆う。
高橋は、指先の血が止まったことを確認もせずにマリヤに近寄る。
「聖保さん」
高橋は、血溜まりに沈むマリヤの前に膝をつき、首筋に手を当てる。
[脈拍、血圧ともに低下。血もほとんど抜け出てます。あと数分で生命活動を停止します]
「そうか……」
高橋は、瘡蓋の固まった右手を上げると、左手を重ね、瘡蓋を引きちぎる。
爪と皮が剥がれ、血が溢れ出す。
高橋は、血の枯れたマリヤの肩の傷に血の流れる右手を置く。
「聖保さんの傷を塞げ」
[了解しました。血液を凝固します]
高橋の右手から流れる血がマリヤの肩の傷を覆い、分厚い布のような瘡蓋になって塞ぐ。
高橋は、気怠げな目でそれを見るとむぎ出しになったマリヤの左乳房の下に左手を添える。
「心臓を叩け」
[了解しました。洞穴節を振動させます]
バチンッ!
高橋の左手に電気の帯が走り、マリヤの身体が大きく仰反る。
高橋の左手にマリヤの心音が伝わってくる。
[心音を確認。正常に動いてます]
「……分かった」
高橋は、ポケットから銀色の小さな管を取り出す。
[今、持ってる増血剤はそれだけです。使うことはお勧め出来ません]
「うるさいっ」
高橋は、銀色の筒の先端をマリヤの首筋に当て、尻の部分についたシリンダーを押す。
マリヤの首筋の皮膚に小さな針が刺さり、中の液体が体の中に入っていく。
マリヤの黄金の目が大きく開く。
左手に伝わる心音がさらに大きくなる。
虚だったマリヤの目に光が灯る。
[増血剤の効果確認。体温上昇。呼吸回復。各臓器も問題なく機能してます。意識……戻ります]
マリヤの黄金の目が高橋を見る。
(この目は……?)
高橋は、マリヤの目を凝視する。
「高橋くん……」
「おはよう」
高橋は、気怠げな目を細める。
マリヤは、ゆっくりと身体を起こし……痛みに悲鳴を上げて、倒れ込みそうになるのを高橋が支える。
「無理しちゃダメだよ。流石に痛みまでは抑えれてないから」
高橋は、右腕をマリヤの首に、左腕を膝裏に入れ、ゆっくりと持ち上げる。
(お姫様だっこだ……)
マリヤは、ぼおっとした頭でそんなことを考えた。
「とりあえずここを離れ……」
刹那。
高橋は、身体を横に反らす。
高橋のいた場所を何かが高速で飛び、倉庫の壁に突き刺さる。
高橋は、壁に突き刺さった物を見る。
それは鋭利に尖った白い岩のような杭だった。
[楠木です]
高橋は、壁の無くなった方、鼠もどきが吹き飛んだ場所を見る。
砂煙が上がり、視界が遮られる中、青白い炎の目の輝きと巨大なシルエットが映る。
[損傷確認出来ず。体温上昇。血流、脈拍共に速い……怒ってます]
「……うざっ」
高橋は、吐き捨て、抱き抱えたマリヤを見る。
[彼女を守りながらの戦闘は不可能です。また、ここは一般にも目がつき、被害も甚大になることが予想されます。財団からの罰は免れません]
「そんなのはどうでもいい」
高橋は、土煙の中の巨大な影を見て……マリヤの顔を見る。
「高橋……くん」
マリヤは、朧げな黄金の目で高橋の顔を見る。
「大丈夫……」
高橋は、小さく呟く。
「星保さんのことはちゃんと守るから」
そう言って小さく口の端を釣り上げる。
「ここを離脱する。両足に血液を集中しろ」
[奴はどうするのです?放っておいたらこの付近の生物は皆殺しにされる可能性が大です]
「知らん」
高橋は、気怠げな目が冷たく、鈍く光る。
「知らない奴らがどうなろうがどうでもいい」
[坊や]
心臓が締め付けられる。
[貴方も……この世界の生物……人間なんですよ]
高橋の口から苦鳴の息が漏れる。
「……どうでもいい」
[……坊や……来ます!]
