聖母さんの隣の高橋くんは自分の心臓とお話ししてます 第二話
二人は、踊り場に腰かけ、階段に足を下ろして並ぶ。
お尻二つ分空けて。
その微妙な距離にマリヤは眉根を寄せる。
「もうちょっと近くに寄ったら?」
「愛が年頃の女の子に気安く近寄っちゃダメと言うので」
そう言って紙袋の中に手を入れる。
本当にお母さんみたいね、と思いながら自分も保冷バッグから小さなお弁当箱を出す。
そのお弁当箱を高橋はじっと見る。
「なに?」
「いや、可愛いお弁当だな、と」
「そう?」
マリヤは、少し照れくさそうに笑う。
「足りるの?」
「んっ充分だよ。むしろ多いくらい」
そんなに小さいだろうか?と自分のお弁当を凝視する。
「でも、それじゃあ胸に蓄えられないんじゃ……」
「私の胸はリスの頬袋じゃないからね⁉︎」
マリヤは、顔を真っ赤にして食い気味に突っ込む。
「蓄えた食材をお腹が空いた時に食べる訳でもなければ冬を越したりもしないからね⁉︎」
「そうなの?」
高橋、気怠げな目をきょとんっとさせる。
「じゃあなんでそん……ゔっ」
高橋は、左胸を押さえる。
「どうしたの?」
「愛が友達にセクハラするんじゃないって怒った」
愛さんナイス!
マリヤは、心の中で親指を立てる。
「乙女心の分かる友達で良かったね」
「別に友達じゃあ……ないけどね」
高橋は、胸から手を離し、小さく息を吐く。
「ただの口うるさい腐れ縁だよ」
そう言って唇を尖らす。
本当に目の前に愛がいるみたいに。
「とにかく食べよう。お昼休み終わっちゃうよ」
そう言うとマリヤはお弁当の蓋を開ける。
お弁当の中にはふりかけのかかった白米、卵焼き、唐揚げ、里芋の煮物、白身魚の焼き物、小松菜の和物に金時豆と純和食が所狭しと並ぶ。
「美味しそうだね」
高橋がお弁当に目を向けて言う。
「自分で作ったの?」
「まさか」
マリヤは、首を横に振って小さく笑う。
「うちのお母さんが作ってくれたの。と言っても昨日のお店の残り物だけど」
「お店?」
高橋は、眉を顰める。
「うちね。定食屋なの。和食専門の。だからお昼は大抵お店の残り物を詰めてくるの」
「そうなんだ」
高橋は、気怠そうな目を丸くする。
その反応にマリヤはむっと頬を膨らませる。
「今、意外だなって思ったでしょう?」
「いや……そんなことは……」
高橋は、首を横に振るも目が小さく泳ぐのをマリヤは見逃さなかった。
マリヤは、自分の髪に触る。
「この髪と目のせいで見えないかもしれないけど私、純然なる日本人だからね。ちなみにお父さんもお母さんも日本人!」
「そうなんだ」
高橋の問いにマリヤは頷く。
「お母さんの血筋にどっかの国の人が混じってるみたいでね。先祖返りよ」
ふんっと大き鼻息を吐き、髪の端を弄る。
「この髪と目のせいで子どもの頃はよく揶揄われたわ。外人が定食屋やってるぅとか、日本人の真似すんなとか、果てにはおっ来たぜ助っ人選手が……とか……まったく腹正しい」
当時のことを思い出し、マリヤはぷりぷり怒り出す。
そんな様子を高橋は気怠げな目でじっと見る。
「なに?」
マリヤは、半目にして高橋を見る。
「星保さんってけっこう喋るんだね?」
「えっ?」
「普段は、お淑やかで上品なイメージだからちょっとびっくり」
高橋に指摘され、マリヤは小さく口を開く。
(しまった)
投球練習したことと高橋との絡みで思わず……。
マリヤは、小さく咳払いして姿勢を正して和かに笑う。
「ご……ごめんなさい。変なとこ見せて」
マリヤは、いつも通り柔らかく話す。
「いや……そんなことは」
高橋は、気怠そうな目でじっとマリヤを見る。
「いつもと違ってとても新鮮だったし……」
高橋は、小さく口の端を釣り上げる。
「可愛かったよ」
……えっ?
