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「中嶋幸治 横たわろう、通過せよ」作家による作品解説①

 シグアートギャラリーでは10月12日まで「中嶋幸治 横たわろう、通過せよ」を開催中です。今回の展示では青森県平川市出身・在住の美術作家であり「介護者」、「りんご農園手伝い」である中嶋が、写真や鉛筆によるドローイングによって試みた表現が展開されています。東北では初の個展です。

 noteでは展示会場で配布中の冊子の内容を、会場の写真と共にご紹介していきます。こちらの記事では、中嶋の作品のうち《横たわろう》シリーズの解説を掲載しています。
 《横たわろう》シリーズは、今は耕作放棄地となっている葦原を撮影した連作です。そこではかつて兼業農家であった中嶋家がりんごを栽培していました。写真の中には、実って重くなったりんごの枝のための支柱なども写り込んでいます。葦が描き出すうねるような模様は、じっと見ていると引き込まれそうにならないでしょうか?
 この作品の背景には何があるのか、ぜひお読みください。


「中嶋幸治 横たわろう、通過せよ」会場で配布中の冊子
「中嶋幸治 横たわろう、通過せよ」会場で配布中の冊子


《横たわろう》ラムダプリント、2022年

 

「横たわろう」シリーズ 展示風景

雪解けの山間部の斜面、耕作放棄地に入る。繁殖していたウルシの幼木群を迂回し、カエデの種が落下する気配を感じながら、一面に広がるアシの上を歩く。遠くから飛んできたであろう緑色の花粉を踏み、足元から全身に浴びる。わたしはあっという間に植物の生命活動を手伝う風になる。そんなことを考えながら崩壊した小屋と散乱したゴミの片付けに追われていた。


中嶋幸治《横たわろう#2》(横たわろうシリーズ)ラムダプリント、2022

高齢化、病、気候変動といった悪条件に耐える術はとうに尽き、人の手を離れて久しい我が家の元リンゴ園は、飛来する植物の種子や獣の往来を歓迎しながら野生を学び直そうともがいている。老いてなお大輪の花を咲かせ大きな実をならせていたリンゴの木は、もう一本も残っていない。

中嶋幸治《支柱#1》(横たわろうシリーズ、部分) 
リンゴ栽培で実際に使用していた木材も会場に展示されている。


積雪の重みから解放された植物は、光を得たものから順番に立ち上がろうとする。立派に生育するものもそれ以上は大きくならないものも、太陽の方向へ直立するしないを問わず、地表や地中にその生命力を飛躍させる。[1]

 

中嶋幸治《横たわろう#1》(「横たわろう」シリーズ)ラムダプリント、2022

父はもう山間の斜面に2本の足で立つことは難しい。ならばあの場所には今どんな風景が生まれ続けているのか、進行を伝えるためにカメラを向ける。そしてその写真を回転し横臥を立てる。モノのズレや視覚の狂いは常に健全であることを覚知させ、モノとモノ、ひととひと、自己と他者を選別するきっかけともなる。その「見方」の先には、いったいどんな利があるというのだろう。  

 
中嶋幸治《横たわろう#5》(横たわろうシリーズ)ラムダプリント、2022と《支柱#1》

参考図書 [1] エマヌエーレ・コッチャ、嶋崎正樹 訳 『植物の生の哲学──混合の形而上学』(勁草書房、2019)

中嶋幸治《横たわろう#3》(横たわろうシリーズ)ラムダプリント、2022


この他の作品についての解説は別の記事でご紹介しています。ぜひそちらもご覧ください。



●noteでご紹介している中嶋幸治の作品の一部をオンラインショップで販売中。こちらからぜひご覧ください。
作品をお買い上げのお客様には解説冊子をプレゼント致します。


☆シグオンラインショップ → https://cyg-morioka.stores.jp



 ● 開催概要

「中嶋幸治 横たわろう、通過せよ」

・日時:2022年9月17日(土)ー10月12日(水) 10:00–19:00 会期中無休
・入場無料
・会場:Cyg art gallery(シグアートギャラリー)〒020-0024 岩手県盛岡市菜園1-8-15 パルクアベニュー・カワトク cube-Ⅱ B1F
展示特設ウェブページ(Cyg art gallery Webサイト内)


 青森県平川市 (旧平賀町) 生まれ、在住の美術家、中嶋幸治の個展を開催します。中嶋はこれまで紙や写真を繊細に扱った表現を展開しながら、主に私家版でつくる書籍の編集・出版、展覧会の案内状デザインなどでも活躍してきました。
 中嶋の作品に通底するテーマとして「人の痕跡の記録」や「移動」を見出すことができます。またどの作品も、視覚的な美しさもさることながら触覚的な魅力を備えていることも特徴です。
 今回の展示では、眠る、休む、病に臥せるなど、「横たわる」ことで見える視点と、風や渡り鳥が一方から他方へと流れ「通過」する視点、その二つをテーマに据えました。介護のため、長く拠点としてきた札幌からの帰郷を経た中嶋が、ドローイングや写真の新作を中心に発表する、東北では初めての個展となります。ぜひご高覧ください。