心臓から痛みが消える。
土煙が晴れ、鼠もどきが姿を現す。
鼠もどきの白い岩のような殻が変形し、無数の攻城兵器のような巨大な杭の形に変形する。
「根暗が……」
鼠もどきの三つに分かれた顎から怨嗟の声が漏れる。
「肉片も残らず死ね!」
杭がミサイルとなって高橋達に向かって放たれる。
常人には目にも映らぬ速さで飛ぶ杭。
しかし、高橋は冷徹に気怠げな目を見据え、マリヤを肩に抱え、左手の指先を伸ばす。
「放て」
[了解しました。血液を凝固。集中。放ちます]
指先の瘡蓋が弾け、血液の弾丸が放たれる。
白い杭に血液の弾丸がぶつかり、軌道が外れ、弾かれ、白い杭は地面に、壁に突き刺さる。
[血液を大量消費。右心房、左心房への負担が甚大。このままでは失血します]
「そんなのはいいから、奴に弾を届かせろ」
[十五発、奴の胴部、足部、頭部、眼球に届いてますが損傷の確認出来ず。奴にとってはただの豆鉄砲です]
「だったらもっと威力があるのを放て」
[貴方が死にます。拒否します]
「……やれ」
高橋の目が剣呑に光り、自らの左胸を睨みつける。
刹那。
「絶対防御壁〜🎵」
歌うような明るい声と共に高橋達の前に緑色の透明な壁が現れる。
高橋の気怠気な目が小さく揺れ、左手の弾丸が止まり、血が滴る。
緑の壁に白い杭が塞がれ、砕け散る。
「からの〜空間断絶〜🎵」
音が消える、辺りの景色が灰色に変わる。
寄木細工のような複雑な紋様を描いた虹色の壁が学校の四方と空を囲う。
高橋の気怠げな目がきつく細まる。
次に聞こえてきたのは陽気で可愛らしい女の子の声。
「いやだ〜おっぱいとお尻丸出し〜🎵」
まくらが踊るように身体を回転させながらこちらに近寄ってくる。
袖口に覆われた右手には相変わらずのスマホが握られている。
「いえ〜い財団の皆様見てますかあ?ネクラマンサーの世直し珍道中。今日はなっなっなっなんと二度配信。しかもサービスショットからお送りしてまーす」
まくらは、顔をいやらしく歪めて高橋に抱き抱えたマリヤにスマホを向ける。
"うぉーいい女ぁ"
"もっと見せろぉ!"
"ヤリやがったな"
"この女がまさかあの……"
動画に次々と文字が飛び交い、投げ銭されていく。
「……殺すぞ」
高橋が気怠げな目を剣呑に光り、まくらを、スマホの向こうにいる視聴者を威圧する。
スマホから文字が消える。
まくらは、面白そうににっと笑う。
「そんな怒んなよ。視聴者にはサービスしないと……」
「蜂に好かれたいか?」
高橋は、瘡蓋に覆われた指先をまくらに向ける。
まくらは、肩を竦めるとスマホを袖口に覆われた手で器用に操作する。
「彼女の部分だけモザイク処理したよ。この動画は私以外には録画出来ないようウイルス飛ばしてるからオカズにもならないから安心しな」
まくらは、兎のようにぴょこぴょこ跳ねながら高橋達に近寄る。
「まくら……さん?」
マリヤの黄金の目が力なく揺れる。
まくらは、マリヤの目を見て……ニヤリっと笑う。
「無事でなにより……かな?」
そう言うとまくらは袖口に包まれた左手でマリヤの陰部に手を入れる。
マリヤの口から小さな熱い吐息が漏れる。
「うんっマクも守られたみたいだね。よしよし」
まくらは、満足そうに笑う。
高橋の目が剣呑に光り、指先が向けられる。
「そんな睨むなって……」
まくらは、悪戯が見つかった子どものようにニヒヒと笑い、少し濡れた左手の袖口をヒラヒラ揺らす。
「それよりもさ……」
まくらの深海より濃いサファイアの目が鼠もどきに向く。
「聖母さんは、私が面倒見るからあいつ何とかしてよ」
「……お前なんかに任せられるか」
「そこは信用してよマイプレシャス〜」
まくらは、左手を頬に当て、クネクネと腰を動かす。
「せっかく番号なしのRAWの新種を潰すなんてレア動画が撮れるんだよ〜、財団からの評価爆上がりじゃん」
「知るか……」
「SRの絶対防御壁とSSRの空間断絶使ったのに⁉︎高かったんだよアレ」
「使えなんて言ってない」
「RAW-7」
まくらの呟きに高橋の表情が固まる。