マリヤは、ボンっと頭が弾けそうになる。
頭の中を星が回り、クランクランッしながら弁当に向き直る。
高橋もそれ以上は何も言わずに紙袋を膝の上に置くと中から英字新聞をプリントした包装紙に包まれた物を取り出し、丁寧に封を解いていく。
現れたのは明るく焼けた長いパンに大きなウインナーを挟んだホットドッグだった。黄緑色に輝くレタスに果肉の残ったトマトソース、そしてたっぷりのチーズが映える。
そのあまりの食欲を唆る美しさにマリヤのブラウンの目が輝く。
「凄い美味しそう!」
マリヤは、身を乗り出してホットドッグを覗き込む。
「これどこで売ってるの?」
マリヤの質問に高橋は、気怠げな目を一瞬、大きく開き、そしてすぐに細め、手に持ったホットドッグを見る。
「妹の……手作り」
高橋の言葉にマリヤは目を大きく見開く。
「妹さん?妹さんがいるの?」
思わず左手を口に当てる。
「そんなに意外?」
高橋は、不機嫌そうに眉を顰める。
「いや……そういう訳じゃ……」
マリヤは、語尾を尻窄ませる。
実際、意外だった。
彼からお兄ちゃん要素はまるで感じなかったし、むしろ上のお兄ちゃんかお姉ちゃんでもいるか、一人っ子なのではと勝手に思っていた。
「お昼になると妹がお弁当を届けに来てくれるんだ。いつもはそのまま一緒に食べるんだけど、今日は用事があるからって……」
ホットドッグをじっと見つめながら言う。
その顔が少し寂しそうにマリヤには見えた。
(そんな顔するんだ……)
周りから針のような陰口を叩かれても表情一つ変えない癖に……。
(妹さんのこと……好きなんだ)
マリヤは、胸中で小さく微笑む。
「妹さんはうちの一年生なの?」
マリヤの問いに高橋は首を横に振る。
「じゃあ中等部?」
中高一貫なので中等部の宿舎も近くにあるがそれでも距離はあるし、昼休みにわざわざ兄にお弁当を届けに来るなんてどんだけお兄ちゃん好きなんだろう?
「妹は学校に行ってないんだ」
高橋の衝撃的な言葉にマリヤは言葉を失う。
「ちょっと事情があってね。学校に通えなくなっちゃったんだ」
高橋は、小さな声でぼそりっと言う。
マリヤは、制服の胸元を握りしめる。
「ごめんなさい……変なこと聞いて」
マリヤは、小さな声で弱々しく謝る。
高橋は、気怠げな目をマリヤに向ける。
「別に気にしなくていい。これは俺とあいつの問題だから。それに……」
高橋は、ホットドッグを掲げる。
「今は自分の仕事を楽しんでるみたいだから」
「仕事?」
マリヤは、首を傾げる。
「パン屋なんだ。家の一階を改装して小さなお店を開いてる」
「へえ」
凄い。
パン屋ってことはお父さんかお母さんの手伝いをしてるんだろうけど、それでも自分たちより年下が働いているのに素直に感心した。
「……今度……買いに行ってもいいかな?」
「うちに?」
「うんっ。パン。興味あるから」
高橋は、眉根を寄せ、左胸に手を当てて何かブツブツ言う。
「別にいいんじゃないかって愛が言ってる」
「……そうっありがとう」
愛さんに聞かないとダメなんだ……とマリヤは少し寂しく感じながらも笑顔で答えた。
それからマリヤはお弁当を、高橋はホットドッグを食べ始める。
高橋は、前を向いたまま黙々とホットドッグを齧るがマリヤは時折、高橋の方に視線を向ける。
と、言うのも……。
(なに話せばいいんだろう?)