●展示によせて・中嶋幸治の言葉

 私は身も心もぼろぼろだった頃、祈りとは何なのかという疑問を抱えながら一心不乱に走っていたことがある。低山の山頂と麓にある神社を100度の往復を目指して3カ月間1日も欠かさず走っていた。治癒をつかみとろうとしていたのだろう。ある時、遠方で暮らしている母が病に倒れ、手術を終えた後の面談の場で袋に入れられた肉腫を担当医から受け取り、たったいま母の体の内側から分離された生死を分かつものに触れ、幾重にも重なった複雑な感触に打ちのめされた。この出来事は走ることもつくることもケアに対する考え方も一変させたと思っている。
 
 その後、Covid-19によるパンデミックが世界中に深刻な被害をもたらし、私自身も遠く離れた故郷との往来が困難になる中、今度は父が病に倒れた。帰郷後、介護や求職や制度に連なる社会構造のひずみと正面から向き合う事態が続いている。このような定点において、個人的な事情を反映する表現に寄り掛かり、支えられていることを実感しつつ、つくることがすべてであってほしいと願う日々がある。
 
 頭上を渡鳥が飛び交い、飛行機が通り過ぎる。やってくる者、立ち去る者、向かう者を想像する。顔をあげて手を振る。清々しさに少しのさみしさが混じる。「横たわろう、通過せよ」はきっと、ここで意志を失わないようにするためのさえずりであり、生存を確認するための声なのだ。


● 作家プロフィール 中嶋幸治/Koji NAKAJIMA

美術作家, 介護者, りんご農園手伝い. 青森県平川市(旧平賀町)生まれ. 暮らしのなかにあって見過ごしているような光景を観測・提示する試みを行う. 近年は自身の境遇から「立ち止まりながらつくること」を実践するための表現方法を追求している. 2021年帰郷, 在住. 主な展覧会に個展「風とは」(2014, TEMPORARY SPACE, 札幌) 「札幌国際芸術祭2014」(2014, 札幌) など.

[ 個展 Solo Exhibitions ]
2014 [ 風とは ] Temporary space, 札幌
2010 [0m/s] Cafe esquisse, 札幌
2009 [ エンヴェロープの風の鱗 ] Temporary space, 札幌
2008 [ モーラ ] Temporary space, 札幌
2007 [Dam of wind,for the return] Temporary space, 札幌

 [ 主なグループ展 Selected Group Exhibitions ]
2020 [ サッポロ ・ アート さよなら昭和ビル ] CAI02, 札幌
2018 [ 物語のかけら ] 塩谷直美 (ガラス作家との 2 人展) CONTEXT-S, 札幌
2017 [ 分母第 2 号販売会 ・ 特集メタ佐藤-包み直される風景と呼び水-] Temporary Space, 札幌
2017 [ 日本ブックデザイン大賞 ] 秋山孝ポスター美術館長岡 ・ 蔵 , 長岡
2014 [ 札幌国際芸術祭 2014] 「時の座標軸」 札幌大通地下ギャラリー 500m 美術館 , 札幌
2013 [ さよならバグ ・ チルドレンをめぐる変奏 ] Temporary Space, 札幌
2012 [Northern Arts Collaboration “霜月” ] Gallery Monma Annex, 札幌
2008 [ サッポロ ・ アート ] CAI02, 札幌

 [ 出版 Self-published works ]
2017 [ 分母 #2] ( 日本ブックデザイン大賞 セルフパブリッシング部門入賞)
2013 [ 分母 ]
2007 [Packers]
2003-2005 [Zaland]

 [ 主なデザイン業務 Selected desigh works ]
2022 案内状 「光の子ども ーー言葉で描く。 絵で綴る。」 文月悠光 , 久野志乃 , GALLERY MONMA, 札幌
2022 案内状 「紙の仕事」 /馬渕寛子 , 古道具十一月 , 札幌
2020 案内状 「紙の仕事」 /馬渕寛子 , 古道具十一月 , 札幌
2018 案内状 「ふたたび、 花、 傍らに」 /村上仁美 ・ 鈴木余位 , Temporary space, 札幌
2015-2016 案内状 「怪物君、 歌垣」 /吉増剛造 , Temporary space, 札幌 , ( 共作 : 日章堂印房 )
2014-2015 案内状 「水機ヲル日、 ・ ・ ・ 」 /吉増剛造 , Temporary space, 札幌 , ( 共作 : 日章堂印房 )
2013 間奏歌集 「辺境 ・ 故郷号」 山田航 (かりん舎)
2013 すきとおったほんとうのたべもの/古館賢治 (NOODLES131)

 [ ワークショップ workshop ]
2016 Family Art Day in Moerenuma Park! (witart), モエレ沼公園 , 札幌

[ 収蔵、 常設展示 Collection,Permanent exhibition ]
Temporary space, 津軽伝承工芸館 ・ こけし館

Twitter:@Kojinakajima_
Webサイト:kojinakajima.com

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●お問合せ先

Cyg art gallery (シグアートギャラリー)
〒020-0024岩手県盛岡市菜園1-8-15 パルク・アベニューカワトク cube-Ⅱ B1F 営業時間:10:00-19:00
Website:https://cyg-morioka.com
・SNS
Twitter:@cyg_morioka
Facebook:Cyg art gallery
Instagram:@cyg_morioka
LINE:Cyg art gallery(週1回程度配信)


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