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ドレミファ・トランプ 第七話 貴方がいたから(2)

「なーちゃん⁉︎」
 四葉は、思わずひっくり返りそうになる。
「いつからここに?」
「最初からいたわよ」
 夜空ないとの代わりに明璃あかりが答える。
「ずっと後ろから付いて来てたの気付かなかった?」
「嘘……」
 全く気付かなかった。
 部活をやると言う緊張感と生徒達の痛い視線、そして抱きついてくる明璃の甘い香りに理性を保つのが精一杯だった。
 夜空は、何故か頬を赤く染めて左の頬を掻きだから四葉と明璃を見る。
「俺も部に入る」
 夜空の言葉に四葉は目を丸くする。
「単刀直入ね。簡潔で実にいいわ」
 明璃は、にっと笑う。
「やっぱり君はいいね」
「うるせ」
 夜空は、短く切り捨て、明璃を睨む。
「お前……少し無防備過ぎだぞ」
「どう言う意味?」
「一昨日、あんな大胆に四葉を攫って」
騎士ナイト様の同意を得たわよ」
「いきなり新しい部活を立ち上げて」
「正規の手続きを踏んだわ」
「今日は今日で四葉にベタベタしながら引っ張り回してここまで連れてきた」
「同じ部員なんだからしょーがないわよ。ねっ四葉?」
 明璃は、四葉に同意を求めるように目を向ける。
 四葉は、なんて答えたらいいか分からず俯いてしまう。
「お前が良くても周りがそう思わないんだよ!」
 夜空がきっと目を鋭くして声を上げる。
 滅多に怒らない夜空が怒っていることに四葉は驚く。
「黒札小の連中はお前が四葉をいじめてるって思ってる」
 夜空の言葉に明璃も四葉も驚く。
「そんで赤札小の奴らは四葉がそうやってお前の醜聞を流して陥れようとしてると思ってる」
「そんな……」
 四葉は、絶句する。
 視線が今まで以上に痛いとは思ってたがそんな風に思われてたなんて……。
「ふうんっ」
 明璃は、興味なさげに呟く。
「そうなんだ。くだらない」
「何とも思わないのか?」
 夜空の問いに明璃は「別に」と肩を竦めて答える。
「そんなの気にしてたらトイレにも入れないわ」
 明璃の言葉に四葉は驚きながらも思わず納得する。
 あまりの展開の速さとスキンシップの凄さに忘れていたが明璃は日本でも知らない人がいないピアニストの卵なのだ。そんな世界に身を置いていたらは他者から嫉妬や嫌がらせなんて日常茶飯事のことなのだろう。
「じゃあ、貴方がうちに入るのは四葉を守るためってこと?私の虐めから?」
 明璃の皮肉を込めた言葉を夜空は受けることも流すこともなく掴むように目を向ける。
「まあ、俺がいれば四葉が虐められてるなんて誰も思わないだろうな」
「自分に自信があるのね」
「それなりにな。あと……」
 夜空は、目を細めて明璃を見る。
 明璃は、怪訝な表情で見返す。
「お前を守ってやれるしな」
 そう言って和やかな笑みを浮かべる。
 明璃は、ぽかんっと夜空を見る。
うちの連中黒札小、少し陰険なところがあるからな。俺がいれば危害が加えられそうになったら助けてやれる」
「ふっふうんっそお」
 明璃は、何故か夜空から目を背ける。
「私の騎士ナイト様にもなってくれるんだ?」
「四葉のついでだけどな」
「ふうんっ。ありがと」
 明璃は、不貞腐れたように言う。
 四葉は、不思議そうに二人を交互に見る。
「そ……それじゃあ作戦会議しましょう」
 明璃は、ぎこちなく二人に座るよう促す。
 四葉と夜空は怪訝に思いながらもドレッサーから椅子を持ってきて三人で円になるよう触る。
 明璃は、気を取り直すように小さく咳き込む。
「結論から言うとね。今年いっぱいは活動出来ないわ」
 明璃の言葉に四葉は驚く。
「だろうな」
 夜空は、両腕を組んで納得する。
 四葉は、目を丸くして夜空の顔を見る。
「そりゃそうだろ?バンドだぞ。メンバーもいなければ楽器の演奏も出来ない」
その通りザッツ・ライト!」
 明璃は、パチンッと指を鳴らす。
騎士ナイト様、楽器は?」
「小学生の時に遊びで少しだけ」
「何を?」
「ギターとベース」
「ふうんっ。弾けるようになりそう?」
「努力次第かな?」
「及第点」
 明璃は、にっこりと笑う。
「と、なると現在、人前で演奏出来るような人材はこの部活にはいないってことになるわね」
 明璃の言葉に四葉と夜空はきょとんっとした顔をする。
 その顔に明璃もきょとんっとする。
「どうしたの?」
「いや……どうしたのって……」
 明璃の質問に夜空は困ったように目を泳がせる。
「明璃さん……ピアノは……?」
 四葉は、恐る恐る口を開く。
「弾かないわよ」
 明璃は、あっさりと答える。
 四葉は、目を大きく見開く。
「逆に聞くけど四葉、私のピアノに合わせて歌えるの?」
 明璃の言葉に四葉は言葉を飲み込む。