と、今更ながらに考えてしまったからだ。
先程までは空気と場の勢いで話すことができたが、一度、間してしまうと、元々共通の話題のない二人は言葉が止まってしまう。
それなら何故、一緒に食べようなんて言ったかと言うと……マリヤもよく分からなかっていなかった。
勢いと言ってしまえばそれまでだが……あの時はどうしても彼と一緒に食べたい、そう思ってしまったのだ。
それなのに……。
(うーっどうしよう……)
マリヤは、唐揚げを齧りながらそんなことを考えている、と。
「星保さん」
突然、高橋に声をかけられ、マリヤはビクッと肩を震わせる。
「なに?」
マリヤは、声が震えそうになるのを抑えて平静に聞き返す。
高橋は、どこをどうやったらそうなるのか分からないくらいトマトソースで口を汚してマリヤの方を向く。
拭いてあげたい!
マリヤの母性本能が思わず擽られる。
「星保さんはなんでここで食べようとしたの?」
高橋の質問にマリヤはブラウンの目を大きく開け、思わず唐揚げを落としそうになる。
「星保さんってまあ言うなれば陽キャでしょ?」
「よ……陽キャ?」
彼の口からそんな現代語が飛び出すなんて……あっでも彼も充分に現代っ子だし、アニメ好きと言ってたから別におかしくないのか?
「そんな君がなんでこんなところでお昼ご飯を食べようとしてたの?こんな陰キャを集める羽虫の街灯のようなところで」
酷い言いようだな。
それこそ一昔前なら秘匿のカップルが密会するような疾しさと妖しさ、そして背徳感を感じながらも愛を語らいあう場所なのに……。
いや、そう考えると確かに陰の集う場所なのか……。
「星保さん、たくさん友達いるし一緒に食べる人なんてそれこそ星の数こそいるんじゃ?」
高橋の素朴な疑問と質問。
それはマリヤの胸を大きく殴るのに充分なものだった。
マリヤの表情が曇る。
高橋もそれに気付き、眉を顰める。
「だから……かな?」
「?」
マリヤは、箸をお弁当の上に置く。
「みんなね。私のこと聖母さん、聖母さんって凄く慕ってくれるの。それこそ好意的に」
マリヤの言葉に高橋は頷く。
実際、マリヤはその美しい外見だけでなく、性格もお淑やかで優しく、聞き上手で、誰に対しても温かみを持って接するので彼女を慕い、話しを聞いて欲しがる生徒が後を絶たない。
それこそ授業の内容が難しいから始まり、親の愚痴、教師への不満、ペット自慢、トイレの誘い、好きな相手とどう距離を縮めたらいいのか?、付き合ってる相手とどう別れたらいいのか?、そしてしまいには……。
「昼休みに乗じて告白されるの。場所も空気もが弁えずに」
それこそクラスメイトがいる教室で、すれ違った廊下で、トイレから出たところで。
毎回ではないにしても月に何回か起きる発生イベントに対して、マリヤはきちんと応対していた。
「それ全部に応じてるの?」
高橋の問いにマリヤは苦笑いを浮かべる。
「ちゃんと断ってるよ。今のところ誰ともお付き合いするつもりはないし」
「いや、告白もそうだけどみんなの話し全部に……?」
「うんっ。でも流石に昼休みくらいはのんびりしたいからここで一人で食べてるの」
そう言ってマリヤは、箸を取って小松菜の和物を摘む。
「お母さんのお弁当も味わいたいからね」
そう言って小松菜の和物を口に放り込む。
「なんで?」
高橋は、ぼそりっと呟く。
「なんで?」
マリヤは、眉根を寄せる。
「なんでそんな話しに付き合う必要があるの?適当に切っちゃえばいいじゃん」
「まあ……そうなんだけど……いちおう聖母だから……」
そう言って軽く笑う。
しかし、高橋は納得いかないといった様子でマリヤを見る。
マリヤは、困ったように眉根を寄せて下を向く。
「……ならきっと嫌がらないで話しを聞いてたはずだから」
マリヤは、誰にも聞こえないような小さな声で呟く。
高橋は、目が一瞬細まる。