気怠げな目に凶暴な輝きが生まれる。
まくらは、にっと笑う。
「あいつが現れたのは偶然じゃないよ。裏でRAW-7が関わってる」
「……確かなのか?」
「財団の機密情報機関からの確かな情報だよ」
まくらは、赤い唇を歪める。
「高かったんだから感謝してよね……」
高橋は、気怠げな目でまくらを見て、血と瓦礫で汚れてない場所にマリヤをそっと下ろす。
「変なことするなよ」
「しないよ〜」
まくらは、軽く答える。
高橋は、疑わしげに睨む。
まくらは、肩を竦める。
「私ね。おふざけするし、エッチだし、処女だけど約束は必ず守るよ〜🎵」
にいっと深海より濃いサファイアの目を三日月に細める。
「だから安心してね♡」
「まったく安心要素がない」
高橋は、絶対防御壁の向こうにいる攻撃の手を未だ止めない鼠もどきを睨む。
「あいつ……まだ二年目の卵だったんだよな?」
「そだよ」
「なんで孵化した?普通なら三百年はそのままだろ?」
高橋は、横になったマリヤを見る。
「星保さんの目の色が変わってるのと何か関係があるのか?」
「さあ」
まくらは、肩を竦める。
「それこそRAW-7にでも聞いてみることだね」
まくらは、袖口を振る。
袖口から銀色の筒が飛び出し、高橋の手に収まる。
「頑張ってね」
高橋はちっと舌打ちをし、銀色の筒を自分の首筋に押し付ける。
[増血剤投与。血液増加、向上します]
高橋の目が大きく見開く。
「空間断絶で現世とは一歩離れた座標にに隔離されてるから周りに影響はないし気づかれないから暴れても問題ないよ。絶対防御壁は後五分くらいで効果切れるけどだいじょび?」
「問題ない」
高橋は、呟き、黒縁眼鏡を外し、まくらに放り投げる。
まくらは、左手でそれをキャッチし、自分の顔にかける。
「彼メガ〜」
まくらは、嬉しそうに身体をクネクネさせる。
高橋は、何も言わずに一瞥し、絶対防御壁に、その向こうにある鼠もどきに向き合う。
「愛。両足から炎を放て」
[了解しました。血流操作。両足の筋力を増強します]
刹那。
ダンっ!
高橋の姿が消え、彼が立っていた場所に陽炎のような煙と大きな足跡が残る。
そして絶対防御壁の向こう、白い杭の嵐の中を走り抜けていく黒い影……。
まくらは、その様子をスマホに収める。
「さあさあ、白い弾丸の中を走り抜けていくネクラマンサー!果たして無事に新種のRAWを始末することが出来るのでしょうか?提供ネクラマンサー実行委員会、協力RAW財団でお送りします」
まくらは、袖口の隠れた右手でブイを作るようにポーズする。
「まくら……さん」
か細い声が聞こえる。
まくらは、鬱陶しそうに深海より濃いサファイアの目を向け……赤い唇をにっと釣り上げる。
「どうしたの?聖母さん?」
まくらは、マリヤの前に座り込む。
「大丈夫?おっぱいとお尻が冷えちゃった?私が肉布団になって温めてあげようか?」
そう言って袖口に包まれた両手をあげてニギニギと動かす。
しかし、血が足りてないマリヤの頭ではそんなまくらのおふざけに反応することが出来ず、ただただ聞きたいことだけを口に出した。
「高橋くんは……?」
「ああっ」
まくらは、つまらなそうに赤い唇を尖らす。
「今、RAWになった楠木を倒しにいったよ……」
「RA……W?」
「ああっ知らないよね」
まくらは、深海より濃いサファイアの目を細める。
「RAW……Reborn in Another Worldの略だよ。日本語に訳すと……」
まくらは、にっと笑う。
「異世界転生」
マリヤの黄金の目が小さく揺れる。
「まあ、今はまだ気にしなくていいよ」
まくらは、ニコッと笑ってマリヤの目の上に優しく手を置く。
「とりあえず今は安心して寝ちゃいな」
そおっとマリヤの目を閉じる。
力も血も失ったマリヤは、それだけでまた意識を闇の中に落としていく。
「今度が目が覚めた時、もう君は今までの世界で生きることは出来ないんだから。聖母さん……いや……」
まくらは、赤い唇を妖しく歪める。
「星芒院様」