 明璃の天使の歌声のようなピアノの音に合わせて歌う……無理ゲーもいいとこだ。
「でしょ?自分で言うのも何だけど私のピアノに合わせられるのは世界でたった一人だけよ」
 たった一人……四葉の脳裏にあったことのない少女の影が浮かぶ。
 四葉は、胸元をきゅっと握りしめる。
「じゃあ、お前は何するんだ?」
 夜空が眉根を寄せて訊く。
「まさかプロデューサーとか言わないよな?」
「ふふんっ」
 夜空の疑問に何故か明璃は嬉しげに鼻を鳴らすと椅子から立ち上がる。
「私はね……これよ!」
 そう言って手に取ったのは真紅のギターだった。
 明璃は、ギターを肩に掛けるとピアノに触れるように弦に触れ、弾いていく。
 電源が入っていないため、音こそ聞こえないものの弦を打ち、弾く音は美しい旋律メロディを奏でていた。
「どやっ!」
 明璃のドヤ顔で決める。
 二人は思わず拍手する。
「ちょっと前に他の楽器に興味を持ってね。お遊び半分で覚えてみたの」
 明璃は、ふふんっと笑う。
「ちなみにベースもドラムもそれなりに出来るわよ」
「チートかよ……」
 夜空は、和やかな笑みを浮かべたまま舌打ちする。
「天才ってむかつく」
 四葉も同意見だった。
 天才って……ズルい。
「リード役がいないと本末転倒だからね。これギターでいくわ」
 明璃は、ギターを元の場所に戻す。
「てことで騎士ナイト様はギター以外でよろ」
 そう言ってウインクする。
「はいはいっ」
 夜空は、和やかな笑みで両手を軽く上げる。
「じゃあ、この一年は練習に費やすってことでいいのか?」
「練習は最優先事項。でも、それだけじゃつまらないでしょ?だから……」
 明璃は、ポケットからスマホを取り出して画面を操作し、二人に見せる。
 表示された画面を見て四葉は目を大きく見開く。
「BEONの屋上イベント?」
 夜空は、首を傾げる。
「そうよ。私達が出会った……覚えてる?」
 忘れるわけがない。
 あの時、あの瞬間から四葉の時間は動きだしたのだから。
「来年、このイベントに部活として参加する」
 四葉は、目を丸くする。
「地域の娯楽イベントだけど参加者は結構本気だからね。中途半端な演奏は出来ない。私達はここを目指すわ!」
 明璃の青い目に火が灯る。
 それは演奏者の目であり……。
(大切な人を待つ人間の目……)
 彼女は待っている。
 大切な人が戻ってくることを。
 だからこその一年後なのだ。
「後はこれね!」
 明璃は、スマホを操作する。
 表示されたのは……。
「ひっ!」
 四葉は、短い悲鳴を上げる。
"QueenクイーンCloverクローバーが画面の中で髪を振り上げ、マイクを見出し、荒波のような叫びシャウトを上げて縦横無尽に暴れる。
「一ヶ月に一回、練習の成果を動画に上げていくの!」
 明璃の提案に四葉の表情が青ざめる。
「なるほど」
 夜空は、顎を摩る。
「練習試合を組むことで実力を上げていく訳だ」
 空手家らしい表現に明璃はうんうんっと頷く。
その通りザッツ・ライト!ネットとは言え人前だから練習に対するモチベと緊張も維持できるし、何より面白いよね」
 そう言って明璃はにこっと笑う。
 夜空も同意して頷く。
 四葉だけが表情を青ざめさている。
 面白い……どこが?
 ハードル高過ぎじゃない?
「でもさ」
 夜空が思い出したように人差し指を立てる。
「お前、顔出ししていいのか?」
 夜空は、明璃をじっと見る。
「日本一の中学生ピアニストが下手くそなギターなんて弾いたら炎上もんじゃね?」
「失礼な奴ね」
 明璃は、頬を膨らませる。
「せめて未熟といって」
「同じ意味だろ」
 明璃は、頬をさらに膨らませながらドレッサーに近寄ると引き出しを開けて黒いものを取り出す。
「演奏する時はこれを被るわ」
 そう言って被ったのは鳥の頭のような仮面だった。
 昔漫画で読んだペスト医師によく似ている。
「これなら私ってバレないでしょ?さらにこの上にこれを着るわ」
 そう言って赤い長衣ローブをまとい、フードで頭まですっぽり覆う。
「どおっ⁉︎ヴィジュアル系っぼいでしょ?」
 明璃は、ふふんっとマスク越しに自慢げに笑う。
 それに対して四葉と夜空は顔を見合わせて同時に言う。
「「仮装ハロウィン」」
「ゔわっ⁉︎」
 明璃は、絶句する。
 どうやら褒められると思っていたらしい。
 いつも自信満々な明璃が動揺するのが面白く四葉は思わず笑ってしまう。
「と……とにかく」
 明璃は、マスクを外す。
 綺麗な顔がほんのり赤くなっている。
「一年後を目指して気合い入れるわよ!音楽は技術じゃない!魂よ!いいわね」
「おーっ」
「お……おーっ」
 四葉は、恥ずかしく手を上げながらもどこか気持ちは楽しかった。

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