マリヤは、それ以上何も答えずに俯く。
高橋は、小さく息を吐いて質問を変えた。
「じゃあ……なんで俺を誘ったの?」
高橋は、、眉根を寄せてマリヤを見る。
「一人で食べたいなら追い返せば良かったのに……」
それは先程、マリヤが自分自身にした質問だった。
まったく分からなかった答え。
しかし、高橋と話しているうちにその理由が何となく分かった。
「星保さん」
マリヤは、ポソリッと呟く。
高橋は、眉根を寄せる。
マリヤは、顔を上げる。
「高橋くんだけは私を聖母さんじゃなくて星保さんって呼んでくれるでしょ?だから……かな?」
そう言って小さく微笑む。
高橋は、気怠げな目を大きく見開く。
「そうっ」
そう言ってそっぽ向く。
その反応にマリヤはくすりっと笑う。
その時だ。
「聖母さん」
階下から声が聞こえる。
二人は、下を見下ろすとブレザーを着た男子生徒がいた。
襟足の長い金髪にブレザー越しにも体育会系と分かる大きな体躯、そして整った顔立ちをしているが目つきが少しいやらしく、マリヤは、彼に対して嫌悪感を感じた。
どこかで見たことがある気がするが……。
「二年C組の楠木だよ。春の校内美化運動で一緒だった。覚えてるかな?」
確かに校内美化運動には参加したが彼なんていただろうか?いれば覚えていそうだが……。
「まあ、僕は用事があって抜けたので印象はないかもだけど……」
そう言って肩を竦める。
なるほど、サボってた訳か。
マリヤは、胸中でため息を吐くと同時に次に彼の言う言葉が何となく想像できた。
「ご飯中に申し訳ないがちょっと大切な話しがあるんだ」
やっぱり……。
「申し訳ないが少し時間をくれないか?」
そう言って楠木は、階段に足を踏みだし……ようやくマリヤの隣に高橋がいることに気付く。
「……君は?」
明らかに不快そうに高橋を睨む。
「……ご飯食べてます」
髙橋は、ホットドッグを齧りながら言う。
「……悪いけど少し外してくれるか?聖母さんに大切な話しがあるんだ」
楠木は、小さな笑みを浮かべて言う。
しかし、その目の奥は笑っていない。
さっさと失せろ!邪魔するな、という怒りを混ぜた視線が拳となって高橋を打ち付ける。
しかし……。
「ご飯食べてます」
そう言って高橋はホットドッグを齧るだけだった。
楠木の表情が歪む。
目の奥に怒りの炎が浮かび上がり、拳が固く握りしめられる。
(ヤバい!)
直感的に危険を察知したマリヤは腰を上げる。
とりあえず彼に従ってこの場から連れ出し、落ち着いたところで話して断ればいい。
今までだってそうやって納得してもらえたから大丈夫だ、そう思ったマリヤは「分かったわ。話しを聞くので」と言おうとする、と。
高橋の右腕がマリヤの前に伸びる。
(えっ?)
高橋は、気怠げな目をきつく細めて楠木を見下ろす。
挑発するように……侮蔑するように。
そして大きく口を開き、ホットドッグに大きく齧り付き、パンと具を肉食獣が生肉を喰むように引きちぎると音を立てて咀嚼し、飲み込む。
「……ご飯食べてます」
気怠げな目が剣呑に光る。
まるで今にも喰いかかるような獣のような怪しい目つきに楠木は気圧される。
しかし、それ以上に自分より格下の陰キャに舐めた口をきかれた怒りの方が強く、楠木の胸中が黒い怒りで燃え上がり、歯止めが外れてしまう。
「ふざけんじゃねえぞ!てめえっ!」
楠木は階段を踏み締め、固めた拳を高橋に向けた振り上げる。
マリヤは、咄嗟のことに動けず息を飲む。
高橋は、迫り来る拳をじっと気怠げな目でじっと見る。
その時だ。
「かっしー」
気の抜けた高い声が三人の耳に届く。
楠木の拳が止まる。
マリヤは、はっと、高橋は気怠そうに声の方を向く。
