映画「そして、バトンは渡された」
先日の金曜ロードショーで「そして、バトンは渡された」が放映されました。
ようやく今日、その録画を見たので感想を。
もともと原作を読んでいたので楽しみにしていた作品。
珍しく、キャストもぴったりな映画と巡り会えたなぁと思う。
特に3人の父親。
田中圭演じる森宮さんの、
エプロンを締めて、よーし美味しいご飯作るぞ〜って気合い入れる森宮さん、よかった。
誰かのために作るっていいよね。
作る方も待つ方もわくわくしちゃう。
不器用ながらも父親としてできることをしたいという愛情がずっと溢れていた。
水戸さんとの再会シーンでは、子どもに選択させるのは残酷なことだと考えさせられた。
ある意味、責任を子どもに押し付けることになる。
特に両親が別れることになり、どちらかを選ぶなんて、重すぎる苦しすぎる選択。
どちらを選んでも後悔はきっとどこかでする。でも選んだのは私だから、というのがずっと呪いのようにつきまとう気がする。
実父の新しい家族を前に、
「私がパパに着いて行ったら、こんなに素敵な家族はできなかった。そして今、こうしてパパと会えているわけだし、それでいい」
と言う主人公優子の心の美しさに感動。
帰りのバスで優子が早瀬に言うセリフ
「ふたりでロッシーニになろう」
いい言葉。
家族ってそれでいいんだよね。
ひとりで完璧にできるようになる必要はなくて、足りないところやできないところは誰かが補えばいい。助け合えるって大事。
親ってわがままな生き物なんだよね。
子どもと一番近くで一番長く過ごしてきたからこそ、子どもを思いながらも自分勝手な選択をしてしまうのだなと、梨花さんを見てそう思う。
私も今は母親で、だからこそ、客観的に見る優子の親の姿から学ぶものは多かった。
タイトルの、そしてバトンは渡されたって、そういう意味なんだなと、バージンロードを歩く親子を見て改めて思った。
温かくてズッシリと重みのあるバトンを、親から新郎に渡すんだなと。
それが伝わる映画。お見事!
原作から
心にとまった言葉を載せておきます。
塞いでいるときも元気なときも、
ごはんを作ってくれる人がいる。
それは、どんな献立よりも
力を与えてくれることかもしれない
自分の明日と、
自分よりたくさんの可能性と未来を含んだ明日が、
やってくるんだって。
親になるって、未来が二倍以上になることだよって。
優子ちゃんと暮らし始めて、
明日はちゃんとふたつになったよ。
自分のと、自分よりずっと大事な明日が、毎日やってくる。
すごいよな
いい作品に出会えました。
たくさん泣きました。
美味しい描写とあたたかい家族愛。
何度も環境と人が変わった家族だったが、すべてにおいて必ず家族愛があった。
私も
今まで出会った人たちと家族、
夫と子どもに生かされてるし、
みんながいるから今の私があるということを
忘れたくない。