そこに立っていたのは艶やかで豊かな長い金髪を右の側頭部にポニーテールのようにまとめた小柄な美少女だった。深海のように濃く、サファイアのように輝く目、白い肌に苺のように赤い唇、華奢な身体には大き過ぎるブレザーが両手を隠し、幽霊のように垂れ下がっている。
マリヤは、彼女に見覚えがあった。
と、いうよりも知らない生徒なんて学年にはいない。
二年D組の生徒でどこかの国の留学生。その美貌から学年のカーストトップに立つ。
名前は確か……。
「まくら……」
高橋は、ぼそっと呟き、気怠げな目でまくらと呼んだ美少女を睨む。
まくらと呼ばれた少女はにたっと微笑んで右手を小さく振る。垂れ下がった袖が旗のように揺れる。
そう"まくら"だ。
日本人には書くのも発音するのも難しいからと彼女が自らそう呼んで欲しいと名乗ったと言う……。
「ここにいたんだかっしー」
まくらは、ピョコピョコと音が出そうにステップしながらこちらに寄ってきて、楠木の前で止まる。
「あっれーっC組の楠木じゃーん」
まくらは、青い目を半目にして楠木を見上げる。
「こんなとこで何してんの?またいじめ?」
"いじめ"と言う言葉に楠木は口の端を噛み締める。
「この前、ティーチァーに怒られたのにまたやってんの?今度は停学になっちゃうかもよー」
まくらは、そう言って面白そうに唇を歪める。
楠木は、顔を真っ赤にして拳を震わせる。
そしてキッとマリヤと、高橋を睨みつけ、踵を返して何者言わずに階段を駆け降りて行った。
「バーイン」
まくらは、楠木の背中に思い切り手を振る。袖が風に煽られるように揺れる。そして何事もなかったように二人の方に半目にした青い目を向ける。
「なあに。かっしー。いつものとこいないと思ったらデート?」
マリヤをチラチラと見ながら袖口で口を塞いでぷふふっと笑う。
「愛ちゃんには許可取ったのかな?」
「うっさい」
高橋は、気怠げな目を細めてまくらを睨む。
突然、乱暴になった高橋の口調にマリヤは驚く。
「星保さんとは偶然一緒になっただけだ。邪な気持ちはない」
「邪って言ってる時点で意識してんじゃーん」
まくらは、サファイアの目を三日月のように細めて笑う。
高橋は、唇を小さく噛み締め睨む。
マリヤは、二人の間に視線を走らせる。
「二人は……友達なの?」
マリヤが恐る恐る口を開く。
成績は良いがアニオタの陰キャで知られる高橋と絶世の美少女として知られ、学年カーストトップのまくら。
二人に共通点があるとは思えなかったが。
まくらはサファイアの目をじっとマリヤに向けて……にやっと笑う。
「彼女だよ」
え……っ?
マリヤの胸がドキンッと跳ねる。
「違う」
高橋は、即座に否定する。
「ただのうちの店の常連だよ」
そう言ってまくらを睨む。
「えーっ」
まくらは、真っ赤な唇を尖らせる。
「そんな否定するなよーこんなに愛してるのにー」
そう言って両腕を広げる。
「愛してるのは俺じゃなくてうちのパンだろ?変な言い方するな。星保さんが誤解する」
高橋は、眉を顰めて言いながら横に置いた紙袋に手を入れると英字新聞のプリントされた包装紙に包まれた丸いものをまくらに投げつける。
まくらは、器用に袖口に包まれた両手でキャッチする。
「花音からだ」
「うっほーい」
まくらは、にこっと微笑んで指も出さずに器用に包装紙を解くと現れたのはトマトとレタス、そして大きな鳥の唐揚げを挟んだバーガーだった。
まくらは、大きく口を開けてガブリつく。
マリヤは、一目も憚らず堂々と行儀悪く食べるまくらに驚く。
「うっまーい!」
まくらは、至福の声を上げて天井を仰ぐ。
「やっぱあんたのとこのパンは脳にキマるぜ」
「誤解招く言い方するな」
「へっへー」
まくらは、口の周りについたソースを舌で舐めとる。
その艶やかで妖しい姿にマリヤはゾクっと震える、
「要件が終わったならさっさと教室に戻れよ」
高橋は、追い出すように言う。
「まあまあ、慌てなさんなマイプレシャス」
まくらは、袖口に包まれた手で丁寧に食べかけのパンを包装紙に包む。
「追加注文があるのだよ」
サファイアの目がにっと笑う。
「正義の鉄槌アンパン一個よろ〜」
まくらは、ぶんっと殴るように右手を突き出す。
高橋の気怠げな目が細まる。
「十九時指定で。届ける場所は後で伝えるね」
そういうとまくらは、背中を二人に向ける。
「んじゃバーイン」
そう言って軽やかに階段を降りて行った。
マリヤは、嵐のように去っていったまくらの背中をじっと見て、高橋ははあっと息を吐く。
「ごめんね。騒がしくて」
高橋は、ぺこりっと頭を下げる。
「愛も謝ってる」
「いや……それはいいんだけど……」
何がいいのか自分でも分からないままにマリヤは言う。
「本当に二人は付き合ってないの?」
「ないっ」
高橋は、きっぱり否定する。
「でも、すごく仲良さそうだけど……」
あんな風に話す高橋を見たのは初めてだった。いや、そんなに知ってる訳ではないけどそれでも驚いた。
「ただのくされ縁。愛と一緒……って怒るなよ」
高橋は、恐らく怒って文句を言っているであろう愛に向かって言う、
「とにかく君が疑うような関係じゃないから」
そう言ってホットドッグの残りを齧る。
マリヤは、ホットドッグをじっと見る。
「……なんであんなことしたの?」
唐突なマリヤの言葉に高橋は気怠げな眉を顰める。
「楠木くんに。なんであんな挑発したの?危ないって気づかなかった?」
まくらが現れなかったら楠木は確実に高橋を殴っていた。あの大きな身体で殴られたらヒョロ長い高橋なんて一発でやられていただろう。
「あいつは危険だから」
「危険?」
確かに善人ではなさそうだとは思ったけど……。
高橋の気怠げな目がきつく細まる。
「だから、俺を殴らせようと思った」
「えっ?」
「俺を殴らせて問題を起こせば二度と星保さんには近寄らないだろう……そう思っただけだよ」
そう言って高橋は指先に付いたソースを舐める。
マリヤは、絶句する。
つまり高橋は敢えて問題を起こして楠木を自分に近寄らせないようにしようとしたのだ。
マリヤの為に。
自分を犠牲にして。
「せっかくゆっくりお昼ご飯を食べれるようになるはずだったのに……残念だね」
そう言って高橋は眉根を寄せ、ホットドッグを齧る。
何事もなかったように……。
マリヤは、ぞくっと背筋が震えるのを感じた。そしてその後に湧いてきたのは……怒りだった。
「ふざけないで!」
マリヤは、ブラウンの目を滾らせて怒鳴る。
突然のマリヤの怒り声に高橋はホットドッグを齧ったまま顔を向ける。
「そんなことされて私が喜ぶと思ったの⁉︎貴方が傷ついて自分が気分良くなることを望んでいるように見えたの⁉︎」
高橋は、ホットドッグを口から離し、眉を顰める。
「いや、でもそれが一番合理的……」
「どこがよ!」
マリヤは、ダンダンッと両足で階段に足を叩きつける。
高橋の目が大きく見開く。
「いい!二度とそんなことしないで!またやったら友達やめるからね!」
「友達……?」
高橋は、ぼそりっと呟く。
「俺たちって……友達なの?」
「当たり前でしょう!」
マリヤは、怒鳴る。
「友達を犠牲にして喜ぶ人なんてどこにもいないわ!」
友達……。
高橋の目が大きく見開く。
右手が左胸に触れる。
「分かった!もう二度とやらないで!いいっ!」
「……うんっ」
高橋は、固く頷く。
マリヤは、怒りをぶつけるようお弁当をパクつく。
高橋も肩を小さくして小動物のようにホットドッグを齧る。気怠げな目でチラチラとマリヤを見て、右手を左胸に当てたまま。
「愛……」
高橋は、マリヤに聞こえないくらい小さな声でぼそっと呟く。
「俺……友達が出来たみたいだ」
左胸の奥で鈴の音のように心臓が鳴った